ゴミ箱 | ナノ


赦罪


 
やまなし、いみなし、おちなしのお話
別ジャンルの作品の小説を手直ししたもの


ぐっと手に力をかければ指先から伝わるどくどくと響く脈拍がより鮮明に感じられた。それと同時に口から漏れる微かな息遣いが脳を突き抜ける。はくはくと空気中の酸素を求めて口を開閉させる姿は狭い水槽の中で飼育された魚が酸素を求めて呼吸しているかのようで、あまりに情けない姿だった。
胸を上下させ、青ざめていく顔をただ眺める。いつも活発で、天真爛漫で明るい笑顔を浮かべるのに、ただ首を絞められただけでこんなに衰弱するのだから人間という生き物がどれだけ弱く、脆いものかというのを再認識させられる。結局人間も何もその他の生物と何ら変わらない生き物に過ぎない。死は平等に与えられそれを拒むことは出来などしない。永遠はこの世に存在せず、始まりあるものには終わりが訪れる。だから、最後はこの手で終わりにしたかった。

すべてをこの手で。


あまりに苦しそうな息を漏らすので可哀想に思い、手に込めた力を緩める。するとそれに合わせて大きく呼吸を始める身体。たった少しの力加減でこの男の生死が決まる。俺の匙加減次第で生きるも死ぬもコントロールしているのだ。
あは、あははは!
思わず笑いが込み上げてきた。今、たった一人の男の神になった、生きるか死ぬかを決める権利を持っただけの神に。そんなくだらないただの出鱈目な行為がどうして俺を昂揚させるのだろう。こんなことで神になったとしても何も変わりはしないのに。


『俺は、元の世界に帰らなきゃいけない。だから幸村くんとはお別れだね』

そんなこと最初から答えはわかっていた。お前は嘘をつかないから。
大真面目な顔で異世界から来たなんて本当は嘘なんだって、俺を騙して揶揄ってるんだ。そんな考えがよぎってしまった。終わりは無いとそう信じていたかった。でも、現実はもちろん非情で俺に避けようのない一つの答えを突きつける。
だからはなからこの行為に意味など無い。無価値で無駄で不毛なこの行為は何も生み出さない。ただの憂さ晴らしにもならない。虚しさだけが残って、ただ互いを苦しめ合うだけ。それでもこうでもしなければ俺はお前のように全てを終わらせる事ができないから。
嫌われて終わらせる。全てを無にして、何もかも無くなるように俺の手で全てを終わらせてしまいたかった。そうしたかった。それなのに
 
「っ……くる、しい……の?」

そう言って手を伸ばし優しく頬を撫でるお前は、どうしてそんなに優しい顔をするのか。いっそ人殺しだと罵り、叱って非難すればよかったのに。どうして。
 
「大、丈夫、大丈夫……だか、ら」
首に残された俺の罪を赦すように、流れ出して止まらないこの涙を掬う名前のその温かさが、今はどうしようもなく痛かった。



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