long | ナノ







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〈それで?僕とやるつもりですか?〉

『…っ見逃しては、くれないの?』

〈は…っ随分甘い子ですねぇ。だから子供は好かない〉


我ながら浅はかな提案だとは思ったけれど、やっぱり嘲笑されてしまった。まるであたしの全てを否定するかのような目の色が怖い。


〈この子は君の仲間を奪った人間とは関係ない。そういうの八つ当たりだって気付きなよ〉

〈…君は人間を憎いと思ったことはないのですか?森や海を奪い、時にはポケモンを傷付け殺す…そんな人間を〉

〈…確かにそういう人間もいることは知ってる。でも、この子は違う。それで充分だよ〉

『雷士…』


雷士の言葉を聞いたラプラスはまた忌々しそうに顔を歪めた。…けれど一瞬だけ辛そうにも見えたのは、気のせいだろうか。


〈…君達と話していても時間の無駄です。さっさと片付けましょう〉

『ま、待って!』

「姫さん!?」


雷士よりも前に立ち、ラプラスに向かい合う。すると彼は少しだけ波を揺らせ後ろに下がった。…近付かれるのも嫌なんだ。


「ヒナタちゃん!?」

『!あ、アオイさん!?』


頭上の橋からアオイさんが顔を覗かせた。当然今のこの状況に目を丸くしている。


「ちょ…ダメよヒナタちゃん!それってラプラスでしょ!?危ないから戻ってらっしゃい!」

『あたしは大丈夫です!心配しないで下さい!』

「何言ってるの!本当に危険なのよ!?」

『お願いします!このラプラスは、あたしに任せて下さい』


強く、ハッキリと言い放つ。するとアオイさんはまだ何か言いたげだったけれど、キュッと唇を結んで言葉を飲み込んだ。


「…分かったわ。でも絶対無茶しないこと!いいわね!?」

『はい!』


ありがとうございますアオイさん、分かってくれて!


あたしは彼に笑いかけ、すぐにラプラスに視線を戻す。彼は相変わらず厳しい表情だけど…皆がいてくれるから、怖くなくなったよ。

ゆっくり息を吐いて、ラプラスへ語りかけた。


『あなたが人間を憎むのはもっともだと思う。でも…見境なく襲うのはあなたの仲間を奪った人間と同じことをしているだけだよ』

〈…っ君に何が分かる!大切な者を奪われたことのない君に!!〉

『分かるよ!!だってあたしも…両親を、亡くしてるから!』

〈…っ?〉

〈ヒナタちゃん!それは…っ〉

『いいの雷士、隠すつもりはないし』


だから心配しないで。

そうニコリと笑うと雷士は1つ溜め息を吐き、ゆっくり後ろへ下がった。

改めてラプラスに向き直ると、彼の瞳が初めより少しだけ揺れていることに気付いた。…話、聞いてもらえそうかな?


『…あたしのお母さんとお父さんね、あたしが5歳の時に亡くなっているの。死因は…銃で撃たれたことによる失血死』

〈…!〉

『あたしはちょうどその時外に遊びに出ていたから助かったけど…。犯人は偶然窓の開いていたウチを狙って侵入して、お母さんとお父さんを襲った』


あたしが帰ってきたとき見たものは、まさに地獄だった。見渡す限りの赤、赤、赤。

最初はわけも分からずただ寝ているのだと思った。でも近寄って揺さぶったとき、両手に付着したヌルリとしたもの。小さいながらもそれが何かは理解した…そして、もう2人は動かないということも。


『犯人はすぐに捕まったけど…取り調べでその人はこう言った。誰でも良かった…ってね。それと、ウチは町から離れたところに建っていたから都合が良かったとも』

(それって…強盗とか無差別殺人ってやつか)

『あたしはまだ小さいって理由で詳しく教えられはしなかったんだけど、大人達が話しているのを聞いたの。…すごく、腹が立った。もう憎んだって言った方が正しいかもしれない』


“誰でも良かったとか、都合が良かったって、何?あたしのお母さんとお父さんは…そんな理由で、命を奪われたの…!?”


『あの頃のあたしはあなたに少し似ている。臆病だから復讐は出来なかっただろうけど…でも、両親を奪った犯人は勿論、心無い言葉をかける周りの人達も大嫌いだったから』


今でもテレビドラマとかでそういうシーンが出ると思い出す。両親を亡くしたあたしは可哀相だとか、当初はあたしを引き取ろうと名乗り出る親類もいなくて、きっとこれからまともな生活は出来ないだろう、とか。


『あの頃のままだったら…あたしもあなたと同じ目をしてたと思う。でもね、あたしは…ハル兄ちゃんと出会えた』


泣き腫らしたあたしの目をソッと冷やしてくれたお兄さん。礼服を着たその人は、お母さんの遠い親戚だと言った。


(初めまして、今日から僕が君の家族だよ。ほら、笑って?)


そう言って優しく抱き締めてくれた。男の人の腕なのに、まるでお母さんにされているかと思うほど暖かく感じたの。

ハル兄ちゃんはあたしを決して可哀相だとは言わなかった。彼も幼い頃に両親を亡くしたと言っていたからかもしれない。

褒めてくれて、叱ってくれて…そして最後にはいつも笑って頭を撫でてくれた。


『…ハル兄ちゃんや斉達がいたから、あたしはあたしのままでいれた。雷士や皆がいるから、あたしは笑って生きていける』


あたしは1人じゃないと、教えてくれる。


『あなたにも必ずそんな存在が現れるよ。だからこれ以上自分を傷付けないで。仲間を奪った人間達と同類にならないで。…あなたのその辛そうな顔、あたし見たくないよ』


〈…っ〉



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