long teatime | ナノ

※高校生設定





「今までごめんな」

優しいテノールがこだました。はっきり憶えている。この声は彼のものだ。何ヵ月前の事だったか、それは憶えていないけれど、たしかに私は彼に謝罪の言葉をもらった。

そして、別れの言葉も。



勝手な人だった。部活は急に辞めてしまうし、あげく試合の敵チームの学校へ転校もしてしまうし。雷門では勿論、転校先でも、顔がいいからか女の子からは黄色い声援を浴びる始末。最初の内はヤキモチとやらを妬いたりしたこともあったが、後からからかわれるのでやめた。上からの内申ばかり気にして、臆病な人だと思った。

けれど口には出さなかった。
何だかとても可哀想だと、情が移ったのも決して言わない。そんな彼がくれた愛が嬉しかったなんて、言わない。
これは私の意地だ。




「お久しぶり、です」

風の気持ちいい昼下がり。この前見た雑誌でも取り上げられていた男女共に気兼ねなく立ち寄れるお洒落な喫茶店で待ち合わせなんて、やはりセンスのいい人なんだなぁ、と思いながら高そうな腕時計を気にしていた彼に声をかけた。俯いていた焦げ茶色の頭が、ゆっくり上がる。

「ああ、久しぶり」

何時聞いても素敵な声が、柔らかに私を包んでくれるようだった。少し、髪が伸びただろうか。なんとなく、大人っぽくも見える。私服のストライプ柄のワイシャツと、その袖口からチラリと見える腕時計が、それを更に際立たせた。高校が離れてしまい、彼に会う事がめっきり減ったため「神さま欠乏症」にでもなるかと心配していたが、意外と平気だった。それは誰のおかげだろう、なんて野暮な事は考えないことにする。

「悪い、急に呼び出して」
「いえ、ちょうど暇だったので」

促されるまま、席に着こうと椅子を引くと微かにコーヒーの香りが鼻を擽る。神さまは、コーヒーなんだ。見たところブラックだろうか。大人だな、とぼんやり思いながら私はメニューに可愛らしいレタリングで綴られた甘いココアを頼んだ。
こうして神さまと二人、向い合わせでお茶をするのは初めてである。まさか、あの神さまと。写真に納めてはきゃあきゃあ言っていた中学の頃の私が見たら、驚くだろう。おかしくて、思わず口元が緩む。

「……どうかしたのか?」
「いえ、なんでも」

手をつけていなかったココアを一口飲む。喉にじわりとチョコレートの甘さが広がる。前に無理をしてコーヒーを飲んだことがあるが、私の口には合わなかった。眉間に皺を寄せて誰が見ても不味いと分かるような顔をすると、でこぴんされた覚えもある。それが誰なのかは、もう見当もつかないけれど。
ふと視線を上げると、神さまは何故か自分の子を見るような目で微笑んでいた。優しい、笑顔だ。もしかして、唇の端にチョコレートがついてしまったんだろうか。慌てて拭う。でも、ナフキンに汚れはない。じゃあ神さまは、何を見て笑っているんだろう。

「……あの、神さま?」
「あ、いや、ごめん」

上がる口角を手で上品隠す。女の子みたい。こほん、と小さく咳払いして、改めて神さまは私の目を見た。こうして神さまと目が合っても、真っ赤にならなくなったのも、「山菜がこうして敬語ばかり使うようになったのは、南沢さんと付き合うようになってからだよな」ぴたり、時が止まったような気がした。私はいま神さまとお話をしているのに、目の前にはお行儀悪く肘をついて、コーヒーを啜る彼の姿がある。いるはずのない、彼の姿がある。

「ごめんなさい、神さま」

思い返せば、何をしている時も彼との日々が記憶を掠める。どうして別れたのか、どうして私はただの山菜茜になってしまったのか。それさえも分からず、彼は去っていった。南沢先輩の彼女の山菜茜。そんな響きに酔い浸っていた。憶えていないなんて、全くの嘘だ。全部全部、私の記憶に彼の姿ははっきり映っている。霞む事なんてない。私は、彼が、好きなんだ。

「ごめんなさい」

唇が、まともに動いてくれない。ぐにゃぐにゃに歪んだ視界にもうすっかり冷めてしまったココアが入り込んだ。




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