#5.ずっとその声を。
「五条先生、静かですね」
悟くんと準一級呪術師となった私で、乙骨くんの任務についての相談をしていると、その間で私達の話を聞いていた乙骨くんは悟くんを見てそう言った。
「悟くんは私といる時は静かだよ」
「やっぱりそうですよね」
「僕らの間に無駄な言葉はいらないってことさ」
『やっぱ彼女の前では特別って所を見せておかないとね』
ドヤ顔で話す悟くんに、多分、私の力を知らない生徒達に不仲だと思われてるよ、とは言えない。
「パンダくんに倦怠期って言われてたけど……」
「そんなわけないじゃーん!僕達、今でもラブラブよ?」
『どこをどう見たらそうなるわけ?言葉のいらないカップル、熟年夫婦みたいでしょ。しかも彼女ばっか話してるとか、彼女が僕のこと大好きみたいでいいのに!』
悟くんは私を背後から抱き締めると、ぐりぐりと頬を頭に擦り付けてくる。まぁ、倦怠期と言われてもおかしくない気もする。大人は私を五条 悟の女≠ニして一線を置かれてるようだけれど。でも、不仲だと思われるのは私も少し寂しい気もする。
「まぁ、悟くんの言葉は本当に私には必要ないっていうか……」
『オマエがそんなローテンションだから勘違いされるんじゃない?昔、僕に恋人らしくしてほしい!みたいなこと言ってたくせに。今じゃ真逆じゃん』
いや、悟くんが変わったんだよ、とツッコミたいが、乙骨くんの前だしなと私は堪えた。するとそこに真希ちゃん、パンダくん、狗巻くんがやって来ると、それに気づいた悟くんは私ごと体をそちらに向ける。
「パンダも酷くない?僕らのどこが倦怠期のカップルなの?」
『今すぐキスしたいのを堪えてんのに。生徒の前でめちゃくちゃにしてやろうか。でも、あのトロトロの顔を他人に見られるのはなぁ、僕だけのものだし、やだな』
悟くんの絡みに彼らは面倒くさそうな顔をすると、真希ちゃんは私を見る。
「オマエ、このバカのどこがいいんだ?」
「まともそうに見えんのになー」
「おかか」
悟くんはとことん、生徒に見下されているな……いや、慕われている?昔の彼なら、こんなこと言われたら、手を出していたんじゃないか?いやいや、そこまで過激なことはしないか。そう思っていると、私の代わりに悟くんが答える。
「君達さぁ、恋人がいないからって僻みは良くないよ?僕みたいなナイスガイ、どこ探してもいないから。彼女は昔っから、僕にベタ惚れなの」
『お互い様だよな、好きなとこなんていくつでも言えちゃうよな。面倒くさそうにしているオマエも可愛いよ。任務終わったら家でゆっくりとオマエの好きな映画でも観て、イチャイチャしよっ』
彼の心の声はいつも通りで、彼らも聞こえてはいないだろうが、いつまで経っても話が前に進まない。私は隠す必要もないし、と自分の力について彼らに話す。
「私は一部の人間の心の声を聞くことが出来るんだよ。その一部に悟くんが入ってる。だからわざわざ悟くんが言葉に出さなくても、私には分かるってこと」
「え?ネタバレしちゃうの?」
『もう少し秘密にしておきたかったのに』
「こっちの方が手っ取り早いでしょ?」
硝子ちゃんや伊地知くん達は知っているのだし、秘密にしておいても意味ないでしょ、と思っていると、それに乙骨くんはなるほど、と頷く。
「だから時々、噛み合ってない会話してるんですね」
「なるほどなー、悟の前だとバカになるのかと思ってた」
「いや、付き合ってる時点でバカだろ」
「しゃけしゃけ」
「この子達、私にまで辛辣になってない?」
悟くんと付き合ってるってだけでこんなに評価が下がるものなのか……まぁ、中身を知れば、悟くんと長年恋人をやっているのが不思議に思える。当時、七海くんにも、あり得ないって顔されたもんな。
「じゃあ、五条先生の心を好きになったんですね」
私はそうだと言おうとしたが、いや、中身も中身だな、と考えてしまう。あれ?私、悟くんのどこを好きになったんだ?当時のことを振り返っても、おかしいよな、と思い悩んでしまう。黙った私に、悟くんは急かす。
「答えてあげなよ、僕の大好きなとこ。いっぱいあるじゃん」
「えーと……」
「出てきてねーじゃん」
「あーあ、悟が可哀想だぞ」
「すじこ、高菜」
「ありすぎて困る、とかかな?」
揶揄う彼らに苦笑しながら乙骨くんがフォローしてくれる。優しい……具体的に答える必要はない、それで乗り切ろう。
「そうそう、いっぱいあるから……」
「具体的に言えよ」
悟くんは私の顎を掴んで、グイッと真上を向かせて、自分の顔を見せる。圧がすごいし、首が痛い。
『何誤魔化そうとしてんの?あるでしょ。この十年で百個はある』
「悟くんは百個も言えるの?」
「言えるね」
「じゃあ言って?」
『全部に決まってんでしょ。まず、何しても可愛い。僕の全部を分かってるとこが好き、それから……』
彼なら本当に何個でも言えそう。心の中でならの話だけど。
「それ、全部口で言って」
「言う必要ある?」
「あるから言って」
生徒達は何を見せられているんだ、とわざとらしく肩を竦めると、悟くんは何も答えないまま、しばらく私を見つめた後、パッと手を離す。
「やーめた!僕に何の得もないし」
『何でわざわざ言わなきゃ何ないの?恥ずかしいでしょ』
悟くんは、あとは任務よろしくねーと言い残し、足早に去っていく。心の声が聞こえない、残された彼らは何で逃げたんだ?と首を傾げた。でも、私には分かる。こういうとこがいいのかも知れない。微かな優越感。
「まぁ、あぁいうとこが可愛いよね」
「は?何言ってんだ?」
「心の中では散々、好きだとか可愛いとか言っておきながら、口ではそれをなかなか言えないんだよ。恥ずかしくて」
昔から変わらない。本人曰く、むず痒くなるのだとか。口に出すことと、心で私に訴えかけることの何が違うのか、私にはあまり分からないのだけれど。
「本命童貞ってやつ?」
「それそれ。いつも、心の声では聞こえてるんだから、言わなくていいでしょって逃げるの」
「アラサーが何言ってんだよ」
「はは、昔からだよ。さ、乙骨くんは私と任務だよ。行こうか」
「あ、はい!」
今日は悟くんを懲らしめてやったな、と私はご機嫌だった。
***
一人での任務を終え、生徒達にお土産を、と校舎の方へ向かっていると、たまたま乙骨くんと話をしている悟くんを見つける。
『今後の憂太の力のつけ方を決めておかないとなぁ……体術は一年生でどうにかカバー出来るとはいえ、呪力の使い方はまだまだだ。彼女に懐いてるし、任せていいかもしれない』
久々に真面目な姿を見たなぁ、と思っていると、悟くんは私がいることに気がついた。
『僕だけじゃなく……あ、任務から帰ってきてる。二日振りじゃん。あー、今すぐ抱き締めたい』
いつもの調子に戻ってきてる。邪魔をしてはいけない、と真希ちゃん達がいるであろう校舎に向かっていき、通り過ぎようとする。ふと待って、と悟くんがは心の声で話し掛けてくる。だが私はスルーして通り過ぎてようとすると、悟くんはちゃんと声を上げて私を引き止める。
「話があるから、そこで待ってて!」
それにやっと乙骨くんが私に気づき、こうなっては仕方がない、と二人の元へ向かう。
「お疲れ様です。任務帰りですか?」
「そうなの。乙骨くん、これ一年の皆で食べて」
「あっ!ありがとうございます!」
私は乙骨くんに土産を手渡すと、悟くんは隣で僕には?と言っているが、スルーした。すると私に構うのは諦めたのか、彼は真面目に乙骨くんに話をする。
「憂太はまた一年全員で任務に出てもらうから。あと、彼女にきちんと呪術を教わって。僕よりかは暇だからさ」
「分かりました、よろしくお願いします」
「こちらこそ。基礎ばかりになりそうだけど、また教えに行くよ」
それじゃあ、と乙骨くんと別れると、悟くんは不満そうに口を尖らせる。
「何で無視してどっか行こうとするわけ?二日振りなのに」
「珍しく悟くんが真面目なことばかり考えていたから」
『いい加減、オマエが僕を狂わせてるってこと、分かった方がいいと思う』
まるで私が悪いみたいに言うけれど、私はただ通り過ぎようとしただけ。まぁでも、私も理解した上で離れようと試みたわけだけど。
「分かってるから離れようとしたのに」
「何それ、別れるって意味?」
「飛躍しすぎ……その場から離れるって意味。乙骨くんとの会話の途中で、明らかに思考がおかしくなってたし」
「無理、逃げられると思うなよ」
『絶対放さない、別れない!逃がさない!』
あ、人の話聞いてないわ、これ。彼は私を持ち上げるように抱き上げると、そのまま建物内へ向かう。逃げないから歩かせてほしい……
「また妙なことをしているな」
聴き慣れた女性の声がし、それが硝子ちゃんだとすぐに気づくと、声のした方を見る。
「聞いてよ、硝子。彼女が僕と別れたがってるんだ」
「そうか。早く別れられるよう、応援してる」
「は?別れないし!」
「いや、私は言ってないんだけどね、そんなこと。それより下ろしてほしい」
『絶対逃げるし、離したくない。あーいい匂いする。家に帰りたい……』
悟くんは強く私を抱きしめ、私の胸に顔を埋めてくる。相手が硝子ちゃんとはいえ、やめてほしい。
「目の前でイチャつくな」
「不可抗力です」
『とか言って撫でてくれるの可愛い。一生愛せる』
「はっ、いつの間に……!」
癖で目の前に悟くんの頭があると撫でてしまっている。慣れって怖い。このままではダメだ、と無理矢理離れようとすると、私は悟くんの腕からすっぽり抜け、地面に落ちて背中を強打する。
「痛っ……!」
「何してんの?僕の腕の中が一番安全だよ?」
「安全なようで安全じゃない」
「変わらないな、君達は」
硝子ちゃんは肩を竦めると、私はそう?と砂埃を払いながら立ち上がると、それに彼女は変わらないよ、とふと笑う。どこか嬉しそうだ。
「いつまでもバカップルって感じだ。付き合ってられん」
「羨ましいだろ」
「いや、全く。呆れてるんだよ」
『周りの目なんてどうでもいい。僕は可愛い彼女といれればいいの』
悟くんはまた私を抱き寄せる。触れてないと死ぬのか?非常に厄介だ、と退かそうとするが、やはり彼はびくともしない。
「それで硝子ちゃん、報告書出してくれた?」
「あぁ。君もお疲れ」
「ありがとう、硝子ちゃんもお疲れ」
仕事が終わったら休んでほしいなぁ、目の下の隈が気になってしまう。折角の美人が台無しだ。私達がそう話していると、彼は私の頭に顎を乗せ、退屈そうに私の髪を弄る。
「何の話?」
「先に任務に当たっていた二級術師が亡くなってて。検死してもらってたの」
「ふーん……」
『傷ついてんだろうな。後で慰めてやろう』
硝子ちゃんは報告は終わったし、行くよ。と軽く手を振って去って行った。
「さ、僕らも行こう」
「どこに?」
『人目につかない場所、僕もあと二時間で出なきゃなんないし、邪魔が入らない場所でイチャイチャしたい』
そんなことだろうとは思ってたけど。私ははいはい、と悟くんに手を引かれながら、彼がいつも使っている部屋へと入る。高いと噂のチェアに腰掛けた悟くんは、私を股の間に座らせる。私はそんな彼にもたれ掛かると、彼は私の首筋に顔を埋めた。
『あー、落ち着く……好き』
そんな悟くんの声を聞きながら、私はぼんやりと天井を眺めながら話す。
「この間、一年生達に悟くんのどこを好きになったのかって訊かれた時のこと思い出して、考えてたんだよ」
「僕はいっぱい言えるのに、オマエは言えなかったやつね」
「だって、付き合ったのだって半ば強引だったし……何か悟くんのご機嫌取る為に動いてたなぁってイメージ強くて」
「すごい酷いこと言うじゃん……泣きそうなんだけど」
『……僕はこんなに愛してるのに』
抱きしめる腕に力が入り、私はそうじゃなくて、と自分の腹に回された腕を撫でながら話す。
「昔、心の声が悟くんだけじゃなくて、他の人にも聞こえるって分かった時、悟くんは色んな人に嫉妬しまくって、結局は最悪なデートになった時、あったでしょ?」
「あったね」
「でもその最悪なデートを思い出して、思ったことがあって」
『良くないことしか思いつかないんだけど』
彼は不貞腐れるように呟くが、私はそのまま彼に身を預けつつ、あの日のことを思い出しながら話す。
「私は心の声が聞こえる人がいたら、避けて生活するようにしてた。聞きたくなかったの、人の嫌な部分が見え隠れするから。まぁ、悟くんのは避けるに避けられなかったから、何とかご機嫌を取ろうとしたりして、関係を築いていこうとしてたんだよ」
『これ、聞かなきゃダメ?』
少し切なそうに言う彼だったが、私はそれに応えることなく、言葉を続けた。
「……悟くんはね、私が心の声が聞こえると言っても嫌がらず、寧ろ楽しんで関係を築こうとしてくれたのが、私は嬉しかったんだよ。下ネタで困らせられたとしてもね」
「ん」
「あの最悪なデートの時、女性店員に嫌なことを思われてた時、何も言ってないのにそれを察してくれて、外へ連れ出してくれた。今度は悟くんが私の心を読んだと思ってしまうほど、私がしてほしかったことをサラッとしてくれて」
「オマエ、分かりやすいからさ」
そう言う彼の声は私を愛でるように優しく、それも好きだな、と感じ、すぐ隣にある悟くんの横顔を見る。彼はそれに気づくと、私の頬にキスをする。何だか擽ったい。
「ふふ、嬉しかったんだよ。悟くんのどこが好きかと問われれば、私を理解してくれる所、と言いたいけど、それだけじゃ足りないの」
「ん?」
「今でも邪魔だとすら思ってるこの力とずっと付き合うことになったとしても、ずっと悟くんと一緒にいたいと思うよ。避けてきた相手と付き合うことになって、ずっと心の声を聞き続けて、面倒だと思うこともあるけど、私はこの力があって良かったと、悟くんの心の声が聞けて良かったと思ってるよ」
『殺し文句だろ、それ……』
悟くんは再び私の首筋に顔を埋めて、力一杯、抱き締めてきた。苦しいくらいだけれど、これも彼の愛だ。
「所々、好きだなと思う瞬間はあるけど、これだけは変わらないよ。ずっと一緒にいたいと思えるのは悟くんだけ」
「……僕も」
『愛してる。心の底から、そう思う。オマエにはちゃんと伝わってるだろうけど』
「伝わってるよ。私も愛してる」
「『愛してるよ、本当に』」
彼が口で言ったのを聞き逃さなかった。私は再び彼の横顔を見ると、今度は少し照れ臭そうに、誤魔化すようにキスをしてきた。
『あーやば、勃った』
「……しないからね」
「あんなに愛を語っといて?」
「学校だからね、ここは。その代わり、ここで一休みしようか」
そう言って彼の手を握ると、私は目を瞑った。
五条 悟の心の声はうるさい。
それでも傍にいたいと思うのは、もう彼に負けず劣らず、私も彼を愛してしまっているから。だから私にずっと、愛を語っていてほしい。
ずっと、ずっと私の傍で。
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