6月。臨也を始めとする、門田、新羅、静雄の4人が高校3年生になってから、早くも三ヶ月の月日が流れようとしていた。
最初こそクラスのメンバーに一喜一憂(鬱々としていたのは主に静雄がクラスにいたことに対してだったが)していた臨也も、二ヶ月弱共に生活していれば段々とその日常にも慣れていった。

そして6月のとある今日、臨也は「ソレ」に直面したのである。








* * *





「身体検査? ああ、あれって今日だったんだ」
「うん。昨日のSHRで担任が言ってただろ?」
「その時俺シズちゃんから逃げてたし。知らない」


朝、学校に着いてから早々に新羅から得た情報に、その時のことを思い出したのか臨也は忌ま忌ましそうにそう吐き捨てた。新羅はやれやれと言ったように溜息をつくと、ついに、臨也にとって悪夢を予想させるかのような一言を放ったのだ。


「君ほど波瀾万丈な高校生活を送ってる学生もいないだろうね。そうそう、身体検査だけじゃなくて今日はMRワクチン摂取もあるから、早い内に体操服借りた方が……って、………臨也?」
「MRワクチン…って……注、射?」
「? 当たり前だろ?」


「MRワクチン」。麻しんと風しんの予防接種が混合されたワクチンで、それを摂取することは厚生労働省でも定められている。一生に二度の摂取が必要とされ、一度目は1歳から2歳の赤ん坊のとき。そして二度目は高校3年生のとき。
 勿論そんなこと、臨也も知識としては知っていた。だが、いつかその日が来た時は学校なんて休んでしまおうと思っていたのだ。赤ん坊のころは逃げるということが不可能だったために注射を甘んじてしまったが、幼かったおかげでどれほど痛かったかは記憶にない。それを避けることなど不可能で、仕方のないことだった。

だが今回は違う。今回は――…


「……はよ」
「あ、静雄おはよー」
「おー」


完璧にこの馬鹿のせいである。こいつが昨日俺に喧嘩さえ吹っかけてこなければ俺はきちんとSHRに出席できて、きちんと担任の話を聞き今日の日程を知り、きちんとサボることができた。
こいつさえ…シズちゃんさえいなければ……っ!

臨也の中で沸々と怒りが沸き起こり、そしてそれは言葉となって自然と口をついてしまう。それは今までの高校生活と何ら変わらない、静雄と臨也の喧嘩が始まる合図。


「……死ねよ馬鹿シズ」
「ああ゛!? ……手前、人が折角シカトしてやってんのによォ、朝から喧嘩売るたぁいい度胸じゃねぇか」
「煩い死ね。ああ、今ほど君と出遭ってしまったことを悔いたことはないね。生まれ落ちる前の君をこの手で殺してやりたいよ」


静雄のこめかみにみるみる血管が浮いていく。けれどそんなことなどどうでもいいのか、それとも静雄をキレさせることで注射器具類を破損させることが目的なのか。とにかく臨也の舌は休まることなく静雄に罵詈雑言を浴びせ続けた。

――…結果


「だぁああああうぜえええぇええ!!」
「あーあ、またそうやってすぐキレる。いっそ血管ごとブチ切れて死んでくれたら俺としても楽なのに」
「手前が死ね!!」


当然の如く静雄の怒りは爆発した。そして正に臨也に掴みかからんと手を伸ばした――…その時。


「まあまあ静雄。臨也はさ、多分ただ注射が怖いだけなんだよ」
「……は?」
「! ちょっ、しん…」
「臨也の怪我の治療は中学の頃からしてたけど、一度だって臨也が注射を拒まなかったことはなかったし、どんなに高熱を出してもそれは変わらなかったからね。だから多分」


あの才気煥発な臨也が注射嫌いだなんて、意外だろう? まるで悪意のない実に楽しそうな笑顔でそう告げた新羅は、その場の空気が先程とは全く変わっていることに気づかない。
 そう、状況は完全に臨也の不利な方に傾いていた。


「っ、新羅最っ低! 死ね!!」
「え、何で?」
「……ほぉー。あの臨也君が、高校生にもなって注射が怖いなんてなぁ。そりゃあ悪かったなぁ昨日SHR欠席させちまってよ」


――…ま、今日一日頑張れや。注射が怖い臨也クン?

明らかにこちらを馬鹿にした発言に、臨也は顔を真っ赤にしてふるふると震える。その瞳は静雄の事を睨んでも、屈辱から僅かに滲んだ涙がそれを台なしにしてしまっていた。その様子に満足しながら、静雄はこれから起こるであろうもっと面白いことに胸を躍らせたのだった。








* * *






「やだ! やだやだ絶対に嫌!!」
「おら、早くしやがれ」
「っ嫌、だ! 触るな化物」
「ああ゛!?」
「そうだ、新羅が偽の診断書書いてくれればいんじゃんか!」
「流石にこの段階でそれは無理だよ、臨也」
「残念だったなぁ臨也。諦めて腹括れや」
「ふざけっ……あ、やだやだそっちやだ!」


ズルズルと静雄に引っ張られて行く先には勿論「MRワクチン」の文字。臨也の必死の抵抗も、相手が静雄ならばその意味をなさなかった。
完全にこの状況を楽しんでいる静雄に、助けようともしてくれない新羅。そして静雄に握られた腕と行き着く先にある地獄。


(ああ、もう駄目かな、俺)


このままこんな無様な姿を晒し続けるくらいなら、静雄の言う通り覚悟を決めた方がいいのかもしれない。 少しだけ緩んだ抵抗に不信感を覚えながらも、静雄は迷うことなく臨也を注射が行われている教室へと放り込んだ。




そしてそれから少し後、涙やら悲鳴やらを堪える臨也だとか、無意識に強く静雄の服を掴む臨也に不覚にも静雄はときめいてしまうわけだが。

それから先は、また別の話










悪夢のような


(サイアク……ほんとにサイアク)
(んな泣くなって)
(泣くな、だって? こっちはマジで痛かったんだからな)
(おー……まあ手前なんか可愛かったし、いんじゃねぇの)
(それ、いいのシズちゃんだけ…………って、は?)
(あ?)










――――――――――――



ゆず様リクエストで、「身体検査で注射を怖がる臨也と、それを見て面白がる静雄」でした!

意外と……難産、でし…た……。
実はこれを書き始めたのが5月の中旬くらいからで、一ヶ月程かけてちまちま作成してました(笑)。
一ヶ月かけてこれかよとか、もっと臨也さんを虐め倒してるのがよかったとか、何かありましたら何でもどうぞ! リテイクならいつでも受け付けています!

それでは、この度は1000hit企画に参加して下さって、本当にありがとうございました^^!


(20110626)
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