秋と冬花 | ナノ





「もしも、そうだったら」それがあの子の口癖だった。何かを想う時の横顔は夢に満ちていて同い年とは思えないくらい、綺麗。長い睫毛が震えて、桃色の小さな唇が柔らかに弧を描く。初めて会った頃から感じていた事だが、冬花さんはとても美人だ。時々うらやましくも思う。私もそんな綺麗な人になれたら、どんなにいいことだろう。
「私、秋さんがうらやましいです」
昼食を食べ終えた後、私と冬花さんの二人で台所にて食器を洗っていると、まるで一人言のように冬花さんは言葉を漏らした。
あまりに唐突だから思わず聞き返すと、「もしも、私が秋さんだったら」とお決まりの口癖と共に声が返ってくる。
カチャカチャと小さく鳴る皿の音が止む。だけど水は出しっぱなし。忙しく動いていた冬花さんの手が止まった。私の手も自然と止まった。泡がついていて水で流したかったけれど、今は冬花さんの話を聞かなきゃいけない。本能的にそう思った。
「毎日が、楽しいと思うんです」
「そんなことないよ、冬花さんは冬花さんのままの方が、きっと楽しいもの」
「そんなことないです」
珍しく強い声色で否定されて、息を飲む。同時に、どうしてそこまで、という疑問が芽生えた。
藍色の瞳に捕らえられて身動きが出来ない。瞬きすることさえ出来ない、張りつめた空気だ。
きゅっと閉じられた小さな唇がゆっくり動く。
「だって、守くんは、秋さんのことが」
ぱくぱくと冬花さんのそれが動く度、眉は下がり、瞳が潤んで泣き出してしまいそうな表情になってゆく。このまま泣かれたら困る。そう思う前に、食堂の扉が勢いよく音をたてて開いた。慌ててそちらに目をやると、春奈さんがスポーツドリンクを換えに来たらしい。私達を見て「何かあったんですか?」と心配そうに聞いてきてから、やっと私は我に帰ることができた。そうだ、私達、何してるんだろう。
「なんでもないです。秋さん、さっきことは忘れてください」
冬花さんは無理矢理笑ってその場を濁す。そっと指を目尻に当てて涙を拭う姿に、本当に円堂くんが好きなんだ。なんて悟ってしまい今度は私が泣きたくなる。
私になっちゃ駄目だよ、冬花さん。だって、だって、円堂くんが好きな人は。



もしも、私が冬花さんだったら。
目尻に浮かんだこの涙も、ああやって拭わなきゃいけないのかな。見よう見まねでやってみても、上手く出来ないし、綺麗にも見えそうにない。何をやってもあなたになれない。
悔しくて私は一人きりになった後、台所の隅で、馬鹿みたいに泣いた。



Esperanza
song by西野カナ


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