七海 建人編
そこにいたのは七海さんだった。
しゃがみ込んでいる私は、憧れている彼を見た瞬間に、ハッとして立ち上がる。
「七海さん!何故ここに?」
「何かしらの術がかかった紙が落ちていたんです。貴女の物かと思い、探していたんです」
「わ、私も探してたんです!」
七海さんが見つけてくれたんだ、とホッと安堵していると、彼は失礼、とスマホを取り出し、深いため息を吐く。
「一緒にいた補助監督の方にそれを見張ってもらっていたんですが……五条さんに連れて行かれたようです。行きましょう」
彼は私に背を向けて歩き出し、何だか随分と厳重にされていて、大事になっている、と申し訳なくなる。
「君の術式は大変危険なものです。どういった条件か書かれていないのにも関わらず、術がかかっていることだけは分かる」
「すみません……」
頼りになる憧れの呪術師にそう言われてしまうと、ただ落ち込む。七海さんに見つけてもらい、安堵していたが、今は他の人に見つけてもらった方が良かったのでは、とつい考えてしまう。
「君の言葉ひとつでただの紙は武器になる。それが地雷、何かしらのトラップだったとしたら、と疑ってしまうのは術師としての性です」
「気をつけます……」
全く信用されていない。確かに何も書かれていないのは怪しいけど……当時は何も考えてなかった。
七海さんの案内で辿り着いた先、廊下の床の隙間にメモが挟まっており、私は慌ててそれを拾う。
「何故、不可視インクを使ったんですか?」
その問いに、私はポケットからライト付きのペンを取り出し、ブラックライトを紙に当てる。窓からの光で見えなかった為、窓に背を向け、日陰を作って七海に見せる。それに彼も少し肩を寄せて覗き込んだ。肩が彼の腕に触れ、ついドキドキした。
この紙に触れた人間の本音が聞ける≠ニいう文字を見て、彼は小さく息を吐く。
「全く……君はまだ子供だとは思っていましたが、ここまでとは」
「すみません……中学生の時に友人に頼まれた物がノートに残っていて、それを失くしてしまい……」
私は何だか恥ずかしい、とそれを破ると、彼はその効力の切れたメモを見ては、静かに私に謝罪した。
「貴女を信用しきれていませんでした。すみません。たかがこんな悪戯の為に、一生懸命、探し回っていたというのに」
そう言って七海さん肩にかかった埃を取ってくれる。それに私は埃まみれだということに今更気付き、彼から離れて、服についた埃を払っていく。
「しかし、貴女は呪術師でもあります。術式の使い道は間違わないように。あと、失くさないようにお願いします」
「はい……」
恥ずかしい気持ちや落ち込む気持ちもある中、どういう感情でいればいいのか分からずにいた。
全部払えたかな、と思っていると、彼は一歩私に近づいて来たかと思うと、ふと優しく笑みを浮かべる。
「君の意思でそれを作ったのではないでしょうが、本音で話し合いたいなら、君が大人になってから、共に飲みに行きましょう」
そして、彼は汚れがついていたのか、ふと指で私の頬をそっと撫でた。それにドキリとし、視線を逸らすと、彼は手を引いた。
「では、私はこれなら任務があるので失礼します」
七海さんはそのまま去って行くと、私は見えなくなるまでその背中を眺めていた。見えなくなると、私はその場で座り込み、ドキドキと高鳴る胸をギュッと押さえた。
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