3
ポケモンセンターの一室にあるリビングで、あたしが淹れたお茶を飲み一息ついた後。Nさんがゆっくりと話し始めた。
「…ボクは2年前レシラムに英雄と認められ、対をなすゼクロムに認められたあるトレーナーと戦った。そして敗北した後レシラムと共に様々な地方を巡る旅に出たんだ」
『…!Nさんが、真実の英雄…!?』
「ふふ、そんなに大それたモノではないけれどね」
「謙遜するなN、この私が認めたのだから胸を張るがいい」
そっか…レシラムさんが認めたのはNさんだったんだ。それにしても2年も一緒に旅をしているなんて仲良しなんだね!
「ヒナタ、タチワキで初めて出会った時のことを覚えているかい?」
『勿論です!あたし自分以外のポケモンと話せる人に会ったの初めてだったからすごく衝撃的でした!』
「ふむ…そうだな、私もボールの中から見ていたが…お前もNも先天的な能力であるが故に珍しい」
「ふふ、ボクも何だか親近感が湧いたよ。リゾートデザートで再会した時も嬉しかった。キミはとても純粋な優しい子で…だからこそもっと早くレシラムに会わせてあげればよかったと後悔しているんだ。キミはあんなにも会いたがっていたのに…ゴメンね」
眉も声のトーンも下げて見るからに申し訳なさそうなNさんに慌てて首を振る。そっか、Nさんが話さなければならないって言ったのはこのことだったんだ。
レシラムさんと一緒にいるのに、それをあたしに黙っていたことを謝りたかったのかもしれない…そんなこと全然気にしなくていいのに。むしろ隠してくれていてよかったと思う。Nさんがあたしを信じてからレシラムさんに会わせてくれたことが嬉しいから。
そう言って笑うとNさんもニコリと笑ってくれた。そんな彼を見てソファから話を聞いていた嵐志も表情を和らげる。うん、あたしはこんな2人が見たかったんだよね!
『…あ、そういえばセッカシティに向かったっていうレシラムさんの目撃情報はNさんだったんですね。あたしその情報を追ってここまで来たんですよ!そしたら、その…プラズマ団に会って一悶着ありましたけど。でもNさんとレシラムさんに会えてよかったです!』
「あぁ、あの連中か。本当は私直々に追い払ってやろうとも思ったのだが…このセッカが焼け野原になるのは忍びなかったのでな。だが感謝するぞ、お前のお陰で汚らわしい者共が神聖なる塔へ2度目の侵入をするのを阻むことが出来た」
『あ、い、いいえ!頑張ったのは蒼刃と紅矢ですし…まぁ紅矢こそ焼け野原にする勢いで戦ってましたけどね!』
「テメェ誰の指示でバトルしてやったと思ってんだ」
『いだだだだゴメンってばゴメンなさい!!』
「ほう、加虐趣味とは中々気が合いそうだなトマト小僧」
「テメェも表に出やがれ焼き尽くしてやる!!誰がトマトだ!!」
『だ、ダメだよ紅矢!炎技でレシラムさんに勝てるわけないって!』
〈セッカが焼け野原になるのは忍びないんじゃなかったの〉
2度目…前にもリュウラセンの塔にプラズマ団が来たことがあったんだ。だったら尚更あの時撃退することが出来てよかった。内心ホッとしつつ、とりあえず今にも掴みかかりそうな紅矢を必死に止める。
それにしてもトマト…かぁ…ぶふっ!おっと危ない危ない、ここで笑ったのがバレたら確実に紅矢様に消し炭にされるとこだった。幸い怒りの矛先がレシラムさんに向いててスルーされたけど!
「…そうだヒナタ、キミにもう1つ聞いてほしいことがある」
『聞いてほしいこと?』
「うん、キミはキュレムというポケモンを知っているかい?」
『…!はい、少しだけですけど…レシラムさんとゼクロムさんに並ぶ力を持ったドラゴンポケモンだって聞きました』
「同等の力、か…どうだろうな、奴の実力の底など量ったこともないが。ただ…アレはこの私とゼクロムの細胞を持っている。その使い方を知れば脅威になるのは間違いない」
淡々と話すレシラムさんだけれど、湯のみを握る手には力が込められていた。レシラムさんがここまで言うなんて…キュレムはやっぱり物凄く強いんだ。
「キュレムはジャイアントホールで息を潜めていた筈なんだけれど…ここ最近何か動きを見せているようなんだ。レシラムがその気配を察知したんだよ」
「うむ、あのプラズマ団とかいう人間共が活動を再開した同時期にキュレムの気配を感じてな…何やら不吉な予感がする。そこで私とNは秘密裏に各地を飛びキュレムを探しているのだ」
「最初にジャイアントホールに行ったのだけれど既にキュレムはいなかった。考えられるとすればキュレムが自分で外に出たか…もしくは、」
「プラズマ団がキュレムを捕らえたか、だな」
『嵐志…』
確かに、嵐志の言うことも考えられる。プラズマ団は2年前レシラムさん達を狙ったらしいし…シャガさんもその可能性を危惧していた。
もし本当にプラズマ団がキュレムを捕まえているとしたら一体何が目的なのだろう。度々プラズマ団員が口にした計画っていうのに関わっているのかな…。
「ヒナタ、プラズマ団がキュレムを悪用すればどんなヒドいことが起こるか分からない。ボクはそれだけは阻止したい。この美しいイッシュと…イッシュに住む全てのトモダチを守りたいんだ」
『Nさん…』
「…ぶはっ、いい意味で変わってねーなN!」
Nさんの強い気持ちはあたしもよく分かる。あたしだって守りたいよ、イッシュで出会った優しい人達やポケモンのこと!
「そこでだミカン娘、お前に頼みがある」
『頼み?』
「うむ、キュレムが敵に回った時のことを考え最善の手を打とうと思う。奴を確実に止めるには…あまり気は乗らんがゼクロムの力も必要だ。大体の居場所は分かっているから連れ出すことは容易いが、如何せん私とNはキュレムを追うのに忙しい。そこで代わりにお前をゼクロムの迎えに寄越そうと思っている」
『え…あ、あたしがゼクロムさんのお迎え!?』
「大丈夫だよヒナタ、今ゼクロムの傍にはボクと同じように英雄と認められたトレーナーがいる筈だ。そのヒトに会えれば難しいことじゃない」
あ、そっか…レシラムさんがNさんの傍にいるように、ゼクロムさんはNさんと戦ったトレーナーさんの傍にいるんだ。え、てことはつまりそのトレーナーさんにも会えるってこと!?
『っや、やります!行きますどこにでも!あたしゼクロムさんにもトレーナーさんにも会いたいです!』
「良い返事だミカン娘、褒めてつかわそう」
〈ちょっとコイツ何なのそろそろ我慢の限界なんだけど〉
「も、もう少し我慢しなよ雷士。マスターはやる気満々だし、ね?」
「おのれぇえええ…っヒナタ様がお優しいからと何たる物言い…!やはり成敗しなければ!!」
「おやおや、こちらも我慢が利かなくなっているようですねぇ」
何か後ろで色んな物音が聞こえてくるけど気にしない!あたしの次の目的は決まった。ゼクロムさんに会って力を貸してくれるようお願いすることだ!
「ゴメンよヒナタ、キミを巻き込んでしまって…」
『いいえ、あたしNさんの力になれるなら嬉しいですよ!レシラムさんに会わせてくれたお礼もしたいですし!』
おまけにゼクロムさんに会う機会まで与えてくれて本当に最高だ。ハル兄ちゃんが泣くほど羨ましがるに違いない。
「…キミなら、キュレムを助けてあげられるかもしれないね。真実も理想も抜け落ち、虚無だけが残ったキュレムに…希望を与えてくれるかもしれない」
『そ、そうですかね…?でもやれることはやりますよ!あたし正直キュレムとも会って話してみたいですもん!』
そう言って締まりのない緩んだ顔で笑ったら、一瞬だけレシラムさんも微笑んでくれた気がした。
Nさんがあたしを信じてくれたこと、頼ってくれたことを誇りに思うから、あたしは彼らに答えなきゃいけない。
それにしても…ゼクロムさんに認められたトレーナーさんはどんな人なのかな?仲良くなれるといいなぁ…。
あたしはそんな思いを馳せながら、気合いを入れるように残っていたお茶を一気に飲み干した。さぁ、次はゼクロムさん探しに出発だ。
to be continue…
prev | next
top
|