家入 硝子編







そこにいたのは硝子だった。

彼女は床に座り込んでいる私を見て首を傾げる。


「何してんの?」
「実は、その……呪いの篭ったメモを落としてしまって」
「それはまた危険な物落としたな。どんなやつ?」
「ノートの切れ端。手で千切ったような」


その言葉に、彼女は見覚えがあったのか、あぁ、と思い出したように声を上げる。


「多分廊下で見かけたけどスルーした。ゴミかと思って」
「と、取りに行こう!」


私は案内して、と慌ててのんびりとしている硝子の背中を押しながら教室を出る。
内容が分からないにしろ、硝子はあまり事態を重く考えていないようだ。私のやることだからくだらないことだろうと思っているんだろう。

案内された場所はいつでも静かな校舎の廊下、風通しが良いその場所で、古くなった床の板の裂け目にメモが引っかかっていた。恐らく、私が落としてしまった後、ここまで風に流されてきたのだろう。
私はしゃがんでそれを取ると、ポケットに入れていたライトでそれを確認すると、硝子も隣にしゃがんでそれを覗き込んだ。


「この、紙に触れ、た人間の……本音が聞ける?」


ゆっくりライトを動かし、現れた文字を読み上げていく硝子に、私はこんな子供みたいなことをして恥ずかしい、とすぐに破ってしまった。


「人の心まで操れそう」
「そんなことしちゃダメ」
「堅いな。じゃあそれは?」
「う……若気の至りというやつで」
「ふーん……」


バレたら叱られる、と私はポケットにライト付きのペンと破ったメモを仕舞うと、彼女は少し考えながら話す。


「でも、自分を好きになってもらえるようになるなら、その力も便利じゃない?惚れ薬みたいな。いや、マインドコントロール?」
「やりたくないな……硝子はそこまでして、誰に好きになってもらいたいの?」


硝子と恋バナなんてしたことなかった。同期に悟と傑くらいしかいないわけだし。
まさか、そのどっちか?悟はないな、もしかして傑かな……それか他校の?
そう勝手に彼女の好きな人を想像していると、彼女は最も意外な返答をしてきた。


「君」
「へ?」
「だから、君だよ。涼華」


あまりにも衝撃で、そして告白されたも同然のその言葉に私の鼓動は速くなり、体温が上がっているのが分かった。
動揺して口をパクパクしていると、彼女はふと笑った。


「でもそれ、私にも出来るかもしれないな」


どういう意味だ、とあまり考えが追いついていなかった私にそっと近づいて来たかと思えば、唇が触れ合った。

たった一瞬のこと。

見慣れた硝子の綺麗な顔や、柔らかな唇の感触と、ほんのりと香るタバコ。その行為の意味や言葉。
それらの情報がたった一瞬で流れ込んできた私は大きく動揺する。
そして彼女はそっと私に耳打ちをする。


「君は私のことが好きになる」


彼女はそのまま立ち上がってその場を去って行った。それと同時に、私はその場で全てを理解すると、頭を抱えた。


「狡い……」


あぁ……私は一瞬で彼女に支配されてしまった。



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