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▼ 春と君



春も麗、過ごしやすい気温になってきた。ついつい授業中には春の風と暖かさに誘われてゆっくり瞬きを始めてしまう。しばらくすれば無意識のうちに顔は机に導かれるかの様に張り付いていく。その頬から伝わる冷たさがこれまた心地良くて、また一歩、一歩、と夢の世界へ旅立ち始める。

校庭から聞こえる生徒の声、先生の声、誰かが歌う声でさえ今ではただの子守歌に過ぎなくて、起きようという自分の意思はあまりにも呆気なく崩れ去っていった。
あと一歩で、と言うところでふと身体が揺らされる感覚を味わった。「苗字クン、苗字クン。そろそろ当てられてるで」そう細々と耳元で囁く声の正体は俺の後ろの席の白石くん。ぽいっと机に投げ入れられた丁寧に折り畳まれた紙には答えが丁寧な文字で書かれていて思わず感心した。っと、そんな事を考えている間に先生は白石くんの言う通り俺に当ててきたのでありがたく紙の内容そのまま読み上げれば、はい、そうですね。では〜…と授業は何事も無く続いていく。

あと少しというところで爆睡を始めようとした身体はいつの間にか覚醒していて、ほんの少しの眠気も感じなかった。
あんなに暖かかった春の日差しも風も今では夏の兆しを感じ、また1年がただただ過ぎていってしまうのだ。とこれから先の未来を勝手に推し量っては虚な気持ちになって行く。
はやくこの授業も終わってしまえば。そう思いながら紙をくしゃくしゃと無造作にポケットに押し込んだ。





「あっ、」
帰り際、ふと思い出したかの様に今すぐ家に帰ろうと進めていた足を止める。そういえばまだお礼をしていないじゃないか。
自分で言うのもなんだが俺は礼儀は大切にするタイプの人間でこういう些細な事であってもお礼をするのがマナーと思っている。まあ、でもしない時もあったりするけど…


下駄箱に靴を脱ぎ捨て上履きも履かず靴下のまま廊下を走り抜ければ先生に怒られたが、本日2度目の教室を覗く。席を見ても白石くんの荷物も無ければ本人の姿も見えなかったので明日、菓子でも持っていってお礼するか。と呑気に何が好きなのかなんて考えながらもう一度靴を履き直し家に帰った。あ、ていうか授業終わりにお礼すれば良かったじゃん。なんて今更な事を思い出して。



次の日、俺の机の周り…いや、正確には白石くんの席だけど。今日は一段と人が集まっていて、教室に留まらずよく見れば廊下でうろうろしている子もいる。
えっ、今日ってなんの日…?白石くんってもしかして信仰されてる何らかの神…?なんて教室を覗きながら考えていれば後ろから
「おはようさん、名前クン。ちなみに俺は別に神って崇められてる訳やないで。」と笑いながら話しかけてきてくれた。自分の独り言を聞かれていたのが妙に恥ずかしい。
「じゃあなんで…?」と口を開こうとすれば


「あ!あの…お誕生日おめでとうございます!」と次々女子が滝の如く流れ込んでくる。あまりの迫力にも驚いたが今日白石くんが誕生日である事に一番驚いた。

ぽかんと突っ立ていれば流されていつの間にか教室の中へ。
確かにそういえば去年も女子がいっぱい集まってた日が数回あった記憶があるが、まさか白石くんだったのかと長年の謎を思わぬところで解いた。

確かにかっこいいし、イケメンだし、綺麗だし……ん?あ、あと優しいもんな…。

そうこうしているといつの間にかチャイムは鳴り集まっていた女子はそれぞれのクラスへ帰っていく。揉みくちゃにされていたであろう白石くんは少し顔に疲労の色を見せつつもやはり平静を装っているというかいつも通りの様子で帰ってきた。

ぐるっと後ろを向きどうだった?とありきたりな質問をすれば「あはは、ちょっと疲れたわ」なんて言って席に座る。「やっぱりモテるん?だってかっこいいもんなぁ…」

「まあ、モテる方ではあるな、いつもこうやって祝ってくれるんのもありがたいんやけど、いつもこんな感じやからちょっと疲れるんよね」


ああ、これがイケメンか。
「いや、でも白石みたいな男前やったら俺でも惚れそうやわ」なんて冗談交じりで話せば…



って、え?






いや、どうして顔を赤らめるんですか、白石くん。

「な、苗字くんは、祝ってくれへんの?」と見つめられれば最後。
「あ、ぇ、お…おめでとう!」と慌てて昨日のお礼として渡そうとしたお菓子を机に置き前を向く。
ふふっと笑う声も聞こえない様ふてぶてしく顔を腕に埋めて寝たフリをする。
来年は絶対祝ってやらない。そう誓いながら。

それ以来後ろからちょっかいかけられることになるとも知らないで。




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