long | ナノ







2

雨は未だ降り続いている。歩く度に跳ね上がる水滴でブーツを濡らしつつ、ラプラスとの距離を縮めていく。

そして声をかけようとした時…気付いた。


(…泣いて、る?)


雨粒が頬を伝っているだけかもしれない。でも…あたしには泣いているように見えたのだ。

ゆっくり近付いていくと、足音に気付いたのかラプラスがこちらを振り返った。


〈…君ですか〉

『思いっきり濡れてるけど…大丈夫?』

〈構いません、僕は水タイプでもありますから〉


いや確かにそうでしょうけれどね、見ている側からしたら風邪引かないか心配なんだよ…!

モヤモヤしつつ隣りに立ち、同じ方向を見つめる。彼はさっき空を見ていたなぁ…何を考えていたのだろう。


〈…君は…本当にポケモンと会話が出来るのですね〉

『うん、物心ついた時にはもう喋っていたし…多分生まれつきなんじゃないかな。でもこれって長所でしょ?こうして人間嫌いのあなたとコミュニケーションが取れるんだし!』


そう言って笑うと、どこか気まずそうに視線を逸らされてしまった。…うん、寂しいな。

でも初対面時のオーラより余程柔らかくなった気がする。あたしの気持ちは少しでも届いたのだろうか。


〈まさかこの僕がよりにもよって人間に傷を癒されるとは…夢にも思っていませんでした。全く余計なことをしてくれましたね〉

『む…あたしにとっては余計なことじゃないもん。バトルして傷つけたのはあたしだし、不本意だろうけどあなたは今あたしの手持ちになったわけだからね。面倒見るのは当然!』


そう告げた途端、ラプラスは目を見開いていかにも驚いているという表情を浮かべた。え、何か変なこと言ったかな。


〈…君は、僕を仲間にするつもりですか?〉

『え!?ダメなの!?あたし仲間になってほしかったんだけど…』


ちょうど水タイプ欲しかったし、ラプラスって可愛いし…いやまぁこの子はどちらかと言えば美人だけど。


〈僕は人間を襲ってきたのですよ?それに君のことも…それなのに、〉

『…そんなの関係ないよ。というかあたしがあなたと一緒にいたいだけ!ウチの家族達は楽しいよー?バラエティ豊かだし…そりゃ喧嘩もしてるけどさ』


そう、蒼刃や紅矢はよく言い合いをしているけれど…本当はお互い認め合っていることも知っている。ぶつかり合っても結局好きって凄く素敵だと思うんだ。


『…それにね、あたしは自分の中で誓ったの。絶対あなたを1人にはさせないってね!』

〈…!〉

『仲間達を皆奪われたあなたとあたしの境遇は違うかもしれないけど…でもね、1人ぼっちの辛さを少しは理解しているつもり。だからこそ綺麗事だって言われても構わない。あたしはあなたに笑っていてほしい。これから一緒に旅をして…楽しいことも苦しいことも乗り越えて、そして最高の仲間になっていけたらいいなって思ってるよ』


そう、これはあたしのエゴだ。押し付けだ。けれどそんな綺麗事が現実になる関係になれたら、少しはラプラスもこの世界を愛せるんじゃないかと思う。


〈…言いましたよね、僕はこれから先も人間を憎むと。それでもいいのですか?〉

『いいよ、あなたには憎む権利がある。ただ、それに呑まれちゃダメなんだろうとは思うけど。もし自分を見失ってしまったら、そこであなたの心は仲間を奪った人間と同じ所まで堕ちちゃう気がするから…』

〈…随分難しいことを言うのですね。憎んでいいと言いながら、手は出さずに理性を保てということですか〉

『うーん…そっか、確かにムチャクチャかも』


あたしは彼に無理難題を押し付けているかな…やっぱり。でもパッと浮かんだのがこういうことだったし…うーん…。


『…じゃあまぁ、とりあえずあたしに付いて来て!あたし達の姿を見て、それからあなたがどうするか決めたらいいんじゃないかな?』

〈…全く、おかしな人だ〉

『ストレートに酷い!!』


な、何かあたしの仲間ってハッキリ言う子が多い気が…。あ、でも蒼刃とか疾風はそうでもないかな?我が家の良心!


『…そういえば、さっきは何を考えてたの?何だか思い詰めたような顔をしてたから気になって…』


あの泣いているような表情が頭によぎる。思い切って聞いてみると、彼は目を閉じて口を開いた。


〈…あの日のことを、思い出していました〉


あの日…って、仲間を奪われた日のこと…だよね?


〈あの日もちょうどこんな雨の日でした。突然の轟音に驚く暇もなく、住処にやってきた人間達は次々と仲間を捕らえていった。電気が流れる仕掛けが施された捕獲網だったのでしょうね、暴れれば暴れるほど苦しむ仲間達を見て、まだ幼かった僕はただ…震えることしか出来なかった〉


目を強く閉じて語る彼はその時の光景を瞼の裏で見ているのかもしれない。…分かるよ、今はほとんど無くなったけれど…あたしも昔は目を閉じる度にあの惨劇を思い出していたから。



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