long | ナノ







3

「そこまでです。」

「!」


トウヤさんがボールの中にいるポケモンを出そうとした瞬間、今最も聞きたくない人の声が響いた。…アクロマさんだ。もう既にいつもの冷静さを取り戻している気がする。でもあたしの視線はすぐにアクロマさんから離れ、その背後に立っている大柄な男性へと移った。


(…あの人は、誰…?)


不気味な模様が刺繍されたマントを着ていて、Nさんと似ている緑色の長髪の男性。右目につけている眼鏡のようなものはモノクルというものだろうか。アクロマさんとはまた違った異質さを感じさせる。

その男性はキュレムさん、ケルディオくんの順でジロリと目線を向けた後、低く唸るような声で笑みを零した。


「…っふ、くく…!幻のポケモンであるケルディオもがここへ入り込んでいたとは…嬉しい誤算ですね。キュレムもまだ手出しはされていないようで安心しました。」

(…!まさかケルディオくんまで捕らえるつもり…!?)


思わずケルディオくんを背に隠すように前へ出ると、そんなあたしを見て男性は可笑しそうに笑った。しかしあたしの隣に立っていたトウヤさんを見ると、打って変わって今度は苦々しい表情を浮かべる。


「侵入者の情報を聞いてまさかとは思いましたが…やはり、アナタだったのですね…!」

「久し振り、だね。まだ性懲りもなく諦めてなかったとは驚きだよ。」

『トウヤさん…あの人と知り合いなんですか?』

「まぁね。…ヒナタ、俺の傍から離れないで。アイツは危険な男だから。」

『え?』


対アクロマさんのときよりもトウヤさんに笑顔が少ないことが分かる。彼が危険というのなら本当にそうなのだろう。以前から知り合いみたいだけど…良い関係ではなさそうだ。


「ふふ…そちらのトレーナーはともかく、ヒナタさんは初対面ですのでご紹介致しましょう。この方はゲーチス!プラズマ団のトップに君臨するお方ですよ。」

『…っ!?』


プラズマ団の、トップ?それってつまり…今まで出会ったプラズマ団達が何度も口にしていた、「あのお方」のこと…?

アクロマさんの隣に立つゲーチスと呼ばれた男性に恐る恐る目を向けると、あたしの視線に気付いたのか彼はうっすらと笑った。その笑みを見て背筋がゾクリと震える。間違いない、この人だ。この人が、プラズマ団の真の支配者。2年前にもイッシュ地方をその手中に収めようと企てたリーダー。そして、


(…っこの人のせいで、Nさんと嵐志が…!)


Nさんを王に仕立て上げ、優しかった彼の心を傷付けた張本人。それが全てではなかったとしても、少なくともNさんと嵐志に亀裂が走ってしまった原因の1つだと思う。あたしは自分の中で沸々と怒りが込み上がるのを感じた。


「…トウヤ、懐かしい名です。アナタがどうやってこの場所を着き止めたかは知りませんが、この2年間ワタクシはアナタを忘れたことはありませんでしたよ。アナタには悉く邪魔ばかりされましたからね…。」

「お前達が理解されないことばかりするからだろ?プラズマ団は解散したと思ってたんだけどなぁ…まぁでも、俺は何度だって阻止してあげるよ。お前達のこと、単純に嫌いだし。」


すごい…警戒しながらも挑発出来る余裕があるなんて。さすがは以前にもプラズマ団の野望を阻止したトレーナーの1人ということだろうか。

あたしがトウヤさんを感心していたとき、不意にキュレムさんが苦しそうに呻き声を上げた。驚いてそちらを視線を向けると、彼を拘束している装置が何やら光っていることに気付く。


〈ぐ…っおのれ、力が抜けていく…!!〉

〈キュレム!!〉

『え、なっ何…!?』

「キュレムを運びやすくする為にエネルギーを強制的に吸い取っているのですよ。曲がりなりにも伝説のポケモン…ようやくここまで大人しくさせられましたが、念には念をということです。」


そう言ったアクロマさんの手にはリモコンのような機械が握られていた。恐らくあれで装置の操作が出来るのだろう。キュレムさんは逃れようともがいているけれど、先程本人も言っていたように暴れるほどに力が奪われていくようだ。


(運ぶってどこに…!?それにこのままじゃキュレムさんが…!)


分からないけれど、何とかしなければ。ともかくアクロマさんからリモコンを奪おうと思い、あたしは原型に戻った雷士にエレキボールの指示を出す。でも雷士が技を繰り出した瞬間、すかさずアクロマさんの背後からギギアルが出てきてチャージビームで打ち消されてしまった。きっとこうなることを予想してあらかじめボールから出していたんだ。


「さて…そろそろ頃合いでしょうかね。」

「!」


遠くてよく見えないけれど、アクロマさんがリモコンで何かの操作をしているのが分かった。すると次の瞬間、疲弊した様子だったキュレムさんの体が装置だけを残して突如消えてしまったのだ。文字通り、今いた場所から跡形もなくいなくなった。


「ほう…やはりアナタの科学者としての腕は素晴らしいものですね。」

「それほどでも。今頃はあらかじめジャイアントホールに配備しておいた団員達が手筈通り動いていることでしょう。」

「ふーん…つまりキュレムはジャイアントホールに転送されたってことか。」


ジャイアントホールって…確かキュレムさんが元々住んでいた場所だよね。でも今のアクロマさんの発言からして、ただ住処に戻したというわけではないはず。初めからジャイアントホールで何かをする為にプラズマ団員を向かわせたということだろうし…。一体どうするつもりなのだろう。


「…何故キュレムをあの場所に運んだか気になっているようですね。それは計画の前準備が整ったから、ですよ。」

「計画って何の?どうせ碌なことじゃないだろうけど。」

「それを知りたければジャイアントホールまで来ることです。もっとも…来れるものなら、ですが。」

〈!ヒナタちゃん!〉


アクロマさんがパチンと指を鳴らした途端、部屋の四方にある扉が開いて大勢のプラズマ団員とそのポケモン達が突入してきた。すかさず雷士とケルディオくんがあたしを守るように立ちはだかってくれたけれど、あまりにも数が違いすぎてあっという間に囲まれてしまう。


「私としては個人的にヒナタさんを気に入っておりますので、見逃して差し上げたいところなのですが…生憎その危険なトレーナーと行動を共にしている以上そうもいかないのです。アナタ方には計画が無事完遂されるまで、この船の中で大人しくしていて頂きましょう!」


その声を皮切りに、団員のポケモン達が一斉にあたし達に詰め寄る。やっぱり戦うしかないんだ…!けれどこれでは分が悪い為、あたしはボールから紅矢と蒼刃を出そうとした。

…でも、


『!?開かない…っ何で!?』

「…俺のもだ。故障じゃないみたいだけど…。」


トウヤさんも同じ状態らしい。どれだけボールの開閉スイッチを押しても、中から蒼刃と紅矢が自分で出ようとしても開かない。トウヤさんの言う通り、見た限りでは故障しているわけでもなさそうなのに。

すると焦るあたしを余所に、ゲーチスさんが高らかに笑い出した。


「はははははっ!!無駄です!ワタクシのこの杖でボール操作を妨害する電波を発していますからね…。ここから脱出しない限り、ボールからポケモン達を解放することは不可能なのですよ!」

『そんな…っ』


まさかそんなことまで…!トウヤさんは先程エンブオーをボールに戻していたから、今この場に彼の手持ちはいない。ということは戦えるのは雷士とケルディオくんだけ。その状態でこの危機を乗り越えなければいけないなんて。

けれど何もせずやられるわけにもいかない。あたしは覚悟を決めてキッと団員達を見据えた。するとその顔を見ていたらしいトウヤさんがクスクスと笑い出したから、あたしは思わず驚きを隠せなかった。


『と、トウヤさん…?』

「ゴメンゴメン!でもさすがだよヒナタ。俺も昔から諦めは悪い方なんだ。…というか、この程度でしてやったりって思われるのはムカつくよなぁ。」


笑みを浮かべて帽子を被り直したトウヤさんは、不意にあの強い意志を宿した瞳をゲーチスさん達へ向けた。そして先程キュレムさんに見せて驚かせた例のボールをもう一度掲げる。


「キュレムは元々負っていた怪我のせいで満足に動けなかっただけで、本来伝説のポケモン達の力なんて人間がどうこう出来る代物じゃないんだ。そんなこと2年前の計画が失敗した時点でお前達も学んだと思ってたんだけど…まぁどうでもいいか。俺はコイツを、信じるだけだから。」


そう言ってトウヤさんがボールの開閉スイッチを押した。すると途端にボールが大きく揺れて中からガタガタと音が鳴り出す。


「大丈夫、お前なら出来るだろ?」


手の中のボールに向かってトウヤさんが微笑みかける。するとミシミシと音を立てながら少しずつボールが開いていくのが見えた。嘘、あたし達のときはいくらやってもビクともしなかったのに…!

そして軋む音が止んだと思った次の瞬間、何とボールの中から勢いよくポケモンが飛び出してきたのだ。


…けれどあたしは、その降り立ったポケモンを見て別の興奮を抑えきれなかった。


ダークグレーの筋肉質で巨大な体躯。タービンのような形をした太い尻尾は時折青白く輝いている。間違いない、レシラムさんと共に何度も資料で見たあのポケモン。


『…っゼクロム…!!』

「あはは、驚いた?」


そう、トウヤさんのボールから出てきたのはレシラムさんと対を成す伝説のドラゴンポケモン、ゼクロムだった。えっ、ということはちょっと待って、じゃあもしかしてトウヤさんが…!


(理想の、英雄…!?)


あたしがNさんとレシラムさんに頼まれて探していた件の人。セイガイハにいるらしいとは聞いていたけれど、まさかこんなところで出会うなんて!


「く…っあの妨害電波をうち伏せるなど非科学的な…!」

「…やはりアナタがゼクロムを所持し続けていたのですね。」

「いくら優秀な発明品でも、ゼクロムの力を押さえ付けることは出来なかったみたいだね?残念でした。」


すぐにでもNさんとのことを話したいけれど、今は目の前のこの状況を切り抜けなきゃだよね。幸いゼクロムさんという心強すぎる味方がいることだし、これなら圧倒的不利な人数差でも何とかなるかもしれない…。


〈すごいぞヒナタ!ゼクロムだ!オレ聖剣士のみんなに聞いたことがあるぞ!〉

〈レシラムと違って性格良いといいんだけどね。〉

『ちょ、何てこと言うの雷士くん。ケルディオくんの言う通りだよ!ゼクロムさんがいればきっと…!』

「違うよヒナタ。」

『へ?』


興奮した様子のケルディオくんに同調していると、トウヤさんがあたしをグッと引き寄せて冷静な声で囁いた。


「ゼクロムの力でこの場から脱出する。俺が合図したら全員でゼクロムに飛び乗るんだ。いいね?」

『え…戦わないんですか?』

「さすがに数が多すぎて時間を取るし、そもそもキュレムが消えた以上こんなところに用は無いよ。…天井を突き破って外に出るのが一番良いかな。」

『つ、突き破る…!?』

「出来るよ。君に怪我をさせたりもしない。大丈夫、俺を信じて?」


それはこの部屋へ飛び降りるときにも言われた言葉。トウヤさんの瞳は相変わらず揺れることなく光を灯している。どうしてこの人はこんなにも強いのだろう。これもゼクロムさんに選ばれた理由の1つなのかな。あたしももう、信じることに迷いはなかった。


「総員まとめてかかりなさい!これは好機です!ゼクロムを捕らえよ!」

「ゼクロム!奴らを近付かせるな!」


苦々しい顔を浮かべていたゲーチスさんだったけれど、この状況をチャンスだと捉えたらしく命令を出して一斉に団員達のポケモンをけしかける。 けれどゼクロムさんがそれを牽制するように放電して、怯えたポケモン達はあと一歩のところで後退してしまった。すごい…本気じゃないだろうにあんな強力な電気を使えるなんて。


「今だ!」

『雷士、ケルディオくん!』


トウヤさんの合図で素早くゼクロムさんの背中に乗り上げる。その際にあたしは少し手間取ってしまったけれど、トウヤさんが引っ張り上げてくれて事なきを得た。


「皆しっかり掴まってて。ゼクロム、行け!」

「!?」

「く…っ逃がすな!!」

「もう遅いよ。じゃあね、間抜けなプラズマ団!」


トウヤさんがゲーチスさん達に小馬鹿にした笑みを贈る。どこまでも余裕を崩さない人だなぁ…本当に尊敬します、トウヤさん!

飛び上がったゼクロムさんの背中の上で、多少なりとも来るであろう衝撃に備えてギュッと拳を握り締める。すると雷士とケルディオくんは体を寄せてくれて、トウヤさんはあたしの手を上から重ねるようにソッと握ってくれた。

天井を突き破るというのは、やっぱり少し怖いけれど…でも雷士もケルディオくんもいてくれる。そして何より、トウヤさんがいる。きっと彼はゼクロムさんに選ばれるまでも、選ばれてからも様々な困難を乗り越えて来たんだ。だから自分を信じて他人を導くことも出来る。Nさんがトウヤさんのお陰で変われたというのも納得だよね。


「ゼクロム!!」

『…っ!』


迫り来る天井に向かって突っ込んで行き、あと少しでぶつかるというときにゼクロムさんの口から衝撃波のようなものが放たれた。それはとてつもない威力で、天井が一瞬で崩れ落ちていくのが見える。

そして崩壊した天井から外に向かって飛び出した瞬間、あたしの目の前が真っ白に染まった。



to be continue…



prev | next

top

×