「俺、この季節って嫌いな
 んだよねー」


 それは少し肌寒くなって、
 夏服から冬服に替わろうか
 という季節になった頃のこ
 と。いつものように臨也と
 喧嘩してやっと路地裏に追
 い込み、さあ日頃の恨みを
 存分に晴らしてやろうと思
 っていた時だ。振り向かな
 いまま足を止めた臨也が意
 味不明な事を言ってきたの
 は。


 「あ゛? なんだてめぇ、
 時間稼ぎか何かか? 今度
 は何企んでやがる」
 「やだなぁシズちゃん、考
 えがいちいち物騒だよ。普
 通に理由を聞くことくらい
 出来ないのかな?」


 くるりと振り返った時に靡
 いたさらさらの髪とか、僅
 かに散った汗とか、一瞬だ
 け夕日に照らされて儚く見
 えた横顔だとか、そんなの
 に胸が跳ねたとかは、ない
 。断じてない。


 「じゃあ手前の遺言として
 聞いてやる」
 「シズちゃんには教えてあ
 げなーい! 嘘ですごめん
 言うから首絞めるの止めて
 マジで苦しい」


 最初から素直に言えばいい
 ものを。奴の首を絞めてい
 た手を離し、けほっと小さ
 くむせ返る臨也をざまあみ
 ろと見下す。本当に苦しか
 ったのだろう、紅潮した頬
 とか乱れる呼吸とか潤んだ
 瞳とかに欲情したりとかは
 していない。断じてしてい
 ない。
 臨也の呼吸が落ち着くのを
 待つ時間がえらく長い気が
 した。呼吸が落ち着けばさ
 っきの必死さや素直さはど
 こへやら、いつもの人を見
 下したような笑みを張り付
 け、「ほんとシズちゃんっ
 てば乱暴なんだから」と軽
 口を叩くノミみたいな虫…
 …まあノミ蟲がそこにはい
 た。


 「だってこの季節って色々
 と面倒臭いじゃない。衣更
 えしなきゃいけないでしょ
 ー、長袖にするか半袖にす
 るかも一日ごとに考えない
 といけないし、日中は暑い
 くせに朝だけは異様に寒い
 し、シズちゃんは毎日追っ
 てくるしシズちゃんはなぜ
 か死なないしシズちゃんは
 生きてるしシズちゃんは生
 きてるし」
 「おい待て。何で今二回言
 った」
 「え、だって大事な事だっ
 たから」
 「よぉし分かった。遺言は
 それだけでいいんだな?じ
 ゃあ殺す。ちゃんと殺して
 やるから手前もちゃんと死
 ねよ?」


 指の骨を鳴らしながら臨也
 との距離を焦らすように詰
 める。


 「まあ待ちなよ。行動力が
 あるのはいいことだけれど
 、俺の話はまだ続くんだよ
 ねー残念なことに」
 「それは本当に残念だなぁ
 。俺は早く手前の悲鳴と泣
 いて懇願する顔が見てぇん
 だが」


 壁にまで奴を追い込み、臨
 也を間に挟むように両手を
 壁につける。勿論こいつが
 逃げないようにするためだ
 。深い意味はない。断じて
 ない。


 「金木犀」


 そう呟いた時の臨也は、先
 程のように…いや、先程以
 上に儚げに見えた。それは
 きっと気のせいなどではな
 く……。


 「俺、金木犀って嫌いなの
 。ほら、この季節になると
 あれの独特の匂いがするで
 しょ? 甘ったるいような
 、鼻に染み込むような匂い
 が。あれが嫌いなの」
 「あぁ? んなもん」
 「シズちゃんはさ、」


 俺の言葉を遮るたぁノミ蟲
 の癖に何様だ。出かかった
 言葉はしかし、臨也の顔を
 見た途端に弾けて消えた。
 だって反則だろ、そんな…
 …綺麗な、顔。


 「シズちゃんは金木犀の花
 言葉って知ってる?」
 「……知らねぇ」
 「だよね、知ってたら逆に
 驚くよ。…俺はね、花言葉
 も含めて、金木犀ってのが
 大嫌いなんだ」


 「嫌でも思い知らされちゃ
 うからね」そう言う臨也の
 顔は、どこまでも綺麗だっ
 た。


 「…んだよ、その花言葉っ
 て」
 「知りたい?」
 「じゃなきゃこんなこと聞
 かねぇだろうが」
 「じゃあ教えてあげる。金
 木犀の花言葉はね――」


 一歩、俺との間合いを詰め
 られてドキッとする。

 ……あ? ちょっと待て。
 間合いを、詰める…? だ
 って俺が奴の両側に手をつ
 いてるからその距離はもと
 もととても短くて、だから
 間合いを詰められるはずが
 ……っ!

 気づいた時にはもう遅く、
 そして全てが終わっていた
 。

 一瞬だけ唇に伝わった暖か
 い感触と、その後すぐに訪
 れた少しの衝撃。キスをさ
 れ抱き着かれている…それ
 に気づくのに、そんなに時
 間はかからなかった。そし
 て耳に寄せられる奴の口も
 、そこから紡ぎ出される言
 葉も、しっかりと俺の鼓膜
 を震わせ、脳を揺さぶる。


 「……わかった?」


 ああ、よくわかった。

 お前はやっぱり、どこまで
 も綺麗だ――…。










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 金木犀の花言葉 : 初恋



 (20101023)
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