伊地知 潔高編
そこにいたのは伊地知さんだった。
埃まみれで座り込んでいる私を見て、伊地知さんは何かを察したように優しく笑い、私にメモを差し出してきた。
「お探しはこれですか?」
「そ、それです!ありがとうございます!」
私は慌ててそれを受け取ると、やっと手元に戻ってきた、と安堵する。そして、伊地知さんに拾ってもらえた、と嬉しくなっていた。
「良かったです。五条さんが見つけたらしいんですが、ラブレターだとか何とか……届けるよう言われていたので」
「ラ、ラブレターではないです!」
「はは、分かってますよ」
慌てて否定する私を可笑しそうに笑う伊地知さんに、私は恥ずかしくなって顔が熱くなる。焦るな、と気持ちを落ち着かせていると、彼は優しく笑う。
「でも、大切な言葉が書かれているんですよね」
「そんなんじゃありません……この紙に触れた人間の本音が聞ける≠サう書いたんです。昔、友人に頼まれて作った物だったんですけど……使いたくなりました。まだ、子供で、ダメですよね」
伊地知さんの本音を聞いてみたい、だなんて、つい思ってしまった。それにこんな人心を操るような物を作ってしまったのも。私はまだ子供だ。
少し落ち込んでいると、彼は「いえ、そんなことはありません」と否定してくれる。
「本音を聞き流したいと思う人が多い中で、たった一言、その人の本音が聞きたいと思うのは可愛らしいことですね」
「えっ」
可愛らしい、という言葉に、少しドキリとして顔を上げると、彼はそのまま言葉を続けていく。
「まぁ、言いたくない人に使うのはどうかと思いますが、本音を言いたいという人にはいいかもしれません。大人でも、お酒に頼らなければ本音を言えない人もいますし。まぁ、私に持たせられると、少し困りますが……五条さんにポロッと本音なんて洩れたら……」
想像して、恐ろしいと顔が青ざめている伊地知さんに、私は苦労してるなぁ、と思いながらも元気を貰い、メモをビリ、と破ってしまう。
「いいんですか?」
「はい。私は本音を言いたいんですけど、これは私には効果がなくて。だから、大人になったら自分で言います。何の力も借りずに、自分の言葉で、伊地知さんに」
この言葉を言うのは、まだ先だ。だから、予約はしておきたい。
「ありがとうございました!」
言ってしまった、と私は恥ずかしくなって教室を出て行った。
一方、伊地知は彼女の言葉の意味を考え、いやまさか、とあらゆる可能性を考え、最後に見せた彼女の眩しいくらいの笑顔に少しドキリとしていた。
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