long | ナノ







3

「…はぁ、」

「やぁ嵐志、溜め息をつくと幸せが逃げるよ?」

「うぉお!?び、ビビった…!」

「はは、驚かせてすまないね」


ハルマさんはホワホワ笑いながらオレの隣りに腰掛けた。…何つーか、姫さんとほとんど血の繋がりはないとはいえやっぱり雰囲気が似ている。

フワッとした髪とか童顔とか…とても30代には見えねーよな。あ、そーいやこの人何しに来たんだ?


「…ねぇ嵐志、君…どうしてあんな寂しそうな顔をしたんだい?」

「…は、」


今、この人何つった?


「さっきご飯を食べているとき君が何だか寂しそうな顔をしていたから気になってね。僕で良かったら話してくれないかな?」


…本当に、姫さんと似ている。鈍いようで別の所は鋭いとか…。


「…参ったなー、オレ自分の本心を隠すのには自信あったんだけど…」

「はは、寂しがり屋は皆そうさ。本当は甘えたいのに自分を拒絶されるのが怖くて気持ちを押し殺してしまう…そんなの、気にしなくていいのにね」


そう言ってハルマさんは苦笑いを浮かべる。誰かのことを言っているみたいだったが…誰だ?


「そうだなぁ…君はヒナタと僕のやり取りをジッと見ていたよね。あの時の目がとても複雑な色をしていて気になった」

「…うわ、当たり。オレさー…ちょっと羨ましくなったんだ」


姫さんとハルマさんは本当の兄妹じゃないけれど、2人の間には間違いなく家族の絆が存在する。絶対的な愛情…そんなものを見ていて感じた。


「さめっち…氷雨っていただろ?アイツは昔人間に仲間を奪われて1人ぼっちになっちまった。…けどオレはアイツとは少し違う。オレは、生まれた時から1人だったんだ」


オレは小さな森の中、たった1人で生まれた。両親とはぐれたのか捨てられたのかは分からない…ただ1つ分かるのは孤独だったということ。

そこからオレは他のポケモン達の生活の術を観察しながら生きてきて、初めてダチが出来た。それがNだった。


「…Nも…オレのたった1人のダチもオレから離れていっちまった」


Nがオレの前から消えた日、オレは確かに泣いた。泣いて、それでもアイツを探し続けた。また1人にはなりたくなかった。


「…なるほどね、君は愛情に飢えているわけだ」

「そ、そーなんのか…?オレにもよく分かんねーけど、でも…家族ってのに憧れてんのは確かかもな」


無条件に自分を愛してくれる人…そんな存在がオレにはいなかった。まだガキの頃、自分の子供を愛しそうに抱くガルーラの姿を見てオレは羨ましかったんだ。


「本当無いものねだりだよな…姫さんにはカッコわりーから秘密にしてくれよ?」

「分かったよ。…でもその姫さん、君にとっての家族なんじゃないのかい?」

「…へ?」


姫さんが、家族…?

理解出来ず目を丸くするオレを見てハルマさんはクスリと笑った。


「僕とヒナタは本当の親子でもなければ兄妹でもない、それは事実。でもね、確かに僕はあの子を家族として愛している。斉や澪達も同じように僕の家族だ。それと一緒で、君とヒナタ…勿論雷士達も皆家族なんだと僕は思うよ」

「姫さんと…家族、」

「そう、家族。いいかい嵐志、血の繋がりだけが家族じゃない。お互いが思い合い、心安らぐことが出来る存在…それはもう家族と呼んでも充分だと僕は思うんだ」


ハルマさんの言葉が不思議とオレの心に沁み渡る。不思議な人だ、初対面なのにこの人には何でも話してしまいそうになる。


「…オレ…姫さんの傍にいると、暖かくて優しい気持ちになる。らいとんやこーちゃん達といると…楽しくて飽きねー」

「うんうん、君も充分ヒナタ達を思っているんだね。その気持ちがあれば立派な家族だよ」


ハルマさんは大きく頷いて、オレの頭を軽く撫でた。普段ならこんなガキ扱い御免なのに…今のオレにはとても心地良く感じた。なぁ姫さん、アンタもこうして撫でてもらったのか?


「嵐志、もっとヒナタを頼っていいんだよ。あの子は君が思ってる以上に優しくて強い。だからきっと君の寂しさも受け止めて笑顔にしてくれる筈だ。少なくとも僕はそう信じてるよ、何故ならヒナタはそういう子だからね」


そーいう子、じゃ何の理由にもならねーとは思ったけど…ハルマさんの言いたいことも分かる。姫さんは優しいんだ、オレの時もさめっちの時もそうだった。


「姫さんはいつも誰かの為に何かをしてやろーとする。お人好しって言っちまえばそれまでだけど、簡単に出来ることじゃねーと思うんだ」


誰かの為に心を痛め、決して理不尽に傷付けたりしない。女々しいかもしれねーけど…オレはそんな姫さんの愛情を求めているんだ。


「…ヒナタも寂しがり屋な所があるから気が合うかもしれないね。守ってやってよ、嵐志。あの子は僕の大切な妹なんだ」

「おー、任せとけって!」


言われなくても分かってるさ、絶対に守ってみせる。初めて出会ったあの日…姫さんは色褪せたオレの世界に光をくれた人なのだから。


「そうそう、頼ると言えば昔…まだヒナタが8歳くらいの時かな?僕が熱を出して動けない時に『ハル兄ちゃんのお世話頑張るから、だからあたしを頼ってね!』と言って一生懸命看病してくれたことがあったなぁ」

「何だそれ姫さんスゲー可愛い!!」

「だろう?本当にヒナタは兄思いで可愛いんだよ!」


ハルマさんが途端にだらしない顔をして姫さんの可愛さを語り始めた。おー、これが所謂シスコンってヤツか!




『あ、ハル兄ちゃんと嵐志発見!おやつ出来たから一緒に食べよー!』

「おー!すぐ行くー!」


ひょこっと窓から顔を出した姫さんがオレ達を呼ぶ。姫さん甘いモン好きだから嬉しそうな顔してたな…あーもう、可愛い。


「それじゃ行こうか。…あ、そうだ嵐志」

「ん?」


立ち上がったハルマさんが満面の笑みでオレを見る。…あれ、何か寒気がしてきた…?


「ヒナタを守ってくれとは言ったけれど…僕はまだ君を“そういう意味で”認めてはいないからね。もし僕の目が届かないからと言ってあの子に手を出したら…どうなってしまうか分からないよ?」

「…っ!?」


ゾクリ、菩薩のような笑顔なのに背後には般若が見える。思わず震え上がったオレの肩を叩いてハルマさんは行ってしまった。

…厄介な人がついてるもんだ、こりゃ一筋縄にはいかねーな。


「ま、諦めねーけど!」


そしてオレはどこか晴れやかな気分でリビングへと出向き、そこで美味そうにプリンを頬張っていた姫さんに抱き付いたのだった。



to be continue…



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