■ そんな君も魅力的

「松川くん、おはよう」

「おはよう」


無表情で少し眠そうな顔を下に向けて、少し笑みを浮かべて挨拶を返してくれる松川くん。わたしは彼に恋をしている。きっかけらしいきっかけは無く、ただ部活に一生懸命な姿とか、席が近かったからよく視界に入ってきたとか、そんなささいな日常の中でどうも彼に恋をしてしまったらしい。
彼はバレー部で、しかも県内でも上位を争う強豪である。及川くんという大人気スーパーアイドルみたいな人が居るからあんまり目立ってモテるイメージはないが、それでも松川くんに想いを寄せる女の子はたくさんいる。わたしは仲の良い友人二人にしかこのことを伝えていないため、ときたまわたしの前で松川くんの素敵なところを言い合う子を見かけるのだが、やっぱり嫉妬というのだろうか、異様な独占欲が溢れ出るときがある。しかしよくよく考えてみれば、わたしと松川くんは付き合っているわけでもないし、挨拶をして授業中にちょっと話すくらいの友人だ。友人の中でもわりと下の方だろう。


「どうすればいいと思う?」

「告白すれば?」

「相談乗るつもりないでしょ!」

「うん。むしろ恋に振り回されてる姿を見て面白がってる」


友人その1はニヤリと笑ってそう言った。高校に入ってから数人「いいな」と思う人はいたものの、気付いたときには彼女が出来ていた。今回も、松川くんもそうなるのかと思いきや、好きになってから数ヶ月経った今も彼はフリーのまま。部活が忙しいから断っているのだろうか。じゃあ結局告白しても振られる、よね…。


「だってさ、どっちかが動かなきゃ距離なんて縮まらないじゃん。ライン分かるでしょ?なんか送ってみたら?勉強わかんない、みたいな」

「つ、追加するの緊張する…!」

「はあ!?なまえ、追加もしてなかったの!?好きな人のライン分かってるのに!?」

「ぎゃー!声大きい!追加したら向こうにバレるじゃん!気があるの分かりやすすぎじゃん!」

「なまえも声大きいけどね!」

「…とりあえず、追加は、する」

「よく言った!いまやれ!」

「えっ、今!?」

「目の前でやって。絶対家帰ったらビビって追加ボタン押せなくなるよ」


ぐっ、と言葉につまる。正直、わたしもその姿がやすやすと想像できるのだ。しぶしぶクラスのラインから松川くんを探し出す。


「お、押すよ…?」

「どーぞ。さっさと押しちゃえ」

「うっ、えい!」


追加のボタンを押し、ふう、と息を吐く。わりと大きい声で喋ってたけど、彼の名前は出してないから平気だろう。っていうか、こうやって恋愛トークしてる女子を少し羨んでいたから、こんなにも楽しいものなのか!とちょっと満足している。


「あ、チャイム鳴りそう。ほんじゃね」

「う、うん。またね」


友人がそう言って席を立つと、松川くんが寄ってきた。寄ってきたっていうか、隣の席なんだけど。友人が座っていた席は松川くんのものだったのだが、毎朝こんな感じでお喋りしているから貸してくれるようになったのだ。まあ、彼は朝練があるからホームルーム始まるまでに教室にいる時間はとても短いから用がないのかもしれない。


「誰なの?」

「え?」

「好きなヤツいるんでしょ?」


聞こえたよ、と悪そうに笑う松川くんを見て、さっきの友人の顔を思い出した。ひえっ、と恐怖にも似た感情が胸を覆う。でも、それよりも焦りとか羞恥心とか、いろいろないまぜになって、顔が燃えるように熱くなったのが分かった。
…っていうか、どこまで聞いていたんだろう。もし全部聞いてて、松川くんがラインを開いてしまったら通知でバレるんじゃないか…?てかこれはバレてるのか…?とそっと様子を窺うと、ずっとこっちを見ていたようで目があってしまった。驚いてバッと目を背けると、くすくすと笑い声が聞こえたので余計に恥ずかしい。


「何部?運動部?」

「え、あ、うん」

「へー、じゃあやっぱ及川とか?」

「え、いや違う、ます」

「じゃあバレー部?」

「こ、これ以上は喋りません!」


誘導尋問ダメ!と告げると、またニヤリと笑う松川くん。こ、この人、意外と恋バナ好きなのか…!?意外な一面である。可愛らしい。


「じゃあ室内か外かオシエテ。どっち?」

「…室内デス」

「んじゃあバスケ?」

「い、言わないってば!」


引っ掛からなかったかー、と笑う松川くんは相当悪い顔をしていた。でもそんな顔も魅力的なんだから質が悪い。よく少女漫画でもこういう男の子いるけど、だいたいその子ってヒロインのことが好きで…。いいなあ、わたしもヒロインになりたいなあ。


「え、なんで急に落ち込んでるの?」

「いや…、頑張らないとなあって思って…。松川くんは好きな人いるの?」


話の流れとして聞いてしまったが、ここでいるって言われたらどうすればいいんだろう。


「居るよ」

「えっ!バレーが恋人じゃないのか…」

「何それ、どこの漫画だよ」


彼があまりにも戸惑いなくそう告げるものだから、わたしも反射的にバカみたいな返答をしてしまった。ボールが友達並みのアホさである。それでも内心は落胆してるし絶望の淵に立った気分。とりあえず違和感のないように会話を続けようといつも通りを装って話し続ける。


「その子、誰?わたしも知ってる?てか青城?」

「青城。知ってるよ、だってみょうじさんだし」

「え、わたしそんなに友達いないよ」

「は?いや、だから俺が好きなのはみょうじさんだって」

「え?…???」

「ブハッ!その顔めっちゃ好きだわ、何も分かってないデショ!」

「ちょ、冗談!?」

「冗談じゃないよ。本気。ま、それはホームルーム終わってからまた話そ。センセー来そうだし」

「…えっ!?」


松川くんがしてやったり、といわんばかりの顔でこちらを見て笑う。わたしは真っ赤な顔を隠すために必死に机に伏せた。おかげで先生には気分が悪いのか?と聞かれるし、顔が赤いから熱あるのか?と追い討ちをかけられるし、隣の松川くんはそれを聞いてずっと笑っていた。
そんな意地悪なところもかっこいいんだから、松川くんはずるい。

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