#7.最強の旦那さん。







 新婚生活が始まっても、私達は何一つ変わらない。ただ苗字が五条となり、薬指に指輪がついただけ。まぁ、それだけでも私は十分、幸せなのだが。
 呪術高専での仕事も再開したが、補助監督になるのは諦めた。そもそも勉強不足で、普通なら四年、呪術高専に通わなければならないのに。今の私には事務作業で十分だ。
 仕事も片付き、最後は電灯が壊れていると報告を受けた為、それを取り替えて終わりだった。しかし、替えの電灯が残っておらず、仕方ない、と車を出して電灯とついでにスーパーで買い物をして行こう、と街へ出掛けた。
 メモしていた電灯の番号を確認しながら、夕飯の材料なども買っていく。スーパーから出て、車に戻ろうとすると、その車の前には、袈裟姿の男が立っていた。大きなピアスをして、髪をサイドアップで束ねている彼は少し胡散臭い。

「五条 悟の恋人、いや、結婚して奥さんになったんだったかな。君だろう?」
「そうですけど……誰ですか?」
「悟の親友だったんだ」

 過去形な辺りが気になるが、何だかその言葉を信じたくなる不思議な人だ。

「えーと……私に何か用ですか?」
「悟が結婚したって聞いて、相手がどんな子か気になったんだ。少し話がしたいと思って。車、いいかな」

 一応、呪力で身を守る術を身につけたつもりだ。もしナイフが飛び出してきたとしても、反応出来れば大丈夫なはず。それに、逃げたら逆にヤバそう。

「どうぞ」

 私は車の鍵を開けると、彼は助手席に乗り込む。彼は助手席の前に飾ってあるいくつかのフィギュアを見る。

「これ、君の趣味?」
「いえ……悟さんが、ジュースのオマケについてきたから、とそこに飾るようになったんです」
「ふふ、なるほどね」
「……悟さんとは、親友だったんですか?」
「あぁ。喧嘩してしまってね。それっきりだ。でも、高専にいた時のことを考えると、あの悟が結婚なんてね。しかも恋愛結婚。五条家が用意した人じゃなかったんだ」

 彼はそのフィギュアのひとつを取り、手遊びをしており、私はそれを見ながら、話す。

「私は呪術界のこと、ほとんど何も知らないんです。五条家、御三家のことは結婚の挨拶の時に知りました」

 その言葉に、彼はくつくつと笑った。変なことを言っただろうか、と首を傾げると、彼はフィギュアを元の位置に戻し、ドアの肘置きに肘をつきながら、私を見る。

「そういう、普通の人間って感じのとこに惹かれたんだろうね。呪術界にはなかなかいない。まぁ、悟に馴染んでる辺り、普通じゃないのかもしれないけどね」
「私は出会って間もなく、交際0日で求婚して来た人と、今では結婚してるんですからね」
「それは君も相当変わってる」
「まぁ、はい。そう言われても仕方ないかと。悟さんはどんな人でした?」
「デリカシーがなくて、いつも人を煽ってたなぁ、でも、一緒にいて楽しかったよ」
「そうですか……」
「……君を利用出来ないかと考えたけど、無理みたいだね」
「えっ」
「ふふ、悟によろしくと伝えておいてくれ」

 そう言うと、彼は車から降り、そのまま去って行った。一体何だったんだろうか、と私はとにかく高専に帰ることにした。
 名前を聞いていなかったけど、悟さんには聞けばいいことか。

 高専に帰って来ると、事務室の冷蔵庫に冷蔵が必要な物を詰め込み、脚立と電灯を持って事務室を出た。壊れている電灯を替えようと脚立に上がり、上に手を伸ばす。フラついたが、何とか取り外すことが出来、次はそれを嵌める為に腕を伸ばす。しかし、足元が崩れて倒れそうになった時、温かい物に支えられた。私は助けられた、と下を見ると、そこには悟さんがいた。

「今回は君のピンチに間に合ったね」
「ありがとうございます。またドジしちゃうとこでした」
「もー気をつけなよー」

 彼は私に抱きつき、グリグリと私の腹に頭を押しつけている。それに丁度良かった、と電灯を替えながら話をする。

「悟さんの親友に会いましたよ」
「は?」
「悟さんの学生時代の話とか聞いちゃいました」
「……何か言ってた?」
「恋愛結婚なんてしないと思ってた、とか。あと、私を利用しようと思ってたけど、やめたとか。あとは悟さんによろしく、とのことでしたよ」

 やっとつけ終わるが、悟さんは私の腹に顔を埋めたまま黙っていたが、そっか、と呟く。

「そいつの名前は夏油 傑。特級の呪詛師だ」
「えっ」
「君を殺すことはないだろうけど、関わらない方がいい。見かけたらすぐ、僕を呼んで」

 抱きしめる手に力が入り、私は彼と何かあったんだろうな、と思いながら、悟さんの頭を撫でる。

「分かりました。それより仕事は?終わったんですか?」
「うん、今日はもう終わったよ」
「じゃあ、私と一緒に帰りましょう。私も今、仕事が終わったので」

 悟さんの頬を撫でると、彼は上を向く。包帯で視線は合わないが、彼の額に唇を落とす。

「いつも見上げてたから新鮮ですね。私、悟さんのこと、何も知らないんだなって思いました。悟さんが話してもいいと思える範囲でいいですから、私に教えてください」
「……うん」

 悟さんは私の尻に腕を回し、ひょいと片腕で持ち上げると、もう片手で脚立と、取り替えた電灯を持って事務室の方へ歩いて行く。

「視線が高い」
「頭、気をつけて」

 事務室に入る直前、壁にぶつかりそうになり、私は頭を下げて避けると、事務室内で下ろしてもらった。そして、冷蔵庫から食材を取り出し、袋に入れると、彼はそれを持ってくれる。

「今日はビーフシチューです」
「楽しみだなぁ、しばらくちゃんと手料理食べれてなかったし」
「そうですね。ふふ、楽しみにしててください!」

 私達は手を繋ぎながら、高専を出て、帰路に就く。
 繋いだ手の温もりを感じながら、出会った時のことを思い出す。私は出会った時から彼に守られている。私は、彼の過去や未来は深く考えていない。ただ、今の彼が大好きで、ずっとこの幸せな生活が続けばいいのに、とばかり考えている。この幸せが、この気持ちが、彼に伝わってくれれば、私は何もいらない。

「悟さん」
「ん?」
「大好きですよ」

 それに照れたように笑った彼は、私には他の人と変わらない、普通の男の人に見えた。それでも彼は、この世で最も強い、最強の旦那さんなんだ。








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