■ アンラッキー!
千石清純くんは女の子にとても優しい。どんな容姿でもどんな性格でも女の子であれば誰にでも笑顔で接している。勿論、それを嫌がる女子もいるけれど、誰にでも平等で容姿を気にしない男子がいるだなんて、少し驚きではないか。中学生でこれだ、彼女なんてとっかえひっかえだろう。お付き合い経験が豊富で、わたしなんかと比べるのも笑ってしまうんだろうなあ。
「あっ、俺と隣だね、みょうじちゃん!よろしく!俺のことはキヨって呼んでくれていいよ、よければ君のことも名前で呼んでいいかな?」
「あ、どうぞ…」
ニコニコと終始笑顔を向けてくる彼に思わず苦笑が漏れる。名前で呼ばれて嬉しくない訳はない。だって彼もイケメンだし、なんていうか、友好的で好感を持ってるし。テニス部で全国で通用する実力の持ち主っていうのも有名だ。
しかし、何で隣の席になっちゃうかなあ…。
「なまえちゃんとはあんまり話したことないよね?」
「そうだね。っていうか、わたしあんまり男子と話さないからなあ」
「そうなの?仲良い男子とかは?」
「んー、一つ下の学年に幼馴染みがいるかな。あ、テニス部だから千石も知ってるか。十次が仲良いかな」
「えっ、そうなの!?室町と幼馴染みなんだ〜、意外な接点だね」
「やっぱり知ってるんだ、十次ってテニスうまいの?」
「うん、二年生では一番うまいよ。次期部長候補だしね」
「えっ、そうなの!?なんか嬉しいなあ」
十次の話で思った以上に盛り上がり、しかも千石くんが合間合間に場を繋げるような面白いことを言ってくれるからさらに話は弾んだ。休み時間になると、テニス部の話をしたり、マジックをしてくれたり、占いの善し悪しを語ったり。千石くんって、思っていたよりもずっと話しやすい。
そんな日々が続いた今日、千石は朝から落ち込んでいた。
「はあ…」
「なに、どうしたの?」
「聞いてよなまえちゃ〜ん!今日の俺の運勢絶不調だったんだよ〜!どのチャンネルみても俺最下位で、血液型占いも誕生日占いも星座占いも、なんなら占いクイズだって全部外れ!どこも恋愛運勢に難ありって…!こんなことある!?」
「あっ、はい。分かりました」
「冷たい!冷たいよ!隣でこんなに落ち込んでいるのに!」
「そんなに気にするなら家で寝て過ごせば良かったじゃん」
「そしたらなまえちゃんに会えないでしょ!」
「うわ、そういうのさらっと言っちゃう」
「本当に思ってるんだからいいじゃん!占いで「異性と話すと運気アップ」って言ってたから、家出なきゃなんなかったし」
ここで「お母さんがいるでしょ」と反論してもよかったのだが、千石が本気でブルーになっているので言わないでおいた。なんだってこんな占いひとつでここまで落ち込めるのか。いや、ひとつどころか二つ三つ見たっぽいけど。それにしてもそこまで占いで最下位出るのも珍しいなあ。
そんな風に呑気に考えていたら、千石が見事に不幸にぶち当たっていた。まず、一時間目から得意の数学で計算ミス。しかも先生に当てられた問題だけミスっていたようで、相当ショックを受けていた。そして二時間目の休み時間。なんか怖そうな男子から呼び出されて廊下に出たら、何故かひたすら怒られていた。理由を聞けば、「地味ーズのせい」らしい。ちなみによく見たら怒っていたのは亜久津くんだった。こええ。そしてお昼休みにはお弁当を忘れていたことに気付いて落ち込み、午後は教科書を忘れていて隣のわたしが貸してあげた。放課後になってようやく解放されるかと思えば、先生に呼び出されて雑用。彼の占いの信心深さが表れている気がした。なるほど確かに最悪な一日なのかもしれない。
「終わったの?」
「あれ、なまえちゃん。何でまだ残ってんの?」
「進路相談待ち。時間になるまで教室待機なの。…ほんとに厄日だったみたいだね」
「ほんとだよ!見てた?なんで今日に限って全部重なるかなあ、アンラッキーだよ」
「普段がラッキーすぎるってのもあるけどね。今日は誰か待たせてないの?」
「うん?」
「女の子。いっつも一緒に帰ってなかったっけ?」
「あー、それはもう止めてほしいって言ってきたんだ」
「…え!?どうしたの千石!アイデンティティの崩壊だよ!?」
「ひ、ひどいなあ…、確かに女の子好きだったのは認めるけど、改心したの!今は一途!」
「そ、そうなんだ…?」
うん、と微笑む千石には違和感を覚える。席替えで隣になる前から、千石は女の子大好きでチャラチャラしてて、かつモテモテの奴だったはずなのに。これじゃあただのモテモテになってしまう。あ、テニスがうまいってのもあったな。テニスがうまくてモテモテか。
「ただのイケメンじゃん」
「…え!?俺のこと!?」
「チャラい千石じゃなくなるんだね…、なるほど…」
「なんか俺の印象って結構メチャクチャな奴だったんだね…、はは、アンラッキー…」
「いや、そんなことないよ」
「はは、恋愛運勢最悪な今日だもんなあ…、こんなこと知られてるなんてアンラッキーだけど、誉められたのはラッキーだね!」
「そんなに気にしてたの?」
「そりゃあ気にするよ、…なまえちゃんには気になる相手いないの?」
ガタガタとわたしの隣の席、つまりは千石自身の席に腰を据えた彼。帰るつもりはないのだろうか。まあ、暇が潰せるのはありがたいけれど。
「いないかなー、あ、十次との相性が良かったら面白いよね。話のネタとして」
「そ、それはアンラッキーだなあ…!俺とかどう?」
「え、千石?んー、一途になった千石ならアリなんじゃない?」
「えっ」
「え、あ、ごめん。上から目線だったね」
「い、いや…、ちょっと嬉しかっただけ」
「そうなの?」
少し顔を赤らめてそう言った千石に思わず胸がときめいた。可愛らしい面があるじゃんか。
「でも千石と付き合う子は大変だねえ」
「え?なんで?」
「だってきっと女の子に人気な千石を見て嫉妬するだろうし、千石の性格的にどんな女の子にも優しいでしょ?嫉妬ばっかりしてすぐ別れたくなりそう」
「そ、そんなあ…」
「はは、ごめんごめん。でもそうだな、そこが千石の良いところだよ」
眉をハの字に下げる千石を見て思わずフォローしてしまったが、言ったことは間違ってないだろう。なんだか今日は千石が可愛く見える。
「みょうじさん、面談終わったから向かってくれる?」
「あ、はーい。千石、前の子の進路相談終わったみたいだから行くね?」
「うん、…なまえちゃんは内部進学?」
「そうだよ。だから進路相談って言ってもすぐ終わるんだけどね」
「へえ…、じゃあ俺待ってていい?」
「え?」
「なまえちゃんを嫉妬させないくらい、俺の想いを分かってほしいからね!」
「千石、恋愛運勢悪かったからって気にしなくて大丈夫だって!まあ、待っててくれるなら一緒に帰ろう?」
「ラッキーだけどアンラッキー…、待ってるから早く行っておいで」
にこりと微笑まれて教室を後にする。…千石って何を考えてるのか分かんないなあ。でもちょっと、意外な面が見えたりして惹かれてるなあと感じた。わたしは自分の気持ちには案外素直であるがゆえに今回は苦笑が漏れる。
「大変な奴に惹かれちゃったなあ…、アンラッキー!」
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