#1.コスプレイヤーの方ですよね?









いつも通りの日常。
朝起きて、仕事をして、花金には晩酌もする。朝までゲームをしようか悩んだが、いい感じに眠くなってきたのでやめた。
とにかく私はほろ酔い気分のまま就寝した。

そこまでは良かったのに。

寝ていると、ドッと身体が揺れた。
地震かと思い、焦って起きるとベッドから落ちる。


「じ、地震!?」


何が起こった、と私は辺りを見回す。
だが、揺れていなければ何もない、と思っていたが、ベッドの上には大きな人影。
すぐに不審者だと思い、枕元に置いてあるスマホを取った瞬間、腕を掴まれる。


「っ……!」
「ここは穏便に済まそうじゃないか」


優しい声と裏腹に、スマホを置けという強い意志を感じるその手はびくりともしない。
私は放すしかない、とスマホから手を放すと、彼は続けて優しい言葉で話す。


「邪魔をしたね。今すぐ出て行くよ」


暗くて周りがよく見えない。
声だけ聞けば、優しい男性の声。
しかし、戸締りも欠かさずしているこの家に、何故ベッドにいたのか。
考えるだけでも恐ろしい。

やっと手が解放されると、彼はのそりと立ち上がる。
私は足が竦んで立つことが出来ず、大きなシルエットの彼が寝室から出て行くのを眺めていることしか出来なかった。

玄関でガチャリと鍵を開ける音がした。
出て行ったら通報しなければ、と思いながら、せめて顔の特徴だけでも、と玄関の方を見る。
扉を開き、微かな月明かりと廊下の電灯で彼の姿を見せた。
背の高い彼は袈裟を身に纏っていて、ハーフアップにされた長い髪、それを見て連想させる人は一人しかいなかった。


「夏油 傑……?」


思わず洩れた言葉。
すると、私の言葉に反応した彼はこちらを見て、閉まりかかっていた扉をガッと掴んでまた開いた。


「私のことを知っているのかい?」


まずい。
なりきりコスプレイヤーの方ですか?
そんな格好で人の家に入って来るんですか?
深夜に袈裟は心臓に悪すぎませんか?
前から歩いてきたらヒヤッとしますけど?

姿を見た瞬間、次々と疑問が湧き出てくる。
私が何も話さずにいると、彼はまた部屋に戻って来た。


「ひっ」
「宗教関連の人かな、それともお祓いに来た人かな、すまないね。顔や名前を覚えるのは苦手で」
「つ、通報しますよ、帰ってください」


この人、めちゃくちゃやばい人だ。
私はスマホを取ってボタンに手をかけていると、彼はパッとボタンを押して、部屋の明かりを点ける。
眩しい、とギュッと目を閉じた時、彼はいつの間にか目の前まで来ており、私の手からスマホを取る。


「あ……!」
「変わった携帯だ。主流じゃないのに、よく持ってるね」
「は?」


彼を見上げると、そこにはにこりと笑う、少し目つきの鋭い男。
いや、かなりかっこいい。
クオリティ高すぎないですか?


「似ているもので、つい……」


臆してしまい、私は後ろに下がりながら名前を呟いたことについて話すと、彼は寝室の扉の前に立ち塞がり、私の逃げ場をなくした。


「私は夏油 傑だよ。どこで会ったか、教えてくれるかな。そもそも、会ったことがあるのかな?」
「な、ないですないです……」
「どこで知った?」


これは、本物というパターンでいいんですか?
何か……よくある夢小説の、逆トリップみたいな……いやでも、夏油 傑でしょ?どういう状況?怖い……

思わず無言で考え込んでしまう。
それに彼は私に目線を合わせて、少し諦めたのうに話す。


「取り込んだ呪霊が、君を見せた。何か関係があるんじゃないのかい?」
「な、何言って……呪霊なんていない……」


すると何もない私の隣に風が吹く。
何も見えないが、何かがそこにいるということだけは分かった。嫌な汗が頬を伝う。
彼が本物であるという何よりの証拠だった。


「ご、ごめんなさい……本で、本で知りました」


これは、漫画の内容を言ってもいいのか?
推しの夏油 傑が死ぬのは嫌だけど、未来を改変するようなことでは?


「ここは、呪霊も呪術師もいない世界ですよ」


冷静になってそう話せば、彼はは?と思わずつい出た言葉に、私はとにかく臆せず話さなければ、と何をどう伝えたらいいのか、と悩む。


「……夏油、さんのことはフィクションとして本に載ってるというか、何というか」
「その本はどこに?」
「な、ないです。持ってないです。たまたま見ただけなんで。とにかく、私は多少本を読んで夏油さんの過去とか今の事情を知っているというだけで、あとは何も……」


電子書籍派なんで、本自体は持ってない持ってない……嘘は吐いてない。


「私の取り込んだ呪霊、は……」


彼はそこでハッとして辺りを見回した。
何があったというのか。


「こんなことは初めてだ。取り込んだ呪霊が消えた」
「えっ」
「君の話は信じがたいが、今は必要な情報だね。呪霊が関わっているのだし、後を追う。ついて来て」
「は、はい……」


かっこいいし、推しだけど、目の前にいると怖すぎるな……高専時代なら良かったんだけど……いや教祖夏油様もそれはそれでかっこいいんだけど……

私はパジャマから外着に着替えると、夏油さんの後について行く。


「あの呪霊は君に関わりがある。何か心当たりは?」
「な、ないです。そもそも見えてないので」
「そもそも、私がフィクションとはどういう意味?」
「うーん……別の世界のお話っていう感じでして……」


へぇ、と彼は興味なさそうに呟き、そのまま話さなくなったと思いきや、マンションの一階まで下りてくると、彼は私に問う。


「名前は?」
「壱紀 涼華です……良かったら名前で、呼んでください……」


こんな機会はないし、私は猿とはいえ、少しは行動を共にするんだから、親しくはしたい。


「いいよ、涼華。車とか持ってないかな?」
「持ってますよ」
「じゃあ出して」
「あ、はい」


鍵を持って来ておいて良かった、と愛車に乗り込むと、彼は後部座席に座る。
そこ座るんだ、と思いながらもエンジンをかけると、彼に問う。


「どこに向かえばいいですか?」
「とにかく南に向かって」
「はい……」


私は車を走らせると、彼はボーッと外を眺めていた。
時々、指示をしてきて、私はただそれに従う。
よく分からないけど、明日が休みで良かった……








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