「シーズちゃん、ハッピーハロウィン!」


そんな恋人の台詞から始まるハロウィン。10月31日の、他の日よりもほんの少し特別な日に言うだろうその言葉。トリック・オア・トリートでよく知られるその日は、子供が親に菓子をせがみ、友人同士ではそれを交換し合い、恋人同士は甘いキスを交し合う。そんな日だ。
人間大好きならしい俺の恋人は、どうやら人間が好きなイベントも好きらしく(以前本人がそう言っていた)、こうした行事のある日は必ずと言っていいほどに俺の家に来た。池袋最強として不本意ながらに恐れられてはいるが、俺だって鬼じゃあない。可愛い恋人がはしゃぎながら家に来るのだから、どれだけ仕事が立て込んでいてもその日くらいは許してやろうという気になる。現に、今までこういった日には上司に無理を言ってまで休みをもらってきたのだ。

けれど今回は…今回はどうだろう。


「ハロウィンて手前…今日は」
「うん、10月30日だよ」


だから何? と言わんばかりの勢いである。そしてそれと同調するように、仮装のつもりなのか犬耳フードを被っている臨也の、その小さな犬耳がぴょこりと揺れた。


「うんって手前……一日早ぇだろ、帰れよ。んでまた明日来い。今日のことは忘れてやっから」
「だって楽しみすぎて待ちきれなかったんだもん。だから俺わざわざ仕事早く切り上げて遊びに来たんだよ? 入れてよ」
「俺はこれから仕事だっつの! いいから今日は帰れ、な? 明日ならちゃんと休み取ってやってるからよぉ…」


嫌だよ。馬鹿じゃん。俺来た意味ないし。馬鹿じゃん。いいから入れてよ、寒い。明日ハロウィンだよ? 風邪引いたらどうしてくれんの。
人ん家の玄関前でぎゃいぎゃいと迷惑なことこの上ない。そんなに舌が回るなら体も温まってるだろと突き放せば、今度はやだやだ入れてと餓鬼みたいに駄々を捏ねた。臨也がジャンプする度に、まるで必死さを表しているように忙しなく揺れる犬耳が目を引いた。


「別に入れてくれたっていいじゃん! 入れろよ!」
「だぁら、俺は仕事があんだよ」
「出勤にはまだ時間あるだろ! ハロウィンだからかぼちゃプリンも買ってきたし……折角来たんだから一緒に食べてくれたって…」
「よし、まあ上がれ。プリンは崩れてねえだろうな? 崩れてたら手前の頭も同じ形にしてやる」
「シズちゃんひどい!!」


今度はひどい鬼畜俺可哀相と喚き始めた臨也だが、俺から言わせれば勝手にハロウィンを先取りし勝手に家に押しかけてきた、こいつの方が酷いと思う。それにこんなやり取りは俺たちにとっては挨拶のようなものなので、臨也も部屋に入った途端、先の会話など忘れてしまったかのように堂々と俺の膝の上に座った。


「おい、何でそこに座んだよ」
「野暮なこと聞くなよ、馬鹿なの? ここ俺の定位置なんだから当然だし」
「この耳邪魔なんだよ。座るならフード取れ」
「やだよ。ハロウィンで仮装した意味ないじゃん。馬鹿なの?」
「…………」


だから今日ハロウィンじゃねえから。前日をそういう風に楽しむイベントじゃねえからこれ。
そんな心中でのツッコミなど意にも介さず、臨也はガサガサと持ってきた紙袋を漁る。かぼちゃプリンを買ってきたと言うのはどうやら本当だったらしく、“期間限定! 数量限定!”との文字がプリントされた容器を取り出した臨也は、はい、とそれを手渡した。新宿で買ってきたのかその容器は少し冷気を失って生ぬるい。


「おい。まさか手前、生ぬるいままプリン食う気じゃねえだろうな」
「え、そうだけど……だって今から冷やしてたらシズちゃんの仕事に間に合わないし」
「ざけんな。プリンは冷てぇのが一番うめんだよ。なるべく早く帰ってくっから、それまで待ってろ。あと晩メシは肉じゃががいい。ジャガイモがやーらけぇやつな。んでその後にプリンだ」
「え、え? ちょっと待って、俺いてもいいの? シズちゃんが仕事に行ってる間も、待ってて…いいの?」


何言ってんだこいつ。
今度は俺が首を傾げる番だった。いいも何も、そのつもりで来たんじゃないのか。俺が明日休みを取ってあると伝えた時から(或いはそれよりもずっと以前から)こいつは今日家に泊まる気で来たのだと思っていた。いきなり家に乗り込んでくるような奴なのだ、それくらい当然だと思っているんだろう、と。


(あー…そうかこいつ……そういや変なところで奥手だったな)


不安と、少しの期待が混じった瞳。子犬のように見つめてくる臨也に、今更ながら可愛いと思った。小さく主張する犬耳をつまんでほんの少しだけ上にずらし、現れた白い額に触れるだけのキスを落とす。そんな些細なことでも、臨也は目に見えてうろたえた。


「別に、帰ってくれてもかまわねえけど?」
「え? え、や、やだし! 絶対帰んない、待ってる」
「おう。…んじゃ、そろそろ行くわ」


元よりこんな風に挑発的に言われてあの臨也が帰るだろうなんて思わなかったし、帰らせる気だってない。けれども時間が迫っているのも確かで、そろそろか、と膝に乗っかったままの臨也を降ろした。


「うん…。ねえ、早くだよ? ほんとに早く帰ってきて」
「分かってるって。手前もプリン冷蔵庫に入れんの忘れんなよ。あと肉じゃが」


うんうんと頷きながら玄関まで見送りに来てくれた臨也に行ってきますのキスをして、俺は足取り軽やかに家を出た。今日という今日は、速攻で仕事を終わらせなければ。
そして帰って来て臨也の作った肉じゃがを、デザートにはプリンを食べて。そうした後はのんびり12時まで待つのだ。そして12時ピッタリ――10月31日になった瞬間トリック・オア・トリートと言ってやろう。あいつの戸惑った顔が目に浮かぶ。
 そしてそれから、目一杯に夜の悪戯をしてやるのだ。

ニヤリと歪にゆがんだ口角には、気づかないフリをした。







――――――――――――

シズちゃん限定で「馬鹿じゃん」が口癖な臨也さんが個人的にはツボ^q^

一日早いですが、皆さまHappyHelloweenです!


(20111030)
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