「前だ」
 「………」
 「前に、降りろ」
 「…………へえ」


 金色の青年の絞り出したよ
 うな声は、まるで青年の心
 の内にある何かを押し殺し
 ているかのようだった。金
 色の青年の震える声とは正
 反対に、黒色の青年は喉の
 奥でくつりと笑う。


 「正しい判断だ。君は俺の
 ことが嫌いなんだから、そ
 の判断は正しい…というよ
 り、当然だね。まあ、シズ
 ちゃんがどちらを選ぼうと
 俺はここから飛び降りるつ
 もりだったんだけど」


 …――よかったね、俺を殺
 せてさ。

 黒色の青年は笑う。まるで
 それを金色の青年の網膜に
 焼き付けようとするかのよ
 うに、楽しげに。愉しそう
 に、笑う。その様子に違和
 感を覚えたのか、金色の青
 年は伏せていた顔を上げた
 。


 「……手前は、どうしてそ
 んなに死にたがる」
 「別に死にたがってるわけ
 じゃないさ。俺をその辺の
 自殺志願者と同じにしない
 でくれるかな。どちらかと
 言えば、俺は死にたくない
 」
 「なら……、」


 なんで。金色の青年は問う
 。黒色の青年は、まるでそ
 れを金色の青年の網膜に焼
 き付けるかのように笑った
 。愉しげに。悲しそうに、
 嗤う。


 「だってさ、シズちゃんは
 いつか俺を忘れるだろ?い
 くらシズちゃんが自然の摂
 理に抗えても、時の流れに
 は逆らえない。君はいつか
 仕事をやめ、歳をとって、
 死んでいく。喧嘩しかして
 いない俺のことなんて忘れ
 て、君は俺を置いて行くん
 だ。こんな気持ちに捕われ
 ているのは俺だけで、君は
 すたすたと歩いて行く。君
 の周りには色んな人がいて
 、シズちゃんも笑ってて…
 …。だから…こうするしか
 ないんだよ。俺が君の中に
 居続けるには、こうして君
 の記憶に無理矢理刻み付け
 るしかないんだ。君の目の
 前で死ねば、君は俺を忘れ
 ない。…そうだろ? だか
 ら、」


 だから? 金色の青年は考
 える。だから? だから死
 ぬのか? そんな、そんな
 のは


 「そんなの、卑怯、だろ」
 「ああそうさ。全てをシズ
 ちゃんに押し付けて、自分
 の意思だけを突き通し自分
 だけ楽に死んでいく。卑怯
 で卑劣で……でもそんなの
 、今さらだろ? それが俺
 だ。真っ黒な世界がお似合
 いの、真っ黒い人間なんだ
 よ」


 そこでやっと青年は振り返
 る。くるりと軽い足取りで
 、正反対に泣きそうに顔を
 歪ませながら。


 「長話はおしまい。バイバ
 イシズちゃん。君が望んだ
 通り――いや、望まなくと
 も俺は消える」


 よかったねと、黒色の青年
 はもう一度笑った。真っ黒
 な背景に、青年の白い肌と
 赤い瞳はとてもよく映えて
 いた。


 「……一つ、言わせろ」


 黒色の青年の言葉に、金色
 の青年は絞り出すような声
 で空気を震わせる。


 「いいよ。何かな」
 「手前はさっき、いつか俺
 が手前を忘れるって言った
 よな」
 「それが?」
 「だったら、俺が“手前を
 忘れない”って言ったらど
 うすんだ?」


 刹那、黒色の青年の顔から
 感情の一切が消えた。

 楽しむでも悲しむでもない
 、ただただ感情のない瞳が
 金色の青年のそれと交わる
 。


 「俺が“忘れない”って言
 っても、手前はやっぱり飛
 ぶのか?」
 「……何が、言いたいのか
 な」
 「手前は卑怯で卑劣で、最
 低の野郎だ。だが、だから
 こそ、もっと考えろよっ…
 。いつもみたいにクソ汚ね
 ぇ策を練って、それを笑い
 ながら実行してみろよ!少
 なくとも手前は、自分自身
 を駒にするようなことはし
 なかった。いつも自分だけ
 が得をするように他の奴ら
 を動かしていたはずだ。そ
 れが折原臨也だろ? 卑怯
 で…卑劣な……だったら、
 もっと、考えろよ……っ。
 簡単な話だろ? 俺が、手
 前を忘れなければいい。手
 前を置いて行かなきゃいい
 。ただそれだけ。それだけ
 なんだ」
 「そんなの……。そんなの
 、嘘に決まってる。今はそ
 う思っていても、いつかは
 必ず忘れる時がくる。必ず
 。必ず、忘れないという気
 持ちすら忘れて、俺に希望
 だけを与えて離れていくん
 だ…。だったらそんなの始
 めから――…」
 「何で分かんねンだよ!!」


 いつの間にかフェンスのす
 ぐ下にまで移動していた金
 色の青年は、そこから手を
 伸ばし黒色の青年の手を掴
 むと自分の方へと引き寄せ
 た。
 強制的に降ろされることと
 なった黒色の青年は小さく
 悲鳴を上げるが、その直後
 に自分が天敵の腕の中にい
 ることを理解すると途端に
 静かになる。


 「シズちゃ、」
 「俺が、一緒にいてやる」
 「……っ!」
 「手前が信じないって言う
 なら、不安だって言うなら
 、ずっと一緒にいてやる。
 手前を忘れないように一緒
 にいてやるから…先に行っ
 たりなんかしねぇから、手
 前と一緒に……一緒に“前
 に”進んでやる。だから…
 …っ、」


 死ぬなよ…。金色の青年の
 声はとても小さく、吹き付
 ける風にすら掻き消されそ
 うなほどだったが、耳元で
 それを聞くこととなった黒
 色の青年にははっきりとそ
 の言葉が届いた。
 「死ぬな」それは金色の青
 年が先程無理矢理飲み込ん
 だ言葉であり、気持ちだっ
 た。

 強く、強く、青年は願う。

 どうかこの気持ちが届きま
 すように。目の前で小さく
 震え、怯えている青年に、
 自分が温もりを与えられる
 ように。黒く冷たい色を、
 内側から塗り替えられるよ
 うに。

 暫く経った後、金色の青年
 の背に恐る恐る腕が回され
 る。


 それが黒色の青年の答えで
 あり、金色の青年が願った
 ことだった。










 


 (こんにちはすら無かった
 けれど)










 (20110120)
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -