庵 歌姫編
そこにいたのは、歌姫先生だった。
埃まみれでしゃがみ込む私を見るなり、歌姫先生は何かを察したように息を吐く。
「はぁ……埃まみれじゃない」
「ちょっと、探し物していて」
「教室の掃除もしなきゃね」
私が立ち上がるなり、歌姫先生は私の服に付いた埃を払ってくれる。ふと、自身の呪力を感じて、ハッとする。
「歌姫先生、私のメモ持ってません?」
「そうそう。持ってるわ。届けに来たの」
すると彼女は袖口からメモを取り出しながら、愚痴をこぼす。
「落としちゃダメよ?ただでさえ問題児が多いのに、アンタみたいな真面目な子が問題起こしちゃったら……はぁ、」
何か疲れることでもあったんだろうか。普段、あまり弱みを見せない先生の本音が聞けるチャンスかも、と私は先生にメモを持たせたまま、話を振る。
「何か困り事でも?お話聞きますけど……」
「生徒に聞いてもらう話でもないわ。ありがとう。本当、優しいわ癒し」
そう、先生は普段と変わらない様子で、私の頭を撫でる。これが歌姫先生の本音なのだと思うと、嬉しくなった。
私はメモを受け取り、ビリ、と破ってしまうと、彼女はそれで?とメモを指す。
「見えないインクで書かれてたみたいだけど、何が書いてあったの?アンタのことだから、大したことではないんだろうけど」
「これに触れると、本音しか言えなくなるんです」
「げっ!手放して良かった……何に使うつもりだったの?」
「中学時代に頼まれて作った物なんです。たまたまノートに挟まってて……そのまま失くしてたんです」
「そう……気をつけなさい。私は信用して拾ったけど、他の人から見たら、怪しい物でしかないから」
その信用が嬉しくて、私は頬が緩んでしまう。口だけではないということは、行動や先程の本音からも分かる。
「ふふ、歌姫先生はいつも本音なんですね」
「アンタだからかも。生徒の前ではちゃんとしたいんだけどね。こんなこと言ったら、教師失格かもしれないけど……何かその、友達みたいな?話も合うし」
「嬉しいです!歌姫先生とは、その、仲良くなりたくて」
私の憧れの人、私の大好きな人。他の人より、特別に思ってくれているのなら、嬉しい。
すると歌姫先生はわしわしと私の髪を撫でる。
「アンタは素直で可愛いなぁ、もう!内緒でいい店、連れてってあげる。皆には秘密ね」
「はい!楽しみにしてます」
「それじゃあまた実技授業で」
先生は教室から出て行くと、私は胸が熱くなった。やっぱり先生が好きだなぁ、と実感出来た。
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