long | ナノ







3

〈僕の父と母は最後まで僕を見つからないよう隠し、傷だらけになって連れて行かれました。…最後に父は、生きろと叫んだ。だから僕はがむしゃらに生きてきた…人間への憎しみを抱いて〉


ラプラスはゆっくり目を開け、そして一筋涙を流した。…やっぱり、あの泣いているような顔は見間違いじゃなかったんだ。


〈…っ僕は…僕は、弱かったんだ!何も出来ない自分が情けなくて…っそれでも無様に生きてきた!守りたかったのに…大切な家族を、仲間を…!会えるものなら皆に会いたい…っ、だが父との約束を守る為に後を追うことも許されない!…っ君は…こんな愚かな僕を、笑いますか?〉


そう言ってラプラスは口元を歪めた。まるで自分自身を嘲るように。

そんな彼の首に、あたしは思いきり抱きついた。傘を放り出し、濡れることも構わず…苦しくない程度に、強く抱きしめる。人間嫌いだから触ったら怒ると思ったけれど、ラプラスはピクリと震えただけで振り解くことはなかった。


『…笑うわけないよ、むしろ褒める。だってあなたはお父さんとの約束を守ってるってことでしょ?お父さんとお母さんが必死に守ったあなたがこうして生きていてくれることが、あたしは嬉しい』

〈…嬉しい?〉

『うん、嬉しい。あのね、ハル兄ちゃん…あたしを育ててくれた人もそう言ってくれたの。あたしが生きていてくれて、嬉しいって。それを聞いた時あたしワンワン泣いちゃって…嬉しくて涙が出ることなんてあるんだってビックリしたんだよ』


本当によかったと思う。彼の両親はきっと、彼が生きることを何より望んだのだろうから。


〈…いつか僕にも、生きていてよかったと思う日が来るのでしょうか〉

『来る、断言する。というかあたしがそう思わせてみせる!』

〈おやおや…自信家ですね。怪しいものです〉

『う…そう言われるとちょっと自信無くしそうだけど』

〈…せめて…あの日の悪夢に魘される回数を減らしてみせて下さいよ〉

『…!う、うん!頑張る』


…あ、そうだ。思い付いた!


『氷雨!』

〈ひさめ?〉
 
『うん、あなたの名前!』

〈…おやおや、随分と冷たい名前をつけてくれたものですね〉

『あは、そういうんじゃないよ。一片氷心って言葉知ってる?』

〈…あぁ、確か…俗塵に染まらない清く澄んだ心の意、でしたか〉

『おぉ…!物知りだね』

〈これくらい当然です〉


インテリラプラスめ…!あたしだってハル兄ちゃんに教えてもらって初めて知ったのに。…まぁいいや。


『あのね、仲間達を思うあなたの心はその言葉の意味と同じで、どこまでも純粋で綺麗だったから。それに氷って字もタイプ的にピッタリだし!それとこの雨が…あなたの中の苦しみを洗い流して青空を運んできてくれることを願う、ってこと』


そう考えればあの日と同じ雨も少しはマシに思えてこないかな?…まぁあたしだけかもしれないけれど。


『どう?嫌だったら返品受け付けますけど』


ラプラスはしばらく呆然としていたけれど、あたしが問いかけて我に返ったみたい。数秒の沈黙の後、小さく笑った。


〈…本当に変な子ですね。ですが…それなりに気に入りました。君のことも、その名前も。だから貰って差し上げますよ〉

『本当!?わーいよかったー!』

〈ですが少しでも失望させたら僕は何をするか分かりませんよ。そこの所お忘れなく〉

『了解、絶対失望なんかさせないからね!任せて氷雨!』


そう言って手を差し出したら、鼻先をチョンとつけてくれた。え、な、何今の超可愛いんですけど…!

あたしが1人悶えていると、氷雨があたしをジッと見つめてそういえば、と口を開いた。


〈君…女性だったんですね。あんな恰好していたからてっきり男性かと…ニオイで判別出来ましたからよかったですが〉

『あ、そっかそうだったね。あたしあの時は訳あって男装してたから…。そうそう、名前はヒナタだよ!』

〈ヒナタ…ではヒナタ君で〉

『何で!?何で君付け!?』

〈どうも初対面での男性の姿が印象的で…それに何となく呼びやすいです〉

『あ、あ…そう。まぁそれでいいならいいんだけどね!』


呼びやすいって…嵐志と同じ理由だね。でもこれで見事皆のあたしの呼び方バラバラになったなぁ、ある意味すごい偶然。


『あは、皆に紹介しないとね。新しい仲間出来たよって!』

〈まぁ歓迎はされないでしょうがね〉

『そんなことないよー!…多分』

〈そこは言い切る所でしょう、トレーナーなら〉


あ、今ちょっとトキめいた。さり気なく自分のトレーナーって認めてくれた発言だよね…!?


〈とりあえず中に戻りますよ。君も随分濡れてしまっている〉

『うわ、本当だ。あーどうしよう絶対雷士に怒られて紅矢に鼻で笑われて蒼刃に心配される!』

〈…君本当にトレーナーとして認識されているんですか?〉


地面に転がったままの傘を拾い、皆が待つ部屋へと戻る。色々あったけれど…これからよろしくね、氷雨!


ふと気付けば雨は止み、頭上には澄み渡るような青空が広がっていた。



to be continue…



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