呪専夏油 傑編
そこにいたのは傑だった。
そしてその隣にいたのは、彼の呪霊だった。その呪霊の手には私のメモが握られている。
高専内にアラートが鳴らないということは、申告した呪霊なのだろう。
「傑、そのメモ、」
「分かってるよ。君のだろう?私が触れるのも良くないと思ってね」
「わ、わざわざ申告したの?」
「いや、高専内で使うことがあったから、別のことで申告した。そこにたまたま、このメモが落ちてきたんだ」
落ちてきた、ということはきっと、校舎から風に流されて外に出てしまったのだろう。何にしろ、傑が拾ってくれて良かった、と一安心する。
それを受け取ろうとメモに手を伸ばすと、呪霊はそれを握り締めたまま、私に近づいて来る。
「ここには人目に触れるといけない内容がここには書かれているのかな?」
「えぇと……そんなに危険なものでもないんだよね。恥ずかしいから、あまり言いたくもないんだけど、」
「へぇ、良くないことか」
じりじりとにじり寄って来る呪霊は、お世辞にも可愛らしい見た目ではない。
不気味なそれは妙な鳴き声を漏らしながら、メモを離さず近づいて来る。
答えろという傑からの圧力を感じる。
「ふ、触れた人の本音が知れるメモだよ。大したことじゃないでしょ?」
「へぇ、自白剤のようなものか」
「そうそう」
誤魔化せるか、と思っていたが、彼は呪霊の隣にやって来ては、私を見下ろし、笑った。
「でも自白≠ナはなくその人間の本音≠ニ書くんだね。いつ、どこで、誰に、どんなことを聞き出そうとしたの?」
「……中学生の時、友人に頼まれて、好きな先輩から、色々と聞こうとして。それが、古いノートから出てきて、」
「それじゃあ、今は必要ないね」
彼はそう言って呪霊を消すと、メモがハラリと宙を舞う。
私は慌ててそれを掴もうとしたが、代わりに傑が高い位置でそれを取る。
「これを破いてしまう前に……私に聞きたいことはある?」
それに私はドキリとしてしまった。
好きな先輩から本音を聞き出す話をしたばかりだというのに、傑はそれを分かって言っているんだろうか。
好きな人から聞きたい本音なんて、一つしかないというのに。
「こういう物の定番はやっぱり、彼女はいるかどうか、だよね」
「いないよ」
「モテるからいると思ってた」
「いると思われるのは心外だね」
「そうなの?」
何故、心外だと思うのか。
頭の片隅にある可能性に気づき、否定しようとすればするほど、逆に期待が膨れ上がる。
そして自分が彼に期待しているのだと気づき、自覚してしまった。
その気持ちに私が動揺していると、彼はそれに気づき、本音を洩らす。
「そうやって私を意識するのをずっと待ってたんだ。人より鈍感みたいだからね。でも良かったよ、こういった機会でもなければ、私が君をどれだけ愛してるかなん、」
「……す、傑?」
彼は少し動揺したように私から目を逸らすと、メモを私に差し出してくる。
それを受け取ると、彼はコホン、と咳払いする。
「これは思ったより危険だね。自分では別のことを言っているつもりが、当たり前のように本音を洩らす。やっぱり危険だよ、そのメモは」
傑が照れているように見える。意外だ、と思いつつも、先程の本音で胸がいっぱいになっていて、私はポカンと口を開けて、唖然としていたが、彼はツン、と私の頬を突く。
「術をかけた本人に効力はあるのかな?……まぁ、どちらでも構わないけど、ここで返事を貰えるのかな」
「私は、」
私の術式で作った物は、私には効果がない。
それでも、今気づいたこの気持ちを、本音を、彼に伝えた。
back