狗巻 棘編
そこにいたのは狗巻くんだった。
私を見るなり、眉を顰めて、切れ端をピラピラと揺らしている。
その表情を見るだけで分かる、彼は怒っているのだと。
「おかか!」
「ご、ごめん。人を呪うような行為をしてしまって。それは触れた人の本音が聞けるメモなの。狗巻くんが拾ってくれて良かった……」
叱られてしまった。分かってる、してはいけないことをしてしまったと。
狗巻くんは特に気を遣ってる。同じ言葉に呪力を込める身として、恥ずかしい。
彼は人を呪わないように語彙を絞っているのに、私は軽率に術式を使った。この力の危険さを知らなかったこととはいえ、やってしまったこと。
反省します、と呟くと、狗巻くんは私の肩をぽんぽん、と優しく叩く。
「しゃけ!」
反省しているなら良い、大丈夫、という意味なのだろうか。
彼はにこりと笑う。私は安堵し、それに釣られて、笑顔を見せた。
「可愛い」
突然おにぎりの具以外の言葉が聞こえてきた。
それでも驚きだが、言った言葉も言葉だ。狗巻くんからそんな言葉をもらう日が来るなんて。
自身の顔に熱が篭っていくのが分かる。
何が起こったのか、焦って理解出来ていなかった狗巻くんは呆然としていたが、メモの力だと分かり、これ以上持っていてはいけない、と彼は私にメモを押しつける。
しかし……
「好き」
やっと手を離した狗巻くんは自身の発してしまった言葉に紅潮して、顔を覆い隠している。
「おかか!」
「あ、あ、ごめん!すぐに受け取っておけば……!」
軽くパニックになりながら、私はメモを破ろうとする。
しかし、狗巻くんは私の手を取り、それを止めた。
驚いて顔を上げると、何かを訴えかけるように、ジッとこちらを見つめていた。言葉がなくても、何が言いたいのか分かる。
「私が作り出したものだから、私には効果ないよ?」
「めんたいこ……」
呪う行為はいけないと分かっていながらも、残念そうに眉を下げる狗巻くんに、私はビリッとメモを破ると、私は彼の手をそっと握り返す。
狗巻くんは驚いたように、ピクリと体が跳ねた。
「私の返事は、分かるよね……?」
私にも呪いの効果があれば、素直に言えたかも。
しかしそれを理解してくれた狗巻くんは、分かりやすく目を輝かせて力一杯、私を抱きしめた。
「しゃけ!高菜!」
まさかこんな本音が聞けるなんて、と私は狗巻くんに叱られて反省していたけれど、互いに想いを知れて良かった。
私を抱え、くるくると回って喜びを表現する彼に、私もギュッと彼を抱きしめ返した。
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