加茂 憲紀編
そこにいたのは加茂先輩だった。
しゃがみ込む私を見ては、何をしているのか理解し難いというように首を傾げた。
「何をしている」
「えーと……探し物を」
「ならばそれは後回しにしろ。こちらが優先だ。君の術がかかった紙が廊下に、」
「そ、それを探してたんです!どこですか?」
彼は「言葉を遮るな」と眉を顰めつつ、教室を出て行き、私はそれについて行く。
廊下の床の隙間に挟まっているそれを見つけ、私は駆け出してそれを取り、良かった、と安堵する。
「拾わなかったのは正しい判断かも。教えてくれてありがとうございます」
「構わない。やはり地雷のような物だったか」
「いや、そんな大層なものではないですよ。人の心を動かす物というか……」
私の言葉に、彼はふむ、と顎に手を当て、私の手元にあるメモを見る。
「君の術式は人心を操れるのか、興味があるな」
「呪言に近いですよ」
「それを作ったということは、誰かを?」
加茂先輩はとても真面目だ。人心を操ると言っても、興味を持ってくれる。まぁ、私達はあまり術式の開示をしないから、余計に興味を惹くのかもしれないが。真面目な彼に悪戯心をくすぐられた。
「加茂先輩に」
「私?……私を操ってどうするつもりだ」
眉を顰め、低い声で圧を掛け、敵意を表してきた加茂先輩に、私は誤解されている、と慌てて弁解する。
「触れた人の本音を聞き出す呪いなので、人心を操るというのは少し違うというか……すみません」
どちらにせよ、これを作ったこと自体、褒められたことではない。反省しなければ、と思っていると、彼の警戒心は解けたようで、ホッと胸を撫で下ろす。
「君とはそれなりに本音で話をしていると思うが」
「そうですか……それは嬉しいですね」
まぁ、私に限らず、彼は誰にでもこういう態度だろう。少し冷たい、というよりは真面目で堅物だ。冗談は通じないタイプだったことを今思い出した。
加茂先輩はでもまぁ、と先程とは違った少し覇気のない声を発する。
「私の本音が聞きたいと思って書いたというのなら、それは嬉しいことだが……」
そう言った彼の頬は紅潮しており、私は見たこともない彼の表情にキュンと胸を打たれてしまった。それと同時に、私は揶揄い半分で言った言葉だった為、どういう返事をすればいいのか、と戸惑っていると、彼は動揺したように、私に背を向ける。
「私はこれから任務がある。くれぐれも、そういった類の物は落とさないように」
「は、はい……」
彼はそのまま去ってしまい、私は手元に残ったメモに視線を落とした後、気持ちがむしゃくしゃし、そのメモを破った。
「あぁ、もう……」
加茂先輩のあの嬉しそうな表情が暫く頭から離れず、ドキドキしてしまった。
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