#2.聞こえない方が、




 五条くんの心の声が聞こえることがバレて、勢いのまま私達は付き合うことになった。私は散々弄ばれ、その度に悩まされてきた。だから私はいくつか改善策を講じた。
 まずは耳栓。心の声は直接脳内に語りかけてくるわけじゃない。声が耳に届く。だから聞こえないようにする為にはただ耳を塞げばいいだけとのこと。試してみると、当たり前だが何も聞こえない。完全に塞げるが、普通の声も聞き取れないのが厄介である。他人に迷惑をかけるし、不便だ。あと、五条くんの機嫌が悪くなるから良くない。
 二つ目はひたすら無視。こういうのはスルーに限る。重要なことだけ聞いていればいいんだから。それにしよう。

 『今日、部屋行ってもいいよな。明日は休みだし、色々シたい』

 授業中だ。五条くんはもう私に心の声を聞かれることに慣れ始めていて、聞かれる前提で心の中で独り言を呟く。エッチなことも平気で言っちゃう、ここが苦手だ。下ネタが苦手というわけじゃない。ただ、この後私がされることが容易に想像出来てしまうのが辛いのだ。恥ずかしい……

 『あー、好き。キスしたい。最近はベロチューもさせてくんない。堅すぎだよな、もういいじゃん。気持ち良くなろーよ』

 煩悩よ消えろ!やめろ!私はもっと段階を踏みたい。手繋ぎデートも、触れ合う程度の軽いキスも、まぁ慣れた。しかしあのキスはまだ慣れないし、エッチは勿論、まだ。あぁ、こんなだから元カレに振られたのかな……そう考えながらも、ひたすら彼の言葉を流していた。いつもなら反応して、やめてと言うが、今回は無視し続けた。

 『無視?嫌いなの?俺のこと』
 『流石にやり過ぎたか?』
 『俺は好きなのに……こっち見てほしい』
 『あぁ、クソ……触れたい、授業なんか早く終わっちまえ』
 『好き、こっち見て』

 何だこの人!私が悪いみたいだし、何でこんなに溺愛されてるのか分からない。

 『俺が思ってるより好きじゃないのか、俺のこと……』

 そんな切ない声を出すな!いや、実際出してないけど!あぁ、もう!いつも仏頂面なくせに、私が困ってたらニヤニヤ笑って遊んでるのに!ちょっと可愛いと思ってしまう自分は何なんだ……ちょっとキュンとした。
 無視しきれていない自分に、この対処法もダメだ、と五条くんをチラリと見る。ふと目が合ったかと思うと、彼はニッと嬉しそうに笑う。こ、こんなはずじゃなかったのに。
 私が机に項垂れると、夏油くんと硝子ちゃんはそれに気づいて、またか、と呆れたようにため息を吐いた。

「俺、何も言ってないし」
「セクハラしてんでしょ」
「してないって」

 いやもう……何も言えない。夜蛾先生に集中しろ、と叱られ、私は頑張ります……と言いつつ机に伏せた。

・・・

「おつー」

 授業も終わり、今日は任務もない。ベッドに座り、壁にもたれかかりながら本を読んでいる最中、ノックもなしに五条くんが部屋に入って来た。無作法なのはもう慣れた。

「堅物ちゃんはまた本読んでんの?」
「いいじゃない、私が何をしようが」

 『もっと良いことしよ』

 彼はベッドに上がって来ると、伸ばしている私の脚に跨る。あ、しまった。逃げ場がない。

 『今日の部屋着、脚出てんじゃん。昼ので期待してんのかな』

「しないからね?」
「オマエ、狡いよな」

 彼は私の脚の間に座り、逃げないように、壁に足をつける。唐突に何を言い出すんだ、と首を傾げると、彼はだって、と話す。

「俺の心の中はお見通しなのに、俺はオマエの心の中が分からない」
「それが普通でしょ?私はこんな力、いらなかったよ」

 どれだけ私がこの力に苦しめられてきたか。街中や電車の中、人気の多い場所は常に人の声が聞こえる。どれもこれも、ネガティブなものばかりだ。気が滅入る。

「でもそれがあったから今、俺と付き合えてんのに」
「……どうなんだろ、でもそうかも」

 『俺と付き合いたくなかったってこと?何それ。やっぱ俺ばっかり好きじゃない?』

「そんなこと、ないけど」
「……何も言ってない」

 彼は私の手から本を取り、ポイとベッドに投げると、そっと唇を寄せて来る。そしていつもの軽いキスが続く。そこでふと、授業中の彼の心の声を思い出してしまう。あぁ、余計なことを考えるな。すると、彼はそれを見透かすように私の唇を舐める。

 『ベロチューしたい、口開けて』

 流されたくないと思うのに、そのまま口を開けて彼の舌を受け入れてしまい、好きに弄ばれる。これをされると、頭がぼんやりしてしまう。それに……

 『あー気持ちい、好き、好き』
 『すっげぇ好き』
 『もう顔トロトロじゃん』
 『犯してぇ、ぐちゃぐちゃにしたい』
 『好き』

 キスをしていると、いつもこうだ。これは意識していない心の声。だからこそ余計に、ドキドキする。
 やっと唇を離すと、彼は私の首筋にキスを落とす。それに思わずびくりと身体が跳ねた。

「ごじょ、くん……」

 『そのまま抱いていいよね』

「ダメだよ、やめて」
「いつになったらいいんだよ」

 『もう何ヶ月もシてないんだけど』

「こ、心の準備が出来てない……」

 付き合ってしばらく経つけど、まだ自信がない。きっと五条くんは女性を選びたい放題ってくらいモテてるはず。そんな綺麗な人達と比べれば、私の体なんて、大したものじゃない。幻滅されるのが少し怖い。それに、私はシたことないんだもん。

「……じゃ、いい」

 『大事にしたいし』

 その心の声が嬉しくて、幸せで。あぁ、彼を好きになってしまったな、って思った。言葉には出さないけど、本心ではそう思ってるんだと、私には分かる。
 彼の本音には時折、心を奪われる。


***


 今日の任務はものすごくハードだった。怪我をするくらい強くて、本当に死ぬかと思った。私はまだ弱い。もっと精進しないと。
 硝子ちゃんから治療を受けていると、そこに五条くんと夏油くんがやって来ては早速、五条くんが突っかかってきた。

「弱いくせに無理して祓おうとしてんじゃねぇよ」
「でもちゃんと祓えたから、」
「その場にぶっ倒れたら意味ない。もう一匹いたらどうすんの」
「……ごめん」
「まぁまぁ、無事だったんだから。心配する気持ちも分かるけど」

 夏油くんが宥めてくれ、五条くんは拗ねるように弱い弱い、と口を尖らせる。でもそれより、今日は休みたい。

「ごめん、今日は休ませて。本当に貧血気味で疲れてる……」
「何かあったら言って」
「ありがとう、硝子ちゃん」
「……おやすみ」

 五条くんは彼らの前だというのに、私にキスをしてきた。見せつけられた、と夏油くんと硝子ちゃんは部屋から出て行くと、五条くんもニヤニヤと笑い、軽く私の頭を撫でてから出て行った。でも何だか落ち着いた。眠ろう。

 翌日。教室に行くと既に三人がおり、私はおはよう、と声を掛ける。

「おはよ」
「おはよ、大丈夫?」
「大丈夫、ちょっと貧血気味かなって」
「ふーん……」

 寝足りないなぁ、と思いながら席に着く。そこに夜蛾先生がやって来て、任務についての話があった。今日は私だけ休み。当たり前だ、こんな状態じゃ足手まといになるだけだし。私は隣で彼らの任務内容を黙って聞いていた。
 彼らはそれじゃあ行くか、と立ち上がり、私は見送りしようとついて行く。すると五条くんはジッと私を見つめてきた。

「ん?どうしたの?」
「……いや、何でも」

 あれ?心の声が聞こえない。何も考えていないわけじゃないはず。こんな何か言いたげな顔してるんだから。しかし心の声は聞こえないまま、彼はそのまま去って行く。
 もしかして、聞こえなくなった?

・・・

「なぁ、何で無視するの」

 私は今日の授業が終わり、五条くんは任務終わりに少し寂しそうに話し掛けてきた。確かに授業中、珍しく何も聞こえてこなかった。本当に聞こえなくなってしまったのか。

「何も聞こえないの、五条くんの声」
「マジで言ってる?」
「言ってる」
「……」
「……」
「…………」
「いや、だから、何も聞こえないよ。何考えてたの?」
「別に……何でもいいでしょ」
「エッチなことも聞こえなくてよかったよ」

 そう笑って言えば、彼は不機嫌そうにする。悪戯出来なくて悔しいか、そうだろうそうだろう。

「今日、部屋で一緒に映画観ようって言ってたよね。五条くんの部屋で観る?」
「ん」
「じゃあ夜食でも持って行くよ」
「甘いのがいい」
「了解、また後でね」

 軽く手を振り、私は気が楽になった、と気分良く部屋へ帰った。
 その日、私は様々な味の種類があるクッキーやチョコ、たまに塩っぱい物が食べたくなるから、ポテチや煎餅を買った。それを持って男子寮に行き、五条くんの部屋をノックする。奥から、開いてる、と声が掛かった為、ドアノブを捻って開けると、映画を観る準備をしている五条くんがいた。私はお邪魔します、と声を掛けてはテーブルにお菓子を置く。

「それ、買って来たの?」
「うん。嫌だった?」
「別にー、何でもいいし」

 不満そう。心の声が聞けたら、要望に応えてあげられたかも。そう思ってしまっている自分が少し情けなくなった。彼のことが分かっていないような気がして。
 私達はベッドを背もたれにして映画を観始める。今日は彼の心の声が聞こえなくて、とても静かだ。いつも声が大きくて困っていたけど、いざそれがなくなると、寂しさを覚える。五条くんって、意外に無口だったのか。そう思っていると、彼ははするりと私の手を撫でてから、キュッと優しく握ってきた。映画、つまらないのかな。

「なぁ、ベッド座って」
「何で?」
「早く」

 私は自分の部屋のよりも大きめのベッドに座ると、彼は私の膝の上に頭を乗せてきた。膝枕だ。

「これがしたかったの?」
「ん」

 彼はそのまま映画を観ている。何を考えてるんだろう。映画に集中してるわけでもなさそうだし。またキスしたいとか、エッチしたいとか思ってるんだろうか。そういえば、今日はキスしてない。

「この女優、どこかで見、」

 彼がチラリとこちらに視線を向けた瞬間、私は屈んで彼に触れるだけのキスをした。全然しないのも何か寂しくて。すると、テレビの明かりしかない暗い部屋でも分かるくらい、彼は顔を真っ赤にし、驚いたように目を丸くしていた。

「は?」
「ごめん、したくなかった?」
「何?煽ってんの?」
「い、いや、今日してないなと思って。いつもなら、すぐしたがるのに……」
「我慢してんの分かれよ」

 彼は起き上がったかと思えば、私をベッドに押し倒して唇を奪った。映画などもう観ていない。余裕がなさそうに、彼は激しく深いキスをする。いつもなら心の声でかき消されるような水音や吐息が、官能的でゾクゾクした。やっと唇が離れると、彼は私の瞳を覗き込む。

「俺のこと、好き?」
「うん……好きだよ。五条くんは?」

 心の声では幾度となく聞いてきた言葉を、彼の口から聞きたかった。だが、彼は言葉を詰まらせ、目を泳がせる。分かってる、好きだってこと。でも、それでも。

「あんなに、心の中では好きだって言ってくれるのに……」
「勝手にオマエが聞いてるだけでしょ」
「聞きたくて聞いてたわけじゃないし」
「……好き」

 顔を真っ赤にして、私の手を強く握ってそう言った。キッカケは心の声だったけど、静かなのもいい。心の声を聞かなくたって、思いは伝わってくる。やっぱり心の声なんて……

 『可愛い可愛い可愛い……俺の言葉から聞きたかったのかよ。でも何か恥ずい。初めて言ったんじゃね?』

 待って……

 『すっげー嬉しそうにすんじゃん。早く言っておけばよかった。可愛い、一生大事にする。早く犯してぇ、勃ってんだけど』

 嘘でしょ……

 『聞こえてねーんだし、もういいよな。あぁ、この顔が今からぐちゃぐちゃになんだろうな。名前呼んでほしい……』

 今、静かなのもいいなって思ってたとこなのに!寧ろそっちの方が良かったのに!何でまた聞こえてくるの!

「も、いいでしょ。俺、限界なんだよね」

 『やっとだ。心の声が聞こえなくて寂しくなってたけど、こんなことになるなら、聞こえなくて良かったわ。ブチ犯す』

 綺麗な顔して何考えてるんだ、この男は!

「悟くん……」
「は?」

 『やば、ちんちんイライラする。このタイミングで名前呼ぶ?』

「ちんちんがイライラしてるところ悪いけど、心の声、聞こえだした」

 最悪だ……

 『どうでもいいー!ちんちんって言った。もう一回言ってほしい。いや、最中に言ってほしい……』

「なら、今からやること分かるよな」
「あー、映画どうなってるっけ。あの女優さん?この間一緒に観た海外ドラマの、」
「もう遅いからな」

 彼は着ていたTシャツを脱ぐと、私はまずい、と冷や汗が噴き出る。

 『マジで大好き。一緒に気持ちよくなろうな』

 あ、終わった。逃げられない。
 私達はその日、身体を重ねた。最中も彼の心の声は大きく、ずっと私に愛を囁いていた。

 翌日。

 『あー、可愛かった。やっぱぐちゃぐちゃになった』

「悟、ニヤついてるところ悪いけど、するなら女子寮でしてくれ。壁が薄いんだ」

 さ、最悪だ……

「ごめん、夏油くん……いや、私は悪くない」
「女子寮も困るんだけど」
「何?傑、コイツの声で抜いたの?」

 『俺の心の声がデカいって言うけど、アイツの喘ぎ声デカいよな。そこが良かったんだけど。またしたくなってきた』

「はぁぁぁ……」

 呆れ、深いため息を吐く私に、五条くんはニヤニヤと笑う。もうやだ、付き合ってらんない。

 やっぱりこれからも私の心労は絶えないようだ。






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