夏油 傑編







そこにいたのは、夏油先生だった。

彼は手に私の探していたメモを持っており、私はあっ!と声を上げ、立ち上がる。


「やぁ、これ、君のだね」
「拾ってくださってありがとうございま、」


私は彼の手からそのメモを取ろうとするが、サッと避けられてしまう。何故、と思いながら、彼を見上げると、夏油先生は窓から差し込む光に向かって翳し、不可視インクの文字を読もうとしていた。


「読めそうで読めないんだよね。この、人……が」


一部は読めているようで、そう呟いていく。私は羞恥心から、必死でそれを取ろうと手を伸ばすが、彼は余裕たっぷりに笑う。


「何故、術がかかってると分かってるのに、返さないんですか、危ないですよ」
「信用かな。君は術式を悪用するような子じゃない。こんな必死になって。もしかして、愛の告白でも書いてあるのかな」


そういうわけではないけれど。ただ、夏油先生の本音が洩れるのが怖い。優しい笑顔の裏に何かありそうな、そんな気さえする。そんな彼が、私は好きなのだけれど、まだ夢を見ていたい。聞きたくない本音を聞かされても困る。信用してくれているのは、とても嬉しいことだけれど。


「この紙に触れた人間の本音が聞ける≠ナすよ。夏油先生の本音、全部私にダダ漏れなのいいんですか?」
「いいよ。さて、どんな本音を引き出してくれるかな」


ちょっとした脅しのつもりだった。しかし彼は私の瞳を覗き込んではふと笑う。
私の気持ちがバレているような気がして、急に顔が熱くなり、私は油断していた彼の手からメモを取り、破った。


「あーあ、勿体ない。いいの?」
「そ、そういうのは、欲しい答えが貰えるように頑張ってからにします」


それに彼は一瞬、呆気に取られたようにキョトンとしていたが、まるで子供を見るかのように優しい笑みを浮かべ、私の頭を撫でた。


「一生懸命で可愛いね。じっくり、長い時間をかければ……叶うかもしれない」


そして、ツンとそのメモを突くと、私は彼に触れられ、ドギマギしてしまう。そして、期待もしてしまう。今はダメでも、これから先、あるのでは、なんて。


「それと、悪いことをするなら、誰にもバレない方法で、ね」


離れていく彼に一抹の寂しさを感じながら、私は先程言っていた言葉を思い出す。


「信用失くしましたか?」
「ふふ、そうだね。君の可愛らしい悪事に気をつけるとするよ」


それじゃあ、と彼は軽く手を振って去っていく。
分かっていたけど、夏油先生は絶対に女誑しだ、と心をむしゃくしゃに掻き乱していく彼を思い、ドキドキと胸を高鳴らせていた。








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