■ 幼馴染みのココロ

白石蔵ノ介という男がいる。健康オタクで常に完璧を求める、私の幼馴染みだ。それが最近、なんとなくおかしい。休み時間になった途端、私の机に近付いてきて呼びとめられたから口を開くのを待つものの、仁王立ちしたまま何もしない。そろそろこちらから動こうかと思った時に蔵ノ介は話し出した。なにこのタイミング。


「なあ、なまえ」

「なに」

「…いや、ええわ。それより今日やねんけど、」


そう口を開いたところで、扉を開く音に注意を削がれた私たち。目を向けると、最近委員会つながりで仲良くなった後輩の、財前光くんがいた。クーデレツンデレでかわいい後輩だ。


「失礼しまーす。あ、おった。なまえ先輩、…部長も居ったんすか」

「お、光くん。やっほー」

「…財前」

「ねえ、なまえ先輩。今日なんやけど放課後空いてへん?図書室の当番で蔵書チェックせなあかんねんけど、俺ひとりやと絶対終わらんねん」

「え、ほんまに言ってん?そりゃ終わらんわな。別にええよ、放課後行ったるね」

「おん、お願いしますわ。そういうわけなんで、部長、今日は部活行けへんかもしれないっす」

「…そか。来れたら来るんやで」


なんだか蔵ノ介の顔が暗い。暗いというか、不機嫌だ。光くんは言うことを言って帰っていったが、残された方は気まずい。いやまあ蔵ノ介と私のことだし、気を遣ったりなんてしないけど。


「なんで不機嫌になっとん」

「は?なっとらんけど」

「なっとるやん、自分のその口調に表れてるわ。出来るだけ早よう光くん行かせるようにするし、ちょお待っとれって。次期部長の育成もええけど、それを支える次期レギュラーの育成もちゃんとしいや。完璧目指さなあかんのやろ、周りも見んさいね」

「…おう、せやな。すまん、なんか頭ごっちゃになってたわ」

「ええよ、疲れとんのやろ」


それよりも、もう休み時間終わるけど。そう告げると蔵之介は自席に戻っていった。…あ、蔵ノ介の話聞いてないじゃん。次の時間にでも話しかけよ。


って思っていたのに、次の休み時間、蔵ノ介は居なかった。さっきからタイミング悪いねんてほんま!なんやねん!!蔵ノ介の机をバンっと叩くと、謙也くんが蔵ノ介はどっかに呼ばれて行ったと教えてくれた。どこか分かる?と聞くとあー…としか言わない。なんやねん。


「多分アレや、告白とちゃう?」

「告白ぅ?そんなん普通昼休みやないん?」

「普通っての知らんけど…、まあ珍しいと思うわ。時々居るけどな、目立たんようにこっそり来る子」

「ふうん。…うわ、なんやイラつくねんけど」


もやりとした感情が心を覆う。なんだこれ。白石蔵ノ介腹立つ。一発殴りたい。


「…なんやほんま、似た者同士やんなあ」

「なにが。謙也くんなんか知っとんの」

「や、何でもあらへんけど。それよりも、白石戻ってきよるで」

「ほんま?ちょっと行ってくるわ」


謙也くんにバイバイと手を振って廊下にいる蔵ノ介に近付く。ロッカーから教科書を取り出している様子はいつもと変わらない。ホントに告白受けてきたんか。どんなだけ慣れてんの。


「蔵ノ介、告白されてきたん?」

「あー?なまえか。まあ、そういうことになるんやない?」

「…なんかウザッ」

「せやって、された言うてもされてへん言うてもお前ウザッ、って言うやろ。ぼかしてみるんも手やなあなんて」

「…なあ、蔵ノ介」

「なん?」

「あんた、月になんぼ告白されてん」

「はあ?」


話はしているもののずっとこちらを向かない蔵ノ介。どうやらロッカーの整理が始まったようだ。こっち向けし、と考えながら、するりと口から出てきたのはそんな言葉だった。口から出た後に考えるが、確かに気になる数字ではある。全国大会に行くテニス部の部長となると人気は高そうだ。しかもこの顔。腹立つ。なんでこんなに神様に愛されてんのコイツ。腹立つ!!幼馴染みパワーでなんぼか分けてくれないんかね。


「そんなんいちいち数えてへんわ、当たり前やろ」

「うっわ。私やったら覚えてるけどな絶対」

「…そんなこと言うならなまえこそどうやねん。なんぼや」

「嫌味か。ゼロに決まっとるやろ。そもそもそないホイホイ告白受けるっちゅうんがおかしいねん」


結局、蔵ノ介の告白された回数は分からなかったが、ゼロやと告げたら、せやったらええねんと言われたので腹が立った。良くないやろ!とキレたら、大丈夫や絶対そのうち告白されるからな、と心にもなさそうな言葉を貰った。むっちゃ腹立ったから、蔵ノ介のロッカーの中の教科書を上下逆さまにしてやった。スカッとした。



□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



なまえが財前に頼み事をされた、その次の休み時間。俺は二年の階へ来ていた。もちろん用事は財前にあるので、迷わず二年七組に向かう。財前はひとり、自席と思われるところで本を読んでいた。


「財前、ちょっとええか」

「部長やないっすか。どないしたんすか、わざわざこっちまできて」

「…なまえのことやねんけど」

「なまえ先輩?何かあったんすか?放課後来れへんとか?」


変に緊張が走る。なまえのことならほとんど知っとる俺が、わざわざ財前に聞くようなこともないねんけど、これだけは財前に聞かんとわからへん。廊下に出てきた財前を連れて人があまり寄らない教室前に移動する。


「…」

「…なんや、部長にしては歯切れ悪いっすね。なまえ先輩に何かあったわけとちゃうんすか?」

「…財前、お前、なまえのことどう思っとる?」

「はい?」

「ええから、どう思っとるん?」


恥ずかしさを堪えて財前に聞く。財前のことは財前にしか分からへん。何で最近なまえに懐いとるんかとか、何で名前で呼んどるんかとか。ぶっちゃけ俺には微塵も関係ないこと。そんなんは分かっとるはずやけど、どうしても、今聞かんとあかんと思った。


「どう思ってるって…、ええ先輩やと思っとりますけど」

「俺が言いたいのはそういうのとちゃうねん」

「…はーん。部長、そういうことっすか?なんや、部長もそういうことに興味あったんすね」

「財前、」

「ほんまにええ先輩としか思ってませんよ。話も合うし、初めての女友達みたいな、そんな感じでちょっと特別なだけですわ」

「…そか、悪かったな」

「ま、しゃーないっすわ。でも放課後だけはなまえ先輩のこと貸してくださいね。ほんまに終わらんのんで」


財前と別れ、三年の階へと戻る。勘の鋭いやっちゃな、と思いつつも今日だけはそれに感謝や。本人に言うわけでは無くても、自分の気持ちを外にさらけ出すのは勇気がいる。そう思うと、告白なんてするのは当分先に思えた。
教室に戻ると、謙也となまえが話しているのが見えた。俺の机で話しとるから、何か用事あったんやろか。二人が話しているのを見るんも嫌になって、ロッカーへ向かう。ここに居れば教室に背を向けることになるから二人の姿は見えなくなる。そういえば次の授業なんやっけなあ、と思ったところで手元が陰った。


「蔵ノ介、告白されてきたん?」

「あー?なまえか。まあ、そういうことになるんやない?」


財前のところ行ってたなんて言えるか。そんな思いを胸に、平然と嘘をつく。まあ、時々呼び出されとるから嘘と気付かれへんと思う。


「…なんかウザッ」


心にグサッときた。なんや、さっきまで独占欲でいっぱいだった俺の心は若干荒れた。適当に言い訳をすると、なまえが告白の回数がどうとか言い出した。なんや、ちょっと嬉しい。…けど待てよ。俺が告白されてるっちゅーことは、なまえだって告白されとるんちゃうか?嫌な思考が頭を支配して、思わず口に出していた。


「…そんなこと言うなら、なまえこそどうやねん。なんぼや」

「嫌味か。ゼロに決まっとるやろ。そもそもそないホイホイ告白受けるっちゅうんがおかしいねん」


ほんまか、とホッと思う反面、嘘やろ、となまえを疑う気持ちが生まれる。隣のクラスのバスケ部の誰かがなまえのこと好きらしいとか聞いたことあるねんで。人づてすぎてあんまよう分からんけど。


「大丈夫や、絶対そのうち告白されるからな」

「何の自信やねん腹立つわ!」


馬鹿にされたと勘違いしたなまえが、俺のロッカーを荒らして満足そうに手をたたく。ちゃうねん、そうじゃないねんで、と伝えられたら楽やねんけど、そんなんよう言われへんわ、と愚痴を零す。まあ、夏が始まるまでにはどうにかせんとあかんかもしれん。全国に連れてったる、なんて言うて全力で青春してみたいしな。なんや、頭の中で完璧なストーリーが出来上がってもうた。あー、楽しみが増えてきた。

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