*来神時代







 「好きだよ、シズちゃん」


 そう言ってやれば目の前の
 金髪は目に見えてうろたえ
 る。もう何度も言っている
 言葉にも関わらず、未だに
 慣れないようだ。

 なんて馬鹿らしい。

 こんなの、いつもの嫌がら
 せの延長。ただの実験にす
 ぎないというのに。







  







 それは実験だった。
 ほんの好奇心から生まれた
 、ただの嫌がらせ。

 “化物に愛を与えたらどう
 なるのか”

 誰からも恐れられ、他者か
 ら愛されたことの無い孤独
 な化物に愛という餌を与え
 続けるとどうなるのか。懐
 柔は可能なのか。また、懐
 柔できたとして、それをい
 きなり突き放したらどうな
 るのか。それを知るための
 、ただの遊び。
 俺はその遊びを考えつくと
 すぐに実行に移した。足取
 り軽く、標的である金色の
 化物の元へと急ぐ。背が高
 く目を引く色の持ち主であ
 る化物を見つけるのなんて
 簡単だった。化物の方も俺
 に気づいたのか、いつもの
 ようにドスを利かせた声で
 俺の名を呼ぶ。追いかけっ
 こが始まったなら実験もス
 タートだ。

 飛んでくる公共物を避けな
 がら、的確に人気のない道
 を選んでいく。人が完全に
 いなくなったことを確認し
 たら、後は冒頭の言葉を言
 ってやるだけだった。


 「好きだよ、シズちゃん」


 最初にそう言ったとき、当
 然ながら彼は信じなかった
 。そこで活躍するのが俺の
 話術。日頃の行いの悪さか
 ら、人を騙すのは得意中の
 得意だ。相手が化物だとし
 ても、混乱させ動揺させる
 ことさえできればこちらの
 もの。つらつらと出る俺の
 嘘を、少し疑いながらも彼
 は信じた。


 「本当は好きだったんだ」
 「シズちゃんに振り向いて
 ほしくて、ちょっかいばか
 りかけていた」
 「俺だけを見ていてほしか
 った」


 俺の言葉を信じた時の彼の
 表情といったら、最高に気
 持ち悪かったね。頬なんて
 赤らめちゃってさ、照れく
 さそうに視線を彷徨わせて
 。気づかなくてわるかった
 、だって? ああ気持ち悪
 い。けれどまあ、俺は見事
 化物を餌付けすることに成
 功したわけだ。

 それからは簡単だった。

 毎朝彼におはようと声をか
 ける。
 一緒に学校に行き、一緒に
 帰る。
 休日は二人でどこかへ出か
 ける。

 それだけで彼は俺に笑顔を
 向けるようになり、終には
 「好きだ」とまで言った。
 なんて単純。つまらない。
 けれど俺は我慢した。もう
 すぐ最高に気持ちいい瞬間
 がやってくる。彼を突き放
 し、絶望のどん底へと落と
 すその時が。もうすぐ――
 …。


 俺は気づかなかったんだ。

 「好きだ」と言うシズちゃ
 んの瞳の中に、まるで獣の
 ようなぎらつきを放つ光が
 あることを。…それがなに
 を意味するのかを。
 シズちゃんの狂気を、全く
 理解していなかった。

 ともかく、そんな俺達の“
 恋人ごっこ”はその後三ヶ
 月近く続いた。







 * * *





 ふと目を開けて映るのはい
 つものこざっぱりした部屋
 。ただでさえ冷たいコンク
 リートの壁に囲まれている
 のにも関わらず、冷たさに
 拍車をかけるように鉄の枷
 がじゃらりと鳴いた。


 『馬鹿だねシズちゃん』


 懐かしい、昔の夢だった。


 『好きだ、なんて嘘に決ま
 ってるだろ?』


 そう告げた時、シズちゃん
 は笑っていた。それは、ひ
 どく穏やかな表情だった。
 俺はただ、奴が状況につい
 ていけてないだけだと思っ
 て、


 『遊びだよ、ただの』


 けれどそう言っても奴は笑
 ったままだったから。

 だから俺は―――…。


 『もっと壊れるくらい狂っ
 ちゃう様が見たかったんだ
 けどなぁ。つまんない』


 ……そこから先は分からな
 い。ただ一瞬だけ視界から
 金髪が消えて、その刹那に
 腹に衝撃があった。覚えて
 るのはそれだけ。次に目が
 覚めたとき、俺は現在とま
 ったく同じ状態で、まった
 く同じ風景を見ることとな
 っていた。


 『馬鹿だねシズちゃん』
 『もっと壊れるくらい狂っ
 ちゃう様が見たかったんだ
 けどなぁ』


 ……はっ、馬鹿はどっちだ
 。シズちゃんは十分狂って
 いた。愛という極上の食を
 知った化物は、最後までそ
 れに執着した。

 化物を懐柔した愚者は、最
 後まで化物に食を与え続け
 なければならなくなった。
 ただそれだけ。


 「はは…、……さすがに、
 笑えない」




    「いざや」




 久しく油をさされていない
 蝶番の軋む音とともに、も
 う見慣れてしまった金髪が
 のぞく。
 一日に数回しか開かれない
 扉。その扉が開かれる意味
 は…決まってる、餌の時間
 だ。


 「――…好きだよ、シズち
 ゃん」


 言われた化物は照れくさそ
 うに、至極に満ちた顔で笑
 った。










 (20110206)
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