声と心臓


気が付く頃にはもう遅かった。俺の唇から好き、という重い二文字が溢れていたのだ。びゅうと吹く風が木々と髪を揺らす。焦げ茶色のふわふわした毛の束は抵抗もしない。口を小さく開けて瞬きを数回。まさに驚いているに違いない反応を見せる神童に、戸惑いを隠せなかった。神童は、わかってるのだ。俺の告げた言葉の意味を。友達としてじゃない、そういう意味を。

同性、だということはしっかり理解していた。それでも生まれてしまったこの感情を、何と呼べばいいんだろうか。こんなもの抱いたって、神童に迷惑をかけている事には変わりない。我ながら最低だと思う。最低、分かり切った事なのに。「俺も、霧野のこと、好きだ」返事を聞いた瞬間、大きな罪を犯したような気分になり、気付かないふりをして笑いかける神童に心が痛んだ。ナイフで突き立てられたように心臓は息を止める。足下からガラガラと崩れ深海へ落ちた。露点温度を超えたそこはひどく冷たく、手を伸ばしても大気に届くことはない。もう霧になれやしないのだ。

「神童、俺は」

言いかけた言葉が喉の奥でつっかえる。泣きそうな俺の姿を見てぐにゃりと茶色の瞳が潤んだ。神童は、俺のために泣く。
どうしようもない衝動に駆られ、逞しいとは言い切れない腕に掴みかかり自分の体重と力を頼りに地面に押し倒す。どん、と鈍い音がして、心臓を掴まれたような緊張が走った。驚いただろうか、痛かったろうか、頭とか打ってないかな。もし、もし打ち所が悪かったら俺はこんな汚い欲で神童を一生困らす事になる。いや、悪くなくてもこうして幼なじみに欲情されて押し倒された事自体、神童にとっては一生引き摺る出来事だと、思う。感じたのも、動いたのも、全部。本当は大切で大切で、どうしようもない程愛しいのに。神童に傷をつけ始めたのは俺からだ。

「……霧野」

それでも唖然とする程優しい声をかけるお前は、この世で一番美しい人間なんだと理性が小さく疼く。


俺はお前の、傍にいたいと、つっかえた言葉が霧となって霞んだ。
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