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※事後

湿った空気の中、朝を迎える。チカチカと白黒する視界に何も入れたくなかった。先程から焦点が合わず、ぼやけるからだ。まるで水中。暑い夏、彼方此方で鳴く蝉の声を聞きながら、綺麗とは言い切れないプールに飛び込んだ日がふと頭に過った。そうだ、あの日はゴーグルを忘れたんだ。誰かから借りれば良かったものの、何かが邪魔して声をかける事が出来なかった。あの感情は、もう覚えていない。とにかく残っているのは歪んだ視界と、からから笑う浜野の声。
何度か瞼を擦って、漸く見えるようになった。一番に軸を捕らえたのは、見慣れない照明。そこでやっと俺は思い出した。此処はあの人の部屋だと。我ながら驚いた事は、この事にすぐ気付けなかったこと。もうこの部屋の匂いに、すっかり慣れてしまったのか。それはちょっと、気恥ずかしいような。あの夏に抱いたものと、何処かしら似ていた。
ふと、喪失感に駆られる。「み、なみさわさん」不意に名前を呼んでみたが、返事がない。夜は隣に、一番近くにいた筈なのに。触れ合っていた体全てが、一気に冷える。あれ程熱を帯びていたのに、夢だったんだろうか。あの時、あの瞬間、たった二人きりの世界にいたような気がした、夢。あの一夜をそんな一文字の言葉で終わらせたくない。いつだってフラフラと姿を晦ませる、気がつく頃には傍にいない。身勝手な人だ。でも、それでも一緒にいたいと思う気持ちは、俺の身勝手なんだろう。上半身だけ起き上がると隣にある膨らみに気付いた。あ、と思う前に強く腕を引かれる。行き着いた先は、再びシーツの海。違うのは、あの人の腕がある、ということ。「お、おはようございます」「……おはよう」起きてたんですね、ていうかいたんですね。二人で迎えた初めての朝、交わした会話は、拍子抜けするほど日常的だった。もっとこう、特別なものかと思っていた。意外だ。「寝るぞ」「え、俺シャワー浴びたいんすけど」「いいから」本当、身勝手な人。でも、まあ、居心地がいいからいいや。瞼を閉じると南沢さんの息が、首を掠めた。


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