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ガラガラガラガラ…


江戸の街に響き渡るは車輪の音。

車輪…いや、リアカーを引きずるは顔も体も全身黒タイツを纏った着ぐるみ。
そのリアカーに乗るは、黒い衣装を纏ったおっさん。
すれ違う者達は皆、リアカーに目をやる。色々とカオスな状況だったww


「なんか…違くね?」


おっさんは凛々しい表情一つ変えずに言った。

「いや、いいよ
シックなカンジで
やっぱ締まって見えるよ黒は
流石だな瑚町、センス良いわ」

坂田さんは、二人の新しいファッションを気に入ってくれたらしい。

『でしょ?
真選組も飛び血が目立たないように隊服は黒色だし、これでおっさん達も思う存分暴れられるよ!
ブラッディ・クリスマスはこれからだ!』

「「この娘、俺らを何だと思ってんだよ!!」」

おっさんと着ぐるみは綺麗にハモった。

『いやぁ、おっさんの前の服やら着ぐるみの鼻やら真っ赤だったじゃないすか。
だから相当手を赤く染めてたんだなぁと思って。くっそワロタwww』

「俺らを馬鹿にしてるだろそれ!」

「いや、瑚町は馬鹿にしてないぞ。
つまりは"ちょいワル親父"って事を瑚町は言ってんだよプクク…」

坂田さんが上手くフォローに入ってくれたのだが、耐え切れず結局は笑ってしまった。
後ろでおっさんが「笑ってんじゃねぇよ!」とツッコんでいるのは言うまでもない。

「そんで何か勝手に着てっしよ!!」

リアカーの先住民である武蔵っぽい人は、おっさんの真っ赤な服をちゃっかり着ていた。

「ちょっ、マジ帰して下さい!お願いしますよ!」

おっさんがそう言うも、武蔵っぽい先住民はというと…。

「この冬は赤でキメるんじゃああ!!」

と、答えるだけだった。
流石だぜ。

「まぁまぁ、良いじゃないの。
ところで瑚町、ここら辺の区域はどうよ?」

アタシは目を細め、坂田さんが指差すその町を見る。

『ここの区域は基本、貧しい人が多い場所ですね。』

「んじゃあ、ここ区域を攻めるか。
貧しい人を救ってやらんと」

アタシ達はリアカーから降りた。
もし、この区域の今の光景を見たら即警察行きだろうな。
アタシは思わず言いそうになったその言葉を飲み込んだ。

「なんで悪いことをしてるワケでもないのに、こんなにドキドキしなきゃならねーんだ」

横で着ぐるみが何気なく呟いた。

『そのドキドキはきっとアレっすよ。
小学校の時とかよくあったろ?明日の遠足が楽しみでなかなか寝付けない。
それと一緒っすよ。
なかなか寝れずに翌朝寝坊した田代を思い出せ』

「…それと一緒なのか?
そして田代って誰だ」

「あー、そういえば俺のクラスは川島だったな。
で、どいつからプレゼント配ってくんだ?」

坂田さんはどこからともなく名簿を出した。
するとおっさんは質問に対し、さらりと答えた。

「XBOXとか、そーいうの期待してる図々しい奴はナシ。
けん玉とか、そーいう大人の事情を分かってる奴」

『「お前らホントに夢を与える資格あんの?」』

諦め半分で名簿のページをめくっていると

「あ」

突如、坂田さんのページをめくる手が止まった。

「いたぞ、月島百合ちゃん」

確かに可愛らしい女の子の写真に下に"ほしい物:けん玉"と記されていた。

『意外といるもんですね』

「だよな、今時珍し…」

百合チャンのページを完全に開いた瞬間、アタシ達は言葉を失った。


ほしい物:けん玉と優しかった母さん


「……おっ…お母さんはちょっと無理だな」

「死んじゃったのかな、お母さん」

『そうか…そうか…っ』

「ベン!お嬢さん!やめなさい!深入りするのは!」

「ふ…二つも希望があるなんて反則だ。
この子はナシ!」

あえなく没。

「他は?けん玉関係」

ひょこっと名簿を覗き込むおっさん。

『どんだけけん玉にこだわりたいんだ貴方は…』

「アレだよ、けん玉ブームが来ると予見して多めに持ってきたヤマ外れたんだよ…。
去年の韓流ブームは当たったんだけどね」

『アレ、おっさんが流行らしたんか!!』

スゲーなおっさん!!ある意味感心したわ!!

「あ、オイオイ意外にけん玉ブームきてんじゃねーの」

どうやら坂田さんが新しく、けん玉希望の子を見付けたらしい。
だが、完全にページを開けば現実は見えるもので…


ほしい物:けん玉と明日へはばたくための翼


「………俺もほしいよ」

ここの区域の子供はどうなってんだ。

ふと、またけん玉希望のページを見付けた。

「「「『きた!』」」」

アタシ達はとにかくそれに期待した。

けれど、

ほしい物:けん玉
みんなで一緒にやったっけ
…もう戻らないあの夏


「だからけん玉いらねーだろコレェェェ!!」

『物の領域じゃねーだろーが!!』

「つーかコイツら何歳!?」


ドカ バキ ドカ!

衝動的に皆で名簿を踏んだ。

するとアタシ達が騒ぎすぎたために、民家の電気が次々とつき始めた。
住民が起きてしまった。

「ヤベェェ!!でけェ声出し過ぎた!
早く逃げ…」

「あっ…あれ!」

おっさんが逃げる準備をしている中、着ぐるみはある民家に目を向けた。

着ぐるみの見つめる民家には、一人の女の子が窓からキョロキョロと何かを探している。

『…あれは、』

「百合ちゃん!
「けん玉と優しいお母さん」の百合ちゃんだ!!」

一体、何を探しているんだろう…。

『百合ちゃんは、何を…』

「待ってんだよ、あらァ」

坂田さんの言葉に、思わず言葉が詰まった。
それはきっと、アタシだけじゃなく、他の二人もそうだろう。

「クリスマス。
てめーら二人が願いを叶えてくれるって楽しみに待ってんだよあらァ。
死んじまった母ちゃんと並べる位だ。
よっぽどけん玉がほしいんだろ。
何か思い出でもあるのかもしれねェ」

「母ちゃんは無理だが、けん玉なら…」

坂田さんの言葉に返事をしたのは、おっさんだった。
坂田さんは目線をゆっくりとおっさんに変えた。

「……いってやれよ」

「…」

おっさんは再び黙り込むと、着ぐるみと息を合わせ、

「「百合ちゃああん!!」」
二人で百合チャンの方へ走り出した。


良い話だなぁ…とアタシ一人でうるうるしていると、不意に後ろから腕を引かれ、思わず振り向いた。
どうやらアタシの腕を引いたのは坂田さんらしい。
坂田さんと目を合わせると、ニンマリと口元を緩め、「逃げるぞ」とアタシに言った。

『…へ?』

いやいやいやいや待て、待てよ坂田さん。
さっきまでのシリアスはどこに行ったんだい。
そんでもって、逃げる?

『な、逃げるって、坂田さん…どういう…え?…』

「お前、まだ生きてたいだろ?」

しどろもどろになっているアタシの腕を未だに掴んでいる坂田さんは、そのままアタシをリアカーのところまで連れてった。


その時だった。

「「優しいお母さんに戻ってェェェ!!」」

ドォォォン


アタシ達の背後からおっさんと着ぐるみの絶叫と爆発音が聞こえた。

『…こういう事っすか』

「命拾いしただろ?」

そう言って坂田さんは軽く笑った。

背後でどうなったのかは察していただきたい。