#1.彼は最強、私は最弱。





 私はごく普通の会社員。彼氏はいません。私が社畜で会えない期間が多くなった所為か、相手が浮気していたので別れました。
 馬鹿みたいに運動神経も要領も悪くて、上司に叱られるのが日常。
 でも唯一普通じゃないことといえば、よく分からない生物が見えることだ。それが普通じゃないと気づいたのは、小学生の頃に胡散臭い霊媒師のような人にお祓いされてからだ。全く意味はなかったけど。でも、ただそこにいたりするだけで、目を合わせなければ何もない。
 そう、思っていたのに。

 夜、会社に忘れ物をした為、自宅に帰ってからまた戻って取りに向かった。今日、家でやらねばならない作業があるのだ。
 管理人さんは私の要領の悪さ、忘れ物の多さを知っている為、開けてくれる。しかし、今日は会社前にめちゃくちゃデカい謎の生物がいた為、私は思わずそれを見上げた。

「うわ、何これ。入れないよ」

 そのよく分からない肉の塊は何本もある手を振り上げたかと思えば、私に向かって振り下ろしてきた。


 あ、死ぬ。


 一瞬、走馬灯のようなものが見えた。だが次の瞬間、私の身体は浮き、けたたましい音と共に、その生物は破裂するように消え去った。

「いやぁ、危なかったね。もうちょっと遅かったらペシャンコだ」

 そう軽く話した彼は目元に包帯を巻いた男で、その包帯の所為か、彼の白髪は逆立っている。目を見なくても分かるイケメンオーラ。そんな彼にお姫様抱っこされている。私は情報量の多さに唖然としていると、彼は私の顔を覗き込む。

「あれ、大丈夫?」
「……な、え、何が起きたの?」
「君、あぁいうの頻繁に見える?」
「貴方も見える人ですか?」
「そうだよー、あれを祓うお仕事してるんだよね。僕、最強なんだ」
「へ、へぇ……?」

 祓うということは幽霊的なものなのだろうか。でもとりあえず下ろしてほしい、と私は身体を動かす。

「あの、助けてくれてありがとうございます。下ろしてもらっても?」
「あぁ、そうだったそうだった」

 彼はやっと下ろしてくれたが、そこで分かった。この人、めちゃくちゃ背が高い。一九○センチはあるだろう。

「呪術を教わったことは?周りに見える人がいるとか」
「いえ、貴方が初めてです」

 呪術、ということは呪い?呪いが具現化したらあぁなるということ?……よく分からない。

「そっか。じゃあ、僕が色々教えてあげようか?」

 そう言って、身体を曲げて顔を覗き込まれる。いや、めっちゃ近い。キスでもするのか、というくらい。

「教えるって……呪術をですか?」
「そっ!呪術師になるも良し、補助監督でもいいかもね。ちゃんと会社で働いてる真面目ちゃんかもしれないし、しっかり働いてくへそう」
「えっ、転職出来るんです?」
「していいよ。見えるなら大歓迎!万年人手不足でね、うち」
「じゃあ頑張ります!この会社、クソなので!」

 よく分からない職種だけど、やっと転職先を見つけたな、と私はわくわくした。


 それからは淡々と仕事を辞めて、とりあえず東京都立呪術高等専門学校の事務員兼清掃員として働くこととなった。
 学長は、本当に学長?というくらい厳つい。プロレスラーの方ですか?
 補助監督だという伊地知さんは真面目で優しい。勿論、他の人も優しいけれど。
 そして、この仕事は怪我人や死人がよく出るらしい。だからか、医者の家入さんは眠れていないんだろう、目の下に隈が出来ている。綺麗なのに勿体ない。
 そんなこんなで、私は働きつつも生徒達に混じって、呪術について学ぶことになった。まぁ、生徒の邪魔にならないように隣で聞いているだけなのだが。しかし、大体は実技が多くて、私は苦手な運動も強いられるようになった。辛いです。運動神経が悪い為、変な走り方だとか、ヘロヘロしたキックやパンチだとかで笑われるけど、普通はそうなのでは?こっちはデスクワークしかやって来ていない。

「お、やってるね。慣れた?」

 そこにやって来たのは五条 悟、私を助けてくれたその人であり、ここへ来て聞いたのだが、この人は最強らしい。自称かと思っていたけど。それ故に彼は忙しいようで、一度だって教えてくれるという呪術を本人から教えてもらったことはない。

「呪術師には向いてないみたいです。運動神経悪くて……」
「それは困ったね。でも術式によっては運動神経悪くてもまぁまぁ補えるかな。確かめてみよう、特別レッスンしてあげる」
「よろしくお願いします」

 何か誤解を招く言い方だな、と思いながらも、生徒達と別れると、私は彼の後について行きながら問う。

「五条先生はどんな術式使うんですか?」
「無下限呪術っていってね、無限級数を現実にすることが出来る」
「ちょっと何言ってるのか分からないです」
「試してみる?」

 そう彼は振り返ると、手のひらをこちらに向けてくる。

「何か、静電気みたいにビリッとかなったりしません?電気系苦手なんですよね……」
「ならないならない、大丈夫」

 私は二回りくらい大きな彼の手に触れる。確かに何もない。ただしっかりとした男の人の手に触れただけ。

「手、大きいですね」
「あは、君すごいね」
「何でですか?」
「普通はね、僕に触れることが出来ないんだよ?僕の周りには無限がある」
「やっぱ何言ってるのか分かんないですね」
「へぇ……呪力を受けつけない、無効化するのか」

 すると、大きな手が私の手を握る。初めも思ったけど、この人、距離感おかしいよなぁ……

「なるほど、呪力が全て無効化の為に使われてるのか。攻撃に呪力は込められないか……?なら術式も……」

 ぶつぶつと何かを言っているが、私には理解出来ない。とにかく、私は最強の鉄壁を通り抜けれるわけだ。
 私が手を離そうと引っ張るが、放してくれない。ジッと私を見て考え事をしている。そもそも包帯で私を見ているのかすら分からない。

「あの、五条先生?」
「いやぁ、こんなの初めて見たよ。面白い。どんなことが出来るか、色々試してみようか」
「はい……」

 やっと手を放してもらえた。それじゃあ始めよう、と五条先生の特訓が始まったのだった。
 しかし──

「僕でも手に負えないね!」
「そ、そうですか……」
「基礎的な運動能力もダメ。呪力操作もままならない。鍛えれば、と思ったけど、これは天性のものだね。盾くらいにはなるんじゃない?」
「た、盾……結構雑な扱いだなぁ……でも私、結構怪我しますよ?それに呪霊に殺されかけましたし」
「呪力の篭っていない物理攻撃が当たるのは確実。じゃあ、呪力の篭ってる物理攻撃はどうなるか……試してみる?」
「お願いします!」
「お、いいね、やる気だ」

 でも手だけ、と私は五条先生に手を伸ばしてみる。彼は私の手のひらを殴ろうとするが、その拳は私の手のひらスレスレの所で止まってしまう。

「へぇ!やるね。薄皮一枚ってとこ。ギリギリ届かない。僕の無限と同じではないけど、この壁は呪力を全く通さない。呪霊なら尚更だ。君に攻撃が一切通用しない。逆に、自分からは壊しに行ける」
「それ、強いですか?」
「んー、弱いね」
「ですよねー……本当に盾になるしか」
「厄介なのがさ、反転術式による治療を受けられないんじゃないかってこと。怪我しても、硝子の反転術式じゃ治せないんじゃない?可哀想に」

 え、それって普通なのでは?と首を傾げると、彼はふと笑い、私の手を握った。

「そういう天与呪縛だ。僕の呪術すら通さないんだもん、完璧だよ。だけど、人間相手には弱いし、怪我も治せない。運動神経も悪くて、守り以外に呪力は使えない。弱すぎてすぐ死んじゃうよ」
「えー、大丈夫ですよ。今までそうやって生きてきたんですから」
「やっぱこの仕事辞めたら?」
「えぇ!やっと転職出来たのに、行く宛がないですよ!折角仕事にも慣れてきて楽しいのに……」

 高専内での今の仕事も危険じゃないし、出来ればいたい。そう思っていると、彼はま、いっか!と明るく話す。

「前回みたいに外で働くより、高専内で働いてた方が安全かもね。そうしよう」
「良かった、頑張りますね!死んだら死んだで仕方ないです!」

 元々、呪霊に潰されて死んでたかもしれないんだから。……ん?私の力があったら潰されなかったのか?……まぁいいか。それより手を放してほしい、と私は手を引っ張るがびくりともしない。

「はは、照れるなよ。そんなに僕と手を繋ぐのが嫌?」
「嫌というか……五条先生、ちょっと距離感おかしいですよね」
「そう?」
「普通、手なんて繋ぎませんよ……」

 すると、何もしていないのに、繋いでいた手がパンっと弾かれ、離れる。

「な、何!?」
「呪力を流したんだよ。掴んだ状態はどうなるのかと思ったら、弾かれたね」
「だ、大丈夫ですか、手」
「問題ないよ。今日はこの位だね。万が一の為に軽く運動くらいはしておいた方がいい」
「分かりました」

 今日の特訓はそうして終わった。でも一応危ない場所に行く時は呪具を持つように、と彼に包丁サイズの刃物の呪具を貰った。これ持ち歩くのは少し怖い。やはり呪術師の仕事は危険と隣り合わせなんだなぁ……


***


 ある日のこと。
 帷は下ろせる私は生徒と補助監督と共に任務に同行することとなった。三級で特に難しいものでもないらしい。しかし、生徒は怪我をした。いつも元気な彼らが今日は落ち込んで、その場に座り込んで休憩している。何か手助け出来ることは、と考えていると、そこにまだ残っていた呪霊が勢いよく向かって来た。

「危ない!」

 こういう時の盾では、と私は呪霊の前に飛び出していくと、呪霊は私にぶつかる前に止まって弾かれる。それを見計らって、私は呪霊に向かって呪具を刺そうとするが、生物を刺すという行為に嫌悪感を抱いてしまう。でもやらないと、と振り下ろすが、呪具が手からすっぽ抜けた。それを見て、咄嗟に生徒達が呪霊を祓う。カラン、と音を立てて地面に落ちた呪具に、私は怪我をしないで良かった、とホッとしながら拾うと、生徒達を見た。

「良かった……怪我、してないかな」
「は、はい。でも大丈夫ですか?何がどうなって……」
「ごめん、よく分からないけど、私は呪力を無効化するんだって。だから呪霊の攻撃は受けないらしいよ」
「す、すごいですね!五条先生みたい……」
「でも五条先生曰く、私はすっごい弱いみたい」
「ま、まぁ、さっき手からすっぽ抜けてましたもんね、呪具」
「油断した……」

 ダメだなぁ、私。呪霊を生物として認識しちゃダメなんだ。そんな事もあり、悩みの種は尽きなかった。

 その日、高専での仕事も終え、自宅まで帰ろうと車に乗り込む。いつも通りだった。赤信号で止まると、ふと携帯が鳴る音がした。どこかに止まろう、と途中、路肩に駐停車して携帯を見ると、五条先生からだった。折り返しの電話をしよう、と私は五条先生に掛け直す。

「お疲れ様です、五条先生」
『もー!一回、いや、ワンコールで出てよ』
「すみません、帰りで運転中だったもので」
『ドジっ子だからその辺、しっかりしないとね』
「ドジっ子って年齢でもないんですけど……」
『それより今日、呪霊の前に飛び出した挙句、祓おうとしたら呪具が手からすっぽ抜けて失敗しちゃったんだって?ドジっ子ちゃん』
「うぅん……一瞬、油断したというか。やっぱり生物に刃物を突き立てるというのは嫌悪感がありますね。生きている魚に包丁入れるのもちょっと……」

 あの感覚に似ている、と仕事中感じていた。それにあー、なるほどね、と彼は気怠げに話す。

『君は術師にならないからいいけどさ、そんな考えじゃ祓えないよ?』
「そうですね……次があれば覚悟を決めて挑みます!」
『はいはい、やる気があるのはいいことだね。それより、夕飯食べた?』
「いえ、これからスーパーに寄って、家で食べようと思ってました」
『料理とかするんだ』
「自炊しますよ。料理は子供の頃から母に教わってるので、そこはドジっ子ではないです」
『へぇ、じゃあ僕も食べていい?』
「家に来るんですか?」
『うん』
「いいですよ。住所知ってましたっけ」
『知ってる知ってる。向かうよ』
「分かりました。あ、好きな食べ物とか、」

 折角なら五条先生の好きな物を用意しようと思った。えーとね、と続けて食べ物の話をしたのだろうが、タイヤがスリップするような激しい音で彼の声はかき消された。その音は近づいてき、次にガシャン!と衝突音が聞こえる。真っ暗な車内に光、その瞬間にはもう嫌な予感がして振り返る。身体に走った衝撃。
 最後に聞こえたのは、何かを話している五条先生の声だった。







back


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -