伏黒 恵編
そこにいたのは恵だった。
しゃがみ込む私を呆れるように見下ろしていた彼が手に持っていたのは、私が探していたメモだった。それに思わず、あ!と声を上げて立ち上がると、彼は予想通りの反応だと言うように、私にメモを差し出した。
「そそっかしいのは知ってますけど、何書いてるのかすら分からない物とか……余計に気をつけてくださいよ」
私はそれを受け取り、恵の心の底からの説教だ、と思っていると、彼はそれで、と私の手に戻ったメモを見る。
「で、何が書いてあるんですか?」
「えーと……触れた人の本音が聞けるっていう……」
「は?」
「ご、ごめん、昔色々あって。でも恵が見つけてくれて良かった。大事に至らなくて」
後輩からの冷たい視線を感じる!
私はそわりとしていると、彼は表情を変えることなく、更に問う。
「それを持った人は洗脳状態になるんですか?」
「多分……自分でもよく分かってない」
これはまた叱られるだろうな、と思いながら、メモを破ろうとすると、両手を掴まれ、阻止される。何故、と動揺していると、恵は私の瞳を覗き込む。彼の瞳には動揺する自身が映り込んでいる。
ドキリとするに決まっている。気になる後輩に触れられれば、普段、平然を装っているつもりの私でも、戸惑ってしまう。
「誰に使おうとしたんですか?」
「誰にも……中学の、友人に頼まれて」
私自身にこのメモの効果はない。ただ、恵の真っ直ぐな瞳と言葉に洗脳されているかのようだ。隠していては、また不機嫌にさせるかも、と素直に答えれば、彼は質問を続けた。
「俺のこと、どう思ってます?」
私は言葉に詰まる。そんな質問は、好意のある相手に尋ねるものだ。どう答えたら、と戸惑うが、恵の言動から、私自身に効果があると思っているのか、と気づく。
これは騙されていた方がいいのか、と私はそれを言葉にする。
「す、き……」
恥ずかしくて、でも本音を言った。私は一体何をしているんだ、と顔が熱くなるが、彼は見たこともないくらい優しく笑った。
「俺もです」
「っ、」
決してこんなことで揶揄うような人じゃない。だからこそ、ドキドキと胸が高鳴り、鼓動が速くなる。
手を離され、熱が引いていく。私がぽやんとしていれば、恵はピリ、と私が持っていたメモを破る。
「これはもう、必要ないですね。それじゃあ」
破られたことで術式が切れたメモの半分を彼はポケットに入れ、そのままま立ち去って行った。
実際は五分にも満たないようなその夢のような時間が、とても長く感じた。
「効果ないって知ったら、怒るかな……」
手元に残ったメモの片割れを私は大切にポケットにしまった。
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