呪専七海 建人編









そこにいたのは七海だった。

彼は私を見下ろし、ふと呆れたように息を吐くと、手に持っていたハンカチを差し出してきた。


「探し物はこれでは?」


被さっていたハンカチを捲ると、そこにはノートの切れ端、私が探していたメモがあった。


「あ……!よく見つけたね、ありがとう!」
「この術式、布越しは平気ですか?」
「触れる、がどの程度か私にも分からないよ」


そのメモを受け取ると、破こうとする。
だが、それを制止するように、彼は私の言葉が引っかかったのか、私に問う。


「何も書かれていないように見えますけど、何か特別な物とか?」
「小学生の頃、流行らなかった?不可視インク。ブラックライトを当てると、文字が浮かび上がる」
「あぁ……なるほど。では何と書かれていたんですか?」


確かにそんなペンがあった、と彼は頷くと、私はでしょ?と言って誤魔化す。
しかし、その誤魔化しも通用しない。


「それで?内容は」
「知らない方が良いこともあるよ」
「拾ったんですから、それくらい聞かせてくれても良いでしょう」
「……『この紙に触れた人間の本音が聞ける』だよ」


その言葉を聞いて、彼は眉を顰める。
よくないことだとは分かってる。だから言いたくなかったし、どうせ分からないのだから、嘘を吐けば良かったと少し後悔した。


「良い物とは言えませんね」
「若気の至りです……呪術というものを理解しておらず……」
「呪術うんぬんより、倫理観の問題ですね」
「うっ……」


仰る通りで。
私は後輩に叱られてしまった、と一つ年上の先輩として情けなくなってしまった。


「別に、七海の本音を聞き出そうとしたわけじゃないし……」


子供っぽい言い訳をしてしまった。
あぁ、情けない。いじいじとメモを指で弄っていれば、彼はふと息を吐く。


「私の本音なら、時期が来たら言いますよ」


それはどういう意味だろう。
ふと顔を上げて尋ねようとしたが、開いていた窓から、教室の窓をカタカタと揺らすくらいの強風が流れ込んで来た。
突然のことで、軽く握っていたメモが手元から吹き飛ばされてしまう。
それはクルクルと回転し、宙を舞う。長い髪が風に揺られ、視界に入る。
どこに行った、と慌てて手を伸ばすと、彼は反射的にそのメモを掴んだ。その瞬間、触れてはいけなかった、と思い出し、私にそのメモを差し出して来る。


「ご、ごめん、こんな飛ばされるほど強い風が吹くなんて……」


一瞬の強風で乱れた髪を直し、耳に掛けながら、メモを受け取ろうとした。


「綺麗だ」


その一言は、今の状況に相応しくない言葉で、理解出来ずにいた。
指先が触れ合いつつも、メモを受け取り、私は顔を上げて、彼の表情を見ると、目が合った。
彼には珍しく紅潮しており、私は驚いてキュッとメモを握る。


「な、なみ、」
「……用は済んだので、失礼します」


足早に去って行く彼を、私は追うことなく、その場で茫然としていた。
しかし。


『綺麗だ』


その一言は私を見て、私に向けられていた言葉だった。
その瞬間、私も彼に触れた指先から、顔が熱くなった。


『時期が来たら言いますよ』


自惚れでなければ、もしかして。と私は期待せずにはいられなかった。
それはいつなのかは分からないが、きっとその時の答えはイエスだろう。








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