黒猫が好きだった。
真っ黒い毛並みが綺麗な黒
猫。欲しくて欲しくて堪ら
なくて、いつだって探して
は追いかけまわした。
けれど黒猫はいつだって俺
の腕からすり抜ける。笑い
ながら、捕まえてみろと言
わんばかりにその尻尾をち
らつかせる。気に入らない
。ムカつく。けれど、そん
な追いかけっこを俺は楽し
んだ。黒猫も笑っていた。
こんな風に近づいては離れ
る関係が、ずっと続くんだ
と、そう思っていた。
* * *
ある日、黒猫が消えた。
突然、何の前触れもなく、
どこにもいなくなった。そ
れまで当たり前にあった日
常ごと――…消えた。
* * *
それから少し経った頃、黒
猫を見つけた。
黒猫は、暗く汚い路地裏に
倒れていた。綺麗だった毛
並みは所々が白く汚れてい
て、俺の腕からスルスルと
逃れていた体も汚れて、弱
っていた。あんなに捕まえ
られなかった存在を、こん
なにも簡単に抱くことがで
きる。けれど欲しかった温
もりは、そこにはなかった
。
俺は黒猫を家に持ち帰ると
、すぐに汚れた体を洗って
やった。黒猫は始終ぐった
りしていて、それでも苦し
そうな顔は穏やかになって
いたと思う。そんな黒猫の
表情とは裏腹に、俺の心に
はただただ怒りが渦巻いて
いた。許さねぇ。こいつを
こんな風にした奴らを、俺
は絶対に許さねえ。ぜって
ぇに見つけ出して殺してや
る。そんな物騒なことばか
りが頭を回る。けれど何よ
り許せなかったのは、そん
な奴らに簡単にやられた黒
猫だった。俺からはあんな
にも簡単に逃げるくせに、
どうして他の奴には捕まっ
たんだ。ならばいっそ、も
う二度と他の奴なんかに捕
まらないよう、俺が黒猫を
飼ってやればいい。誰にも
会わせなければ。俺だけを
その目に映せばいい。そう
思った。
* * *
次の日、黒猫に首輪をつけ
てやった。
鎖付きの、頑丈な首輪。黒
猫はそれを嫌がったが、元
々弱っていた体で抵抗して
もそんなのは無意味に等し
かった。
前のように黒猫を追いかけ
る日常が消えてしまっても
、もう最近では黒猫が抵抗
することもなくなってしま
っても、それでいいんだ。
日常がどれだけ変わっても
、また新しい日常がやって
くる。手前がどれだけ変わ
っても、俺の気持ちは変わ
ったりしねえから。
だから、なあ、
「ずっと一緒にいような、
イザヤ」
黒猫は小さく鳴いた。
(20110116)