out of the gravity | ナノ



「宇宙に行きたい」
濃藍色の海の中で、きらきら光る星を見ていたら我知らず呟いていた。シンさまが不思議そうな目でこちらを見る。きっとシンさまもこの夜空を見ればそう思うはず。それほど綺麗な、今夜。
「俺も行きたい」
柄にもなくシンさまは言った。目線の先は大きなグランドピアノ。黒がつやりと光ってまるで買ったばかりの新品のようで、どれほど大切にしているかよく分かった。真っ白な鍵盤が沈む。柔らかな音色が一つ、二人きりの寂しい部屋に響いた。
シンさま、なんだか変だ。上の空で手元が覚束無い。筋肉のしっかりついた両足は棒のように突っ立っているだけて、息をしてない。ほんの少し、ぴくりと動くだけ。このままピアノをぽつりぽつり弾きながら、夜に溶けてしまいそうだと思った頃には、シンさまの指先は鍵盤から離れていた。
「行けるわけないよな」
自分を嘲笑うような掠れた声が、ナイフとなって容赦なく胸を抉る。同情でもなんでもない、ただ悲しいだけで言い表せるような思いでもない、黒い沼に沈んでしまったようなシンさまの表情を見た刹那、救いたいって感じたの。
「……行こう」
気が付けば私は、何かに囚われたみたいに、機械的に動いていた。
「おい、山菜」珍しく慌てた声色を聞こえないふりして、右手を握った。死んでるみたいに冷たくって、あのピアノを奏でるシンさまの手じゃないみたいだった。思わずぞくりとしたけれど、唇を噛み締めて顔に出さないようにした。ばたばたと忙しく階段をかけ上がるのは、あまり運動をしない私にとってただの自殺行為だ。しかしそんなこと、今の私にはどうでもいいこと。とにかくシンさまを地上より高い所へ連れていきたい思いで、頭はパンパン。このまま屋上にかけ上がって、宇宙に飛び込めたらどんなにいいことか、重力のない世界で、シンさまの抱える悩みも辛い気持ちも全部軽くしてあげたい。

「シンさま、あのね」
私はあなたの為に、何の役に立つことも出来ないかもしれない、だけどあなたの周りに取り付く泥を出来るだけ優しく全部払い落としてあげたい。あなたを救い出したいなんて、私のエゴイズムだけど。この繋いだ左手から私の想いが伝わりますように。だからそれまで、私の左手を握っていてくれませんか。
「私…」
錆び付いた扉を開けて、無限に広がる夜空の下で二人きり。宇宙船なんてまだまだ先だけど、いつかきっと、私の想いが届いた時、あなたを悲しませることのない重力の外へ行きたいのです。

song by 初音ミク
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