long | ナノ







2

〈…何の用だ。〉


何を考えているのか読み取れない瞳でキュレムが語り掛けてきた。コバルオンやレシラムさんよりも低くて鋭い声…それが相まってより迫力を増している気がする。ついたじろいでしまったあたしの代わりに、ケルディオくんが前へ出て口を開いた。


〈キュレム、オレはケルディオ!少し前にアンタに挑んだ挑戦者だ!〉

〈…ケルディオ…?あぁ、確か貴様とやり合っている途中でここの人間共が侵入してきたのだったな…。〉

〈そうだ、だからオレは…アンタとの決着をつける為に、まずはここから助け出しに来たんだぞ!〉


助け出す、とケルディオくんが言った瞬間キュレムの体がピクリと反応した。そしてゆっくり半身を起こしたかと思うと、突然大きな声で笑い始める。


〈く…っは、はっはっはっは!!〉

『な、何…?』


何がそんなにおかしいのだろう。笑うような要素は無かったと思うけれど…。


そうあたしが訝しんだ途端、その場にいた全員を突如凄まじい冷気が襲った。


『っ!?』

〈うわ…!〉


ゴオッ!と轟音を立て吹き荒ぶ極寒の風。肌を突き刺す冷気は体の中まで凍ってしまいそうなほどに冷たい。呼吸をすることすらままならない中で必死に目を開けると、その冷気はやはりキュレムの全身から溢れ出したものだった。


〈はっ…逆上せ上がるな若造が!!貴様が、この我を!助け出すだと!?人間の餓鬼共に手を借りねばならぬような貴様がか!!〉


吐き捨てるように吼えると一層冷気の鋭さが増した。何て冷たさなのだろう…もはや寒さではなく激しい痛みを感じる。

キュレムはただ笑ったのではない、怒りが爆発して嘲笑が込み上げたのだ。


〈我に真っ向から挑んで来た故に少しは気骨ある者かと思うていたが…人間風情に助力を求めるとはとんだ見込み違いであったようだ。〉


そう言ってあたしやトウヤさんを一瞥した瞳には侮蔑の色が宿っていた気がする。それも考えてみたら当たり前のことなのかもしれない…。きっとキュレムや他の伝説のポケモン達にはあたしには計り知れないプライドがあるのだ。彼らが伝説とされる所以でもあるのだろう、決して誰も侵してはいけない高位のポケモンとしての誇り。

恐らくキュレムはそのプライドを汚されたことが許せないのだ。神聖な闘いを邪魔されただけが理由ではないはず。人間のせいでこんな場所に拘束されたのに、今度はその人間が自分を助け出そうとしている…その身勝手さに怒っているのだと思う。人間に振り回されているのだからその怒りは当たり前だろう。


(でも…!)


キュレムの怒りに晒されて傷付いた表情を浮かべているケルディオくんを横目で見やる。トウヤさんはたまたまこの場所で出会っただけだからケルディオくんとは関係ない。ケルディオくんの手助けがしたいと勝手に付いて来たのはあたしだ。だからあたしのせいで彼が侮辱されるのは耐えられない!


『キュレム、さん!ケルディオくんはあたし達に助けてって言ったわけじゃないんです!あたしは自分の意思でここに来ました…!だからケルディオくんを責めるのはやめて下さい!』

〈!〉

「ヒナタ!」

『ゴメンなさいトウヤさん、少しだけキュレムと話をさせて下さい。』


心配してくれているのだろうトウヤさんに笑みを返し、あたしはケルディオくんを庇うように前へ出た。近くで見ると本当に大きい…。あたしをジロリと睨み付けたキュレムの視線に凄まじい威圧感を感じて、咄嗟に敬語を使ったけれど…多分それで正しかったと思う。


〈ほう…小娘、我の言葉を解するか。〉

『はい、分かります。それで…あたし達はあなたを捕らえたプラズマ団とは敵対する人間です。だから、不愉快かもしれませんがあなたを助けたくてここへ来ました。それを証明出来るものは何もないんですけど…でも、絶対にあなたの敵ではないんです!どうか分かってもらうことは出来ませんか…?』

〈ふっ…実に人間らしく浅慮であるな。貴様ののたまうことなど我にとって何の意味も持たぬことが分からぬか!敵だの味方だの至極どうでもよい…!我は人間を憎む故に、人間に希望など抱かぬ!それが全てだ!!〉


ほんの少し収まりを見せていた冷気の風が再び勢いよく渦巻いていく。その激しさからキュレムさんの憎しみも伝わってくる気がした。今の言葉とこの怒りの強さ…きっと彼はずっとずっと昔から人間を憎んでいるのだ。多分、出会った頃の氷雨よりも強く憎悪を抱いている。でも、何があったのかは分からないけれど…。やっぱりあたしはこんなところでキュレムさんを見捨てることは出来ない。


〈ねぇ、君を拘束してるその鎖。壊して脱出することはしないの?君ほどの力があるなら出来そうだけど。〉

『!そ、そっか…!』

「ん?ピカチュウが何か言ったの?」

『あ、えっとですね、体を拘束している装置を壊すことは出来ないのかって…。』

「あぁ…なるほど。でもそんなことキュレムが一番分かってると思うけどね?」


雷士が問い掛けたことに一瞬光を見たけれど、トウヤさんの言葉で確かに、と考えを改めた。そもそもこんな扱いをされて黙っているわけがないのだ。ということは、伝説レベルの力があっても壊せないってこと…?


〈…口の聞き方には気を付けることだな小童。我がそうしておらぬとでも思うか?笑止、ジャイアントホールで捕らわれた時から絶えず試みておるわ。だが…、〉


キュレムさんの全身に巡らされた、鎖のついた装置がギシギシと音を立てて軋んでいる。それを忌々しそうに睨み付けたキュレムさんは、声を苛立たせながら言った。


〈どういった絡操りかは知らぬが、この鎖はもがく程に体を締め上げ力を奪い取るようだ。嗚呼、忌々しい。人間という生き物はこのような悪知恵しか思い付かぬのか…!〉


そっか、装置に力を奪われ過ぎて思うように動けないんだ…。そういえばこれはアクロマさんが造ったものだったはず。恐らくキュレムさんを捕らえて拘束する為だけに造られたから、逃げられないように特化したものなのだろう。


〈…ここから速やかに立ち去れ。貴様等に期待することなど何一つ有りはしない…我をこれ以上逆撫ですることは許さぬぞ。〉

『っあ、あの!せめてその足の怪我を治療させてもらえませんか?こんなところにいたら治らないだろうし…。』


初めてキュレムさんを見たときから気付いていた右足の怪我。いつ負ったものかは分からないけれど、痛みが無いようにはとても思えない状態だ。今のこの生活環境も最悪だし、装置によって力を奪われているのなら余計に治るものも治らないだろう。だからあたしはせめてそれだけは、という思いでバッグから傷薬を取り出し近付いた。


〈…聞こえておらぬのか、小娘。〉

『え…、』

〈不快だ。下がれと言っている。〉


怪我の様子を見ようとして気を取られ、キュレムさんが大きく口を開いたことに気付くのが遅れてしまった。そしてあたしが反応するよりも早く、キュレムさんの口かられいとうビームが放たれる。……あ、ヤバい。


「ヒナタ!!」

〈危ない…!〉

『――――っ!!』


氷雨や澪姐さんよりも素早くれいとうビームを繰り出せるポケモンを初めて見た。そんな場違いなことを考えながら吹き飛ばされたあたしの体。

…でも、その衝撃はれいとうビームを食らったからではなかった。誰かがあたしを一瞬の内に突き飛ばしたのだ。そしてその誰かと共に、あたしは床を滑るように勢いよく倒れ込んだ。


『いたた…って、雷士!?』

「本当勘弁してよね…絶対危ないって分かるでしょ…。」


床に倒れ込んだとはいえ、あたしの体は雷士の両腕で抱え込むように守られていた。というか雷士!いつの間に擬人化したのか分からないけれど、キュレムさんのれいとうビームよりも更に早くあたしを守ってくれるなんて…!感激だよありがとう…!


〈…ほう、姿を変えてまで人間を庇うか小童。〉

「そりゃまぁ、この子は僕のトレーナーだし。それに悔しいけど僕の力じゃ君の技を止めることは出来なかっただろうからね、こうするしか仕方ないでしょ。」


雷士が差し伸べてくれた手を取って立ち上がり、れいとうビームが炸裂した個所を見るとゾッとした。力が不完全な状態にも関わらずあんなに広範囲を凍らせられるなんて…もし当たっていたら怪我どころの騒ぎではなかったかもしれない。


〈ケルディオといい貴様といい、そのように人間に下るとは実に嘆かわしいことよ。〉

『そんな…!』

「もういいよヒナタ、どうせ悪口とか言ってるんだろ?」

『え?あ、まぁ…そうなっちゃいますかね…。』

「はぁ…初めから簡単にいくなんて思ってなかったけど、ここまで頑固だとは予想外だったな。…でも、こっちだって本気でやってるんだよね。正直あまり時間もないんだ。だから、少し強引な方法でいかせてもらおうか?」

『トウヤさん…?』


あたしの言葉を遮った彼が、大きく溜め息を吐きながら一歩前へ出る。そしてベルトに装着している中の1つのボールを取り出した。あれは先程見たエンブオーのボールとは違うみたい。だったら別のポケモンかな…?


〈…!?貴様、どこで其奴を…!〉

「その反応…何か思うところがあるんだ?ま、コイツに頼まれてここに来たんだしね…。懐かしいだろ?キュレム。」


懐かしい…?何がだろう。それにキュレムさんの反応がこれまで見せたものと全く違う。あたしからはよく見えないけれど、トウヤさんが掲げているあのボールには一体どんなポケモンが入っているの?



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