シズちゃんとの喧嘩は好きだ。
お互いに通じ合えている気がするし、たまにシズちゃんの本音も聞けたりする。何より、彼の瞳に俺しか映っていないことが嬉しいから。


「おい手前…何でさっきあんな不機嫌だったんだよ」
「はぁ? 俺がいつ不機嫌だったって? 俺はただ、シズちゃんが体育ごときで馬鹿みたいにはしゃいじゃってるのに呆れてただけなんだけど」
「嘘ついてんじゃねえよ。明らかに怒ってたじゃねぇか」
「だから怒ってないって、いい加減しつこい。目障り、失せろ、死ね」
「てんめぇ……」


でも今日の喧嘩はキライ。だって今日のシズちゃんは嫌いだから。シズちゃんが嫌いな俺自身も嫌いで、全部大嫌い。…なんて、本当は彼のことが好きで好きでたまらないくせに、素直になれない天邪鬼な自分が嫌いなだけ。
こんな時、素直に気持ちが言えたらいいのにって思う。シズちゃんが女子に騒がれてるのが嫌だったんだって、それが無性に苛立ったんだって、言葉にできたらきっと苦労しない。でもそんなのは結局理想で、ただの願望でしかなかった。
シズちゃんがまた俺に言及してきて、それが煩くて仕方ない。



「嫌い」



自分の意思とは正反対に溢れ出した言葉を、止めることは出来なかった。


「ああ゛? 手前今なんて、」
「シズちゃんなんか大っ嫌いって言ったの。煩いし、いちいちしつこいし…もううざい。どっか行ってくんないかなぁ。今は君の事、一秒でも早く忘れたいんだよね」


だから早くどっか行って。
我ながら酷い事を言ったと思う。言った瞬間に後悔したけれどそんなのは遅すぎて、傷ついたような表情のシズちゃんだけがやけに目に焼きついた。数秒の沈黙の後そうかよ、と低く呟いてシズちゃんは教室を出て行った。その背中が小さく見えたことも、彼がSHLになっても帰ってこなかったことも、全部俺のせいだって分かっていたけれど。俺はそれにわざと気づかないフリをして、何でもないように外を眺めてた。

何でもない、なんて、あるわけないのに。







* * *





それから土曜日になってもずっと、俺はシズちゃんを避け続けた。理由なんて言うまでもない、それにシズちゃんの方も、何だか気まずそうだったから。
それでもたまにこちらを伺うように見たり、話しかけたそうにする時はあった。そんな時はわざとドタチンの所に行って、わざと知らないフリして笑って話した。ドタチンの事は人間の中でも特に好きだったから、その笑顔に嘘なんてない。罪悪感なんて、感じたりしない。

 そんなふうにシズちゃんを避け続けて4日。土曜日までずっと、俺たちは何も話すことなくバラバラに日々を過ごした。







「どうしよう……」


そして日曜日、である。彼との約束の日、時間はお昼頃に行くと言ってあった。けれど……


「行けるわけ、ない」


そもそも行く資格なんてない。もぞもぞと布団から出ようとしない俺に、階下から「イザ兄ー! 早く起きろぉー!」というなんとも騒々しい妹の声が届いた。どうやら今日この家に、俺の休める場所はないらしい。シズちゃんが家まで来る可能性も考慮して、俺は外出することに決めた。







「って、言ってもなぁ……どうしよう」


どこに行こう。現在時刻は1時15分。場所、池袋。ため息と共に吐き出された小さな声は、煩すぎる周りの喧騒に飲み込まれて消えた。さすが休日とだけあって、人の出入りは半端無く多い。これなら偶然会いにでもしない限りシズちゃんには見つからないだろう。


(…そもそも探してるかどうかも分かんないし)


見つかりたくないと思っている気持ちと同じくらい、探してくれていて欲しいという気持ちがあって、そんな自分に盛大な舌打ちを贈ってやった。
兎に角、今は場所を移動したい。何だかんだあっても学生には貴重な休日である、ここまで来たのだから折角の休日を謳歌したかった。


(どこ行こうかな…、ビルの屋上とか、高い所が―――…)

「ねえねえ君! そこの黒髪の子!!」
「………は?」
「そうそう、君だよ君! ねえ、今一人? 暇なの? だったらさぁ、俺とデートしようよ」


早速移動しようと足を動かした矢先、非常に面倒な奴に絡まれた。
俺はどうやら人より少しばかり顔がいいらしく、こうやって街中で声をかけられる事も少なくない。それでもシズちゃんと付き合い始めてからは彼がいい虫除けスプレーになったらしく殆ど寄って来なかったから、こうやって声をかけられるのは随分と久しぶりのことだった。
金髪で、耳と口にはカラフルなピアス。そして胸元が大きく開いた服を着ているそいつは、見るからにチャラそうだけど顔はそんなに悪くはない。金髪と活発そうな目元だけがやけにシズちゃんに似ていた。


(顔の上半分だけ見ればシズちゃんっぽいかも……って、何考えてんだよ。馬鹿か)

「沈黙は肯定と取ってもいいんだよね。あ、そうだ、どうせならこのまま婚姻届出しちゃう? 電撃結婚しちゃう? 君との初めてのデートが市役所でしたーとかって、中々にロマンティックだと思わない?」
「あのさ、悪いけど俺暇じゃないか――――…ぅ、わあ!?」


どちらにしてもこいつに興味なんてない。そう思って断りの言葉を言おうとした瞬間、誰かに思い切り腕を引かれた。誰か、なんて掴まれてる腕の痛みを考えると思い浮かぶのは一人しかいないわけだけど。
 そいつ――シズちゃんは、俺の腕を引いたまま人の波に逆らって歩く。そのせいで俺がいろんな人の肩にぶつかって軽く呻いてるっていうのに、こいつにとってそんな事はまったく些事な事に過ぎないらしい。後ろでさっきの奴が何か叫んでいたけれど、それすらも人込みに飲まれ、やがて聞こえなくなった。
後に残ったのは持続する腕の痛みと、嫌な予感。腕の痛み以前に彼のオーラが、彼が怒っている事を如実に示していた。

どこに向かうかなんて聞かなくても分かる。この方角だと多分……


(…シズちゃん家だ)







――――――――――――

ここで一つ謝罪を…。

リクエスト内容では「シズちゃんが浮気していると臨也が勘違い」との事でしたが、こちらの手違いでこのような形で喧嘩をすることになってしまいました……。申し訳ありません。

ラウ様のお気に召さないようでしたら直ちに書き直すので、遠慮なくお伝え下さい^^!


(20111104)
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