#3.ちょっと強引どころではない。
本当に、本当にいいのだろうか。
折れた肋骨や右腕、右足。傷ついた内臓、身体中の擦り傷や切れ傷、打撲痕。顔にも多くの傷がある。そんな私に求婚した彼は何を考えているんだろう。
唐突なことで軽くパニックを起こした私は、とりあえず恋人から、ということでその場を収めたが、未だに分からない。リハビリを受けながら、担当の看護師に相談してみると、割とドン引きされた。でもイケメンだし、楽しそうな人だし、とりあえず恋人として過ごしてみたらどうか、とアドバイスをもらった。
うーん、まぁ確かに五条先生のことは嫌いじゃない。何度も助けてもらったりして恩を感じている。でも恋愛感情があるかと問われれば、首を傾げてしまう。強引だけれど、彼はすごい人なんだ。まず容姿が良い。次に呪術界最強……いや、人類最強。守ってくれる。それなりの地位にいて、高収入で……憧れるけど、何でだろう。違うなぁ……
そんなことを考えていると、今日も病室に彼はやって来た。
「お疲れサマンサー!今日もイケてる恋人の悟クンがお見舞いに来たよ!」
「五条先生、病院では静かに……」
テンション高いな……いや、元気はもらえるんだけどね?
彼はそうだったね、と言いながら、持って来てくれた花を手際良く交換してくれる。
「君に会えたのが嬉しくてさ!怪我も治ってきて、リハビリも頑張ってるみたいじゃん、偉い偉い。そろそろ退院してもいいって」
「そうですね。何か身の回りの世話をされるのって申し訳なくなりますし、早く退院したいです」
「そうだね、じゃあ家の鍵くれる?」
「えっ」
「僕の家においでって言ったじゃーん!荷物まとめとくからさ!」
「いやいや!お世話になるなんてダメですよ!」
「恋人でしょ?それに、僕は出張が多くてずっと家にいるわけじゃない。気を張らなくていいよ」
そう言われても他人の家だしなぁ、と眉尻を下げると、大丈夫大丈夫、と彼は勝手に私のバッグから自宅の鍵を取る。
「それに、君のご両親に許可はもらってるから。喜んでたよ」
「い、いつの間に!?」
「昨日」
「あぁ、黙っておこうと思ったのに……」
私抜きで両親に挨拶しに行く勇気もすごいわ。いや多分無神経なんだ、この人。
「ま、鍵はいいか。君からお母さんに。お母さんが荷物をまとめてくれるらしいから、安心して」
「はぁ……強引ですね……」
「ちょっと強引な男の方がいいでしょ?」
ちょっとどころじゃないんだよなぁ……本当にいいのか、これで。
「君は何も心配しなくていいよ」
その言葉に説得力があるのは、彼が最強だからだろうか。それとも私が信用しているからだろうか。どちらにせよ、何故か安心出来たのが不思議だ。
「嫌だと言っても無駄そうですし、分かりました。母と相談して荷造りします」
「そうこなくっちゃ!流石は僕の可愛い恋人だねー」
何だこの人。最近毎日これだ。恋人という感じが全くしない。でも何だか彼は嬉しそうで。
「私のどこが好きなんですか?」
「全部」
「もうそれ言っておけばいいって感じじゃないですか」
「えー、何々?詳しく聞きたいの?」
「まぁ……はい」
自分の良いところなんて思いつかない。二度、恋人がいたことはあるけど、優しいとか可愛いとかありきたりな理由だった。いいとは思うんだけど、しっくりこなかった。
「君って唯一、僕に触れられる特別な存在じゃない?そんな存在はさ、いつか呪詛師に買収されて敵になる前に殺しちゃいたいくらいなんだけど……」
怖っ、そんなこと思ってたの?呪術界だと普通、なのか?いや、普通じゃないでしょ。あれ?好きなとこの話してるんじゃなかったっけ。
「でも君、すっごい弱いじゃない?攻撃を通さないくせに、呪霊すらまともに祓えない。そんな人間が僕に刃向かったとしても勝てるはずがない。すっごい弱い。可哀想」
「ど、同情ってことですか?」
「いいや?弱い奴の気持ちなんて知らないし。気を遣うのも面倒だ。だけど君は弱さも死を受け入れる覚悟があるよね」
「そう、ですかね?」
「それに惹かれるんだ」
「はぁ」
「つまり、僕にとって君は特別で、守ってあげたくなるなって話。死んだらやだなぁって」
「やだなぁって軽いですね」
「だって、僕が常に一緒にいるわけじゃないでしょ?人は簡単に死ぬ。でも出来るだけ死なない為に、傍にいてほしいってだけ。あとは僕を慕ってくれて可愛いなぁって思うし、適応力もあっていいよね。ドジっ子なとこも可愛いなぁ」
そこが私の良いところ?何か腑に落ちないけど、守りたいと思われることは女性としていいことなのかもしれない。
「ありがとうございます……」
「僕の好きなところも言って?」
「えぇ……」
そもそも好きだとも言った覚えがない。でも言うまでしつこいんだろうな……五条先生のこと、何となく分かってきた。
「えー……強いし、かっこいいし、背も高いですよね。あとは、一緒にいると元気になります」
「本当?嬉しいなぁ、普段元気じゃないの?」
「元気ですけど、何か、無駄なこと考えなくて済むっていうか……五条先生で手一杯になっちゃうので」
「僕と二人でいる時は僕のことだけ考えていればいいんだよ」
彼は大きな手で私の手を取ると、優しい声でそう言った。何か今の、好きだなぁ。そう思いながら、私は手をそっと回して彼の手を握ると、彼はふと笑って私にキスをする。舌を入れようとしてきたのには驚いたが、私は受け入れた。この人、普通にキスが上手い。このまま流されて飲み込まれそう。
「ん、ごじょ、せんせ……」
「先生って呼ばれるの、何だかイケナイ関係みたいでいいけど、恋人なんだから名前で呼んでほしいなぁ」
「……悟さん?」
「そうそう。素直でいい子だね」
ものすごく子供扱いされ、甘やかされている。彼は私をダメにするつもり?それくらい甘えたくなる。怖い怖い。流されていく。
「そろそろ帰るよ」
「ありがとうございます、来てもらって」
「ん、家のことお母さんによろしくね」
「あ、はい……」
忘れてた……後で連絡しなきゃ。五条先生、悟さんはじゃあね、と帰っていった。
その後、私は母に連絡すると、母は大喜びしていた。前の彼氏よりいいわ、とか結婚するの?とか、そんな話ばかりだったが、私は家の荷物についての話に戻したのだった。
以前の恋人と比べるにはまだ日は浅くて、結婚も私は先のことだと考えていた。同棲もしたことがない。出張が多いから、とは言うが、人の家だ。緊張するのは当たり前。
***
「う、うわ……」
退院して、悟さんに連れて来られたのは高級ホテルのような広い部屋。一人では持て余しそうな、モデルハウスのようなマンションの一室。家具は実家で使うということで、私が持って来たのは日用品や洋服くらいのもの。悟さんは第一声がそれ?と笑いながら入って行くと、あ、と声を上げて振り返る。
「おかえり!」
「え?」
「ここが君の家になるんだから」
「た、ただいま……」
彼はゆっくりと私の手を引いて入っていく。
「ここがトイレで、こっちがお風呂」
「広い……」
「二人で入れるね」
「まだ早いかと……」
彼は次々と部屋の説明をしていく。慣れるのに時間がかかりそうだ。最後に、とキングサイズのベッドがある寝室を案内された。
「ここ、寝室ね」
クソデカベッド。語彙がなくなるわ。え、待って、まさか。
「今日からここで一緒に寝ようね」
「こ、これだけ広いんですから、ベッドもう一つくらい買いましょうよ!」
私の家は和室があったから敷布団派だった。ベッドがあるからいらないよと言われて来てみれば……
「そんな照れなくてもいいでしょ。こんだけ広いんだから、慣れていけばいいよ」
ま、まずい。ここは悟さんの独擅場だ!いや、今までもそうだったけど!
「緊張しないで、怪我してる間は手を出さないからさ」
「ひぇ……」
この人、やっぱり手が早い……私の中に早くも諦めが出てきていた。やはり同棲は早かった。いや、まず両親が懐柔されたことが失敗だったんだ。そもそも、あのもらい事故が……
「今更どうしようもないよ、諦めなよ。腕が治ったらでいいから、君の手料理が食べたいなぁ。事故して結局食べれなかったしさ」
「あ、頑張ります……」
そうして、私達の同棲生活は始まった。
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