long | ナノ







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洞穴を出たその先は岩場に囲まれた海が広がっていた。そしてアクロマさんの言った通り怪しげな黒い船が鎮座している。青く透き通った海にはあまりにも不釣り合いなその姿に、これがプラズマ団の物であろうことは疑いの余地もなかった。


『如何にも、だね…。頑張ろう、ケルディオくん!』

「あぁ!…あ、そうだヒナタ。」

『ん?』

「オレ、ヒナタにお願いがあるんだ。」


ケルディオくんの真っ直ぐな瞳があたしを映す。お願いって何だろう、あたしに出来ることならいいんだけど。真剣な面持ちの中に少し緊張を含ませたケルディオくんが、あたしの手を握って言った。


「キュレムを黒い人間から助けたら…オレにも名前を付けてほしいんだ!」

『…へ?』

「今のオレにあるのは誰が付けたかも分からないケルディオっていう種族名だけ。だから雷士達が羨ましくなって…オレも、ヒナタが付けてくれた名前がほしいんだ。」

『…っ!』


っか、可愛い…!あたしの両手を握り、大きな瞳をうるうる潤ませながら懇願するケルディオくんに思わず胸が震える。何なの、何なのこの可愛さは!疾風に勝るとも劣らない、そして顔は可愛い癖に全く可愛げのない雷士とは天と地程にも差のある可愛さ…!


〈今確実に失礼なこと考えたよね。〉

『いったぁ!!相変わらず容赦ない!!』

〈ヒナタちゃんが悪い。〉

「だ、大丈夫かヒナタ?」

『う、うん…何とかね。ありがとうケルディオくん。』


雷士の尻尾で叩かれた後頭部をケルディオくんが優しく撫でてくれた。可愛い上に優しいってどういうこと…!


『…ケルディオくん、今言ったことだけど…本当にあたしが君に名前を付けてもいいの?』


よしよしと言いながらさすってくれるケルディオくんに悶えつつ、彼が言ったお願いをケルディオくんだけでなくあたし自身へも問いかける。それは本当に、いいのだろうか。だってケルディオくんはあたしのポケモンではない。

あたしがこれまで名前を付けてきたのは、あたしの仲間としてボールに入ってくれたポケモンだけだ。それに人間に名前を付けられたなんて仮にも伝説クラス以上の存在であるケルディオくんにとって不名誉なことではないのだろうか。

しかしケルディオくんはあたしのそんな不安など全く取るに足らないとばかりに微笑んだ。


「勿論だぞ!オレはヒナタに名前を付けてほしいんだ。大好きなヒナタにもらった名前なら、オレはコバルオン達にも胸を張って自慢出来るぞ!」


…本当に、何て裏表のない子なんだろう。真っ直ぐにあたしを射抜くその笑顔にこちらまで嬉しくなる。


『…うん、ありがとう。OK了解!ケルディオくんにぴったりな名前を精一杯考えさせてもらいます!』

「本当か!?ありがとうヒナタ!」

〈…全く、責任重大だよヒナタちゃん。〉


言われなくても分かってるよ雷士。引き受けた以上ケルディオくんに喜んでもらえるような立派な名前を付けてみせるんだから!


「よし、じゃあ行こうヒナタ。早くキュレムを助けるぞ!」

『うん、そうだね!』


この戦い…と言ったら大袈裟かもしれないけど。終わるまでにケルディオくんの名前を考えないとね。キュレムの救出以外にもう一つ重大な任務が出来ちゃった。


…さて、まずはどこからこの船に侵入しよう。運良くハシゴなんか降りてないし…直接乗り上がろうにもあたしではとても無理だと思う。


『困ったなぁ…早速難問にぶつかっちゃった。』

「この船の上に行ければいいのか?」

『そうなんだけど…あんまり派手なことしたらすぐに見つかっちゃうし。うーん…あ!』

〈ひょっとして…嵐志?〉

『そうそうさすが雷士くん!嵐志、出てきて!』


高い位置にある船の甲板を見上げていたら思い出したのはリュウラセンの塔。あの時も上に上がる方法がなくて困ってたんだよね。


〈姫さん!オレの出番か?〉

『そうです!ゴメンね嵐志、出来るだけ静かにあたしのことこの上に運んでくれない?』

〈そーゆーことか…。おっし、任せとけ姫さん!〉

「オレは自分で上がれるから大丈夫だぞ!」

『うん、了解。じゃあお願い嵐志!あ、ちなみにお姫様抱っこ以外で!』

〈却下!行くぜー!〉

『断るの早っ!!』


嵐志はあたしの言わんとすることを察してくれたらしく、すぐさまリュウラセンの塔の時のようにあたしを抱えて船に飛び乗ってくれた。…この方法の欠点はお姫様抱っこという恥ずかしいポーズじゃないと嵐志が引き受けてくれないことだね。

ケルディオくんもさすが馬型のポケモンというか何というか、原型に戻り軽やかなジャンプで難なく甲板へと飛び乗った。よし、とりあえず第一関門突破だ。


『ありがとう嵐志。じゃあ次は…中に入る入口を探そう!』


今回でいうキュレムのように、大切な物はきっと奥に隠していると思う。だから船の中に侵入する為の入口を見つけないと。

極力物音を立てないように手分けして探っていく。すると船首の方を見に行っていた雷士があたしの所へ走り戻ってきた。


〈入口っぽいの見つけたんだけど、声は出さないようについてきて。〉


分かった、という意味を込めて頷く。嵐志とケルディオくんも合流し雷士について行くと、1人のプラズマ団員が階段の前で立っているのが見えた。


『あの階段下に続いてる…きっと船内に入れるようになってるんだよ。』

〈多分アイツは見張りだね。〉

〈どうするんだ?あそこに居られたら入れないぞ…。〉

〈…オレに考えがあるぜ。〉


身を隠しながらコソコソと話していると、嵐志が前へ出てニヤリと笑った。考えというのが何かは分からないけど、この表情を見る限り上手くいくと確信しているのだろう。だったらあたしは嵐志を信じる。

あたし達にはここで動くなと指示をした嵐志は、足音を立てずに背後から団員へ近付いていく。

そして後1メートル程の距離まで近付いた時鳴き声を上げた。その声に気付いた団員が驚いたように背後を振り返る。そこを嵐志は確実に狙い、団員を捕らえた。

次の瞬間、嵐志を見た団員は力無く倒れてしまう。団員が動けないのを確認したらしい嵐志が合図をし、あたし達は傍まで近寄った。


『気絶、してるの?』

〈まーそんな感じ。幻見せといたからしばらくは起きねーぜ!〉

〈す、すごいな嵐志!〉

〈結構えげつないよね。〉


嵐志のこの力は一種の催眠みたいなものなんだろうか。ともかくこれで見張りをかいくぐり船内へ入ることが出来る。

この状態では大所帯なので、ひとまず嵐志にはボールに戻ってもらいあたしと雷士、ケルディオくんで階段を降りて侵入を開始した。



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