#1.心の声がうるさい




 私は時々、他人の心の声が聞こえることがある。
 最初は独り言を呟いていると思っていたが、口を開いているわけでもなく、何なら声が二重に聞こえる時もある。言葉では良いことを言っているが、心の声で嘘を吐いていることなども分かった。
 これは呪いの影響か、自分の術式に関係のあることなのかは分からないが、心の声が聞こえる人は五十人に一人くらい、クラスに一人いるかどうかの確率だった。
 心の声が大きい人、小さい人、毎日のように聞こえる人、時々呟くくらいの人。個性があったが、極力心の声が聞こえてくる人と仲良くなることは避けてきた。だって明らかに嘘を吐かれるのも嫌だし、実際にそういう人達を多く見て来たから。しかし呪術高専にやって来て状況が変わった。毎年生徒が少ないと聞いていた為、聞こえることもないだろうと思っていたが、同期三人の内、一人の心の声がよく聞こえた。

 五条 悟の心の声がうるさい。

 常に同じ授業を受け、任務へ向かう。その間、ずっと彼の心の声が聞こえるのだ。普通に会話するくらいの声量と頻繁に聞こえる心情。もう既に半年ほど一緒に過ごして来たが、分かったことが多くある。まず、彼はとても頭が良く、強いということ。次に、性格が悪い。自信家で弱い人間を見下している。実際、初対面時に『弱いな、コイツ』と思われている。ムカついたけど、確かに彼からすればほとんどの人間は弱いだろう。あとは、煩悩がすごいということ。あれが食べたい、これがしたい……時々エッチなことがしたいとも考えている。いくら最強と謳われるあの五条 悟といえど、呪術以外の思考、中身は普通の男子高校生なんだな、と感じた。それにしても、キツい。

 『あーダル。どいつもこいつも縁切ったし、セフレいなくなったしなぁ。しばらくは自分で抜くか』

 授業中、ぼんやりしている彼から聞こえてくるその声は、明らかに心の声。そうでなければ完全にヤバい奴だ。共に教室にいる夜蛾先生、夏油くんや硝子ちゃん達は気にしていないのが何よりの証拠だ。
 この男、顔がいいからか、その歳にしてセフレが何人もいたんだな……やはり、心の声を聞くのは気分が良くない。人の考えることなんて、ほとんど悪いことばかりだ。聞いて得するようなことといえば、相手のご機嫌取りをしたい時くらいだろう。そう、授業終わりに彼の心の声について考えていると、五条くんの声が再び耳に届く。

「なぁ、今日一緒に任務だろ?」
「……あ!そうだね」

 『鈍いな、コイツ』

 慎重だと言ってほしいが、理解出来ないだろう。彼の声は大きいから、すぐに反応するのは危険だ。もし心の声に反応してしまえば、相手に違和感を感じさせてしまう。とにかくバレないように注意しないと。
 私はしっかりと彼の顔を見て話を聞くことにし、口元を確認した。

「帰り、店寄っていい?」
「何の店?」
「ケーキ」

 随分と可愛らしい物を食べに行くんだな。甘党なことは心の声で十分承知していたが、任務終わりに行きたいなど、女子のすることだ。とちょっとした偏見でそんなことを考えつつ、口角を上げる。

「いいよ。私も食べたいなぁ」
「甘いの好きなの?」
「うん」

 『普通の女はそうか。硝子は苦手だからな』

 確かに以前、硝子ちゃんにチョコレート菓子をあげようとしたら、甘いの苦手だからスナック菓子の方がいい、と言われたことを思い出した。彼女の心の声は聞こえないけど、ハッキリと物を言うタイプだからありがたい。きっと裏表がない人だ。そのことについて話すことはなく、黙って教室を出ては五条くんと一緒に任務に出掛けた。
 今回の任務で祓う二級呪霊は私を苦戦させるのには十分で、五条くんにとっては簡単すぎた。

「弱っちー」
「な、何でサボってるの!?」

 彼は呪霊を祓う気がなく、頑張れーと軽く声を掛けるだけで私に任せっきりだ。しかも退屈そうに携帯を弄っている。

「だって俺が手を出すと、オマエが成長しないでしょ。ずーっと弱いまま。余所見してると死ぬぞ」

 あぁ、こうなったら意地でもやってやる、と私は呪霊に向かっていく。五条くんや夏油くんのように強い呪術師の隣に立つと、自分の弱さが際立つ。私は強くなる為にここにいるのに。あぁ、悔しい、悔しい悔しい!!もう誰にも女だからって、弱いからって見下されたくない。
 祓えないと呆れられるのが嫌で、私は無理に呪霊を祓おうとした。ただ目の前の呪霊を祓いたくて、ぐちゃぐちゃになった感情をぶつけ続け、傷だらけになることもお構いなしに向かって行く。

 『何やってんだ、この馬鹿!』

 ふと声が聞こえたその瞬間、呪霊は目の前で消え去った。一瞬戸惑ったが、すぐに五条くんが祓ったのだと分かった。あともう少しで祓えたのに。

「こんな傷だらけになってまで祓うか、普通」
「……私だけでも祓えた」
「あれくらい簡単に祓えよ。オマエ弱すぎ。死ぬぞ」

 悔しかった。五条くんと比べて弱いのはまだいい。しかし、私は呪術師の中でも弱い方だ。彼らのように強くなるどころか、一人前の呪術師にすらなれない。現実を突きつけられた気分だ。

 『俺がいるのに、何してんだよ……頼ればいいのに』

 涙を堪えていると、そう声が聞こえた。今のは心の声か、それとも口にした言葉か。口元を見ていなかった私には分からない。そう顔を見上げると、彼は何?と私を見下ろしている。きっと、心の声だったのだろう。

「……帰ろう。ケーキ屋さん、寄るんだよね」
「そんな怪我して行けるかよ」

 それは優しさ?それとも呆れ?どうしても彼の足を引っ張りたくなくて、強がってしまう。

「車で待ってるから、行ってきていいよ」

 『弱いくせに無理して、何の意味があるんだよ。弱い奴に気を遣うの、疲れるわ』

「いいから、帰るぞ」

 不機嫌な彼は歩き始め、私は諦めて彼について行こうとするが、体力を削られ、怪我もしている私は何もない地面に足を引っ掛けては転ぶ。それに五条くんはすぐに気がついて振り返る。

 『手が掛かる』

 五条くんは口では黙ったまま、私を抱き抱えた。さも当たり前のように行われたそれに、私はただ驚いてしまった。

 『軽……何で呪術師やってんの』

 彼の行動と心の声、それに私の情緒はやられてしまう。
 あぁ、もう。何で傷つかなきゃならないの。私だって強くなりたかった。こんなの、情けない。歯を食いしばり、涙が溢れ落ちるのを堪える。揺らぐ視界の中、彼の『面倒くさ』という声が心に突き刺さる。彼は何も言ってないじゃない。傷つけるつもりなんてないんだ。なのに泣くな、私。

 『何泣きそうになってんの?そんな痛いなら、何で頼らなかったんだよ。それとも、成長しないとか言ったから?』

 呪術高専に帰るまで、私達は黙っていた。でも、彼の困惑や呆れが感じ取れるような心の声はずっと、私の耳に常に届いていた。

・・・

「はぁ……」

 思わずため息が洩れる。医務室で硝子ちゃんの治療を受けた後、私は自室に戻って休養していた。五条くんに迷惑をかけた。でも彼の心の声は精神的に辛い。

 『あー、何て言えばいいんだ。何で俺が気遣ってんだよ。怠い』

 部屋の扉の向こうから五条くんの声が聞こえた。それが心の声だとすぐ分かる。わざわざ部屋の前でそんなことを言う人はいない。するとノック音が聞こえ、私がどうぞ、と言う前に玄関から部屋まで入って来た。

「起きてる?」
「……うん」

 私はベッドで眠っていたが、起き上がって彼を見ると、白い箱を持っていた。明らかにケーキの箱で、それを目の前のテーブルに置くと、フォークはどこだ、と呟きながらキッチンの方へ向かった。向こうからガチャガチャと音がしている。きっとフォークを探しているのだろう。わざわざケーキを買いに行ったのか、と私は驚きながらもキッチンへ向かい、引き出しからフォークを一本取って五条くんに渡したが、彼はそこからもう一本フォークを取った。

「ケーキ?」
「食いたかったから行ってきた」
「そう……」
「どれがいいか分かんねぇから、色々買った」

 彼は敷いてある座布団に座って箱を開くと、そこには五つの種類が違うケーキがあった。

「どれ食う?」
「え?」
「俺、どれでもいいから」

 ここで食べるということは、と予想はしていたが、まさか本当にくれるとは。私は一番好きなチョコに目がつく。

「……じゃあ、チョコレートケーキ」
「ん」

 彼はケーキの下に敷いてある紙を摘み、横にスライドさせて取ると、私の目の前にやる。

「私にも買ってきてくれたの?」
「食べたいって言ってたろ」
「ありがとう」

 これは彼の優しさ。でも気を遣わせているのは申し訳ない。そう思いながらお茶を取りに行き、二人分のお茶をテーブルに置くと、私は座ってチョコレートケーキを食べる。疲れた身体に甘さが染み渡る。

「美味しい」

 久々にケーキなんて食べたかも、と思わず頬が緩んでしまう。味わって食べよう、と一口一口を小さく食べていると、彼の心の声が聞こえてきた。

 『いっつもそうやって笑ってりゃいいのに』

「……五条くん、それ全部食べるの?」
「これくらい余裕」
「相当甘党だね」

 び、びっくりした。何とか黙らずに自然に出来たはず。五条くんでも私にそんなこと思うんだ。そう私は内心ドキドキしながらも、どういう感情でそう思ったのか、と戸惑う。しかし少し緊張が解れたかもしれない。

「五条くん、ごめんね。迷惑かけて……」
「別に。でも死んだら目覚め悪いし、やめろよ。弱いまま無理して死にたいの?」
「……意地を張ってしまっただけ。でも、弱い人間に気を遣わなくていいよ。ある程度の犠牲はつきものでしょ?弱い人間から死んでいく」
「だからって頼らず死ぬ方が無意味だろ」

 意地を張らせたのは五条くんの所為だ。まぁ、私がまだ子供だというのもあるが、それでも腹が立つ。

「成長しないとか言ったくせに」
「死んだら成長も何もないだろ。さっさと俺を頼れば良かったんだよ。面倒くさい、言葉通りにとるなよ」

 『そうしたら俺だって助けたのに。怪我するくらいなら最初から言わなきゃ良かった。馬鹿みてぇ』

 何故、彼はその心の声を表に出さないのだろうか。色々と損をしてそう。だったら最初から協力してほしいが、まぁいいか、とふと息を吐く。

「ごめん、次からそうするよ……それにもっと、強くなるから」

 私はチョコレートケーキを食べ終えると、ご馳走様でした、と呟く。一方、五条くんはまだ残っている四つのケーキを食べ進めており、本当に四つも食べるんだな、と思いながらそれを見ていた。

 『あー……このままヤらせてくれないかな』

 あぁ、この男を少し優しいと思った自分を殴りたい。可愛らしいケーキを食べながら何てこと考えてるんだ。だが、特に何か言ってくるわけでもなく、後はこのケーキ美味いな、くらいの声しかなく、ただ世間話をして終わった。同期が丁度四人だし桃鉄でもしよう、なんて話していた。やっぱりこういう所は普通の男の子。


***


 二年生にもなったし、この一年間で私も少しずつ強くなってきたと思う……多分。変わったことは沢山ある。階級は五条くんや夏油くんとはレベルが違いすぎて単独任務が多くなったり、皆と仲良くなったりだとか。それ以外に大きく変わったことが一つある。

 『あー、可愛い。でも何で困った顔してんだ、コイツ』

 五条くんの私への態度が一変したということ。まるで好意があるようなその心の声に私は困っている。初期の憎まれ口は一体何だったのか。何がキッカケだったのかは分からない。私は熱い視線と心の声に耐えられなくなり、チラリと彼を見た。

 『あ、見た。何?何か言いたいの?』

「……何」
「いや、何でも」

 『は?俺の顔見たかっただけ?』

 いや、誰もそんなこと言ってない。どこでこんなに好かれたんだ?と困惑しながらも、口に出る言葉はいつもと変わらない、冷たいもの。これは本当に五条くんの心の声かと疑ってしまうほどだ。

「てか、また俺達二人かよ」
「バランスがいいんじゃない?五条くんと夏油くんだと強すぎるし……だったら分散させた方がいいんじゃないかな。皆で行くのもあるけど。二級なら二人でもいいし……そもそも、五条くん一人でよさそう」
「まぁな。前みたいに馬鹿な真似すんなよ」

 前というのは、意地を張って怪我をした時のことだろうな。あの時から色々と変わったような気もする。私は分かった、と頷くと、彼はまた心の中で話す。

 『早く終わらせたらデート行けねーかな。クレープ食いたい。いやでも、一緒に食いに行こうとか言うのおかしくね?』

 いや、数々の女の子と遊んでるっていうのに、そこそんなに悩むとこ?ケーキ屋は誘ってたじゃん。

 『かといって前みたいに部屋まで持ってくのも違うし、それデートじゃないし。もういいや、今度で』

 何でこんなにもどかしいんだ。そんなに悩んで、結局誘わないの?こっちがモヤモヤする。私から行動すべきなのか。

「……何か、甘いもの食べたいね」
「は?」
「い、いや、五条くんが前にケーキ買って来てくれたの思い出して……」

 『は?マジで?コイツから誘って来てんじゃん。俺のこと好きなの?だよね、こんなカッコいい奴が隣にいるんだから、惚れないわけない』

 ム、ムカつく……!惚れてはない、ただ心の声の要望に答えてあげただけ!自意識過剰すぎないか、と私は彼の飛躍した考え方に驚いていたが、私の言葉に乗ってくる。

「あー、じゃあクレープとかなら知ってるけど、行く?ちょっと遠い」
「遠いのかー……」

 『うわ、言わなきゃ良かった。そりゃそうだろ、ここ都心から離れてんだから。いやでも行きたい』

 少し意地悪してみれば、彼の心は騒めき始める。顔はいつも通りの無表情、いや、寧ろ不機嫌そうなのに葛藤してるんだな。

「じゃあ、早く終わらせて行かないとね」
「俺がやるから、オマエは見てるだけでいーよ」

 『何だよ、ヒヤッとさせやがって。カッコいいとこ見てろ。惚れ直させてやる』

 いや、だから惚れてはない。顔はいいけど、中身を見ちゃうと……悪いわけではないけど、良いわけでもない気がする。そもそも、こんなに褒めてくれてるけど、私のこと好きなのかな。あの最強と謳われる五条 悟が?いやいやそんな、と考えているうちに、五条くんは派手に呪霊を祓った。木っ端微塵だ。そして余裕の表情で彼は帰ってくる。

 『褒めろ。カッコよく祓って、さっさと終わらせたこの俺を』

「五条くん、相変わらずすごいね。もう終わっちゃった。私、何にもしてないよ」
「このままじゃ成長出来ねーな、オマエ」
「次は頑張るよ。予定のない時に」

 『あー……可愛い。自信なさそうに笑うとこがいい。加虐心煽られる』

 途中まで嬉しかったが、最後の言葉は余計だ。こういうとこがあるから五条くんはやだ。そう内心モヤモヤしていたが、私達は補助監督に報告し、五条くんは彼に「帰りは電車かタクシー使うから帰っていいよ」と指示して、二人でクレープ店へ向かうことにした。

 『デートだよな。うん、デートだな、これは。手ぇ繋ぐくらいならいいか?いや、初デートだし、手はまだ早いか……』

 二人で出掛けることをデートと言うならデートだけど、付き合ってもないのに手を繋ぐのはおかしいでしょ。五条くんは経験豊富なのに、何故、こんなにも童貞みたいな反応してるんだろう。

「五条くんって、彼女いる?いたことある?」
「いないけど。いたことない」

 『そんなこと訊いてくるって、やっぱり俺のこと好きじゃん。何、付き合いたいの?一回振って、反応見てから付き合いてぇ……』

 好きになるか!というか、セフレはカウントしないのね。なら、手繋ぎデートとかしたことないのか?だったら、したいと思ってくれてるってことは、好きなのか?というか一度振りたいとか最低すぎないか。いや、何で私達は心の中でコイツ自分のこと好きだな、って思い合ってるの?そう心の中でツッコミを入れつつ、むず痒い気持ちになりながらも五条くんの隣を歩いて平然を保つ。

「そっかー、失礼かもしれないけど、遊び慣れてそうだって思ってた」
「マジで失礼だわ」

 『セフレはいたって言ったら引かれるな』

 えぇ、引きましたね。

「オマエは?」
「今はいないけど、中学の時はいたかな」
「ふーん、何で別れたの」

 『初めてが俺じゃないのは残念だな』

 何を期待してるんだ、この男。しかも何で付き合う前提なのか理解出来ない。相当な自信家、自意識過剰すぎる。私は彼の思考についていけないな、と感じつつも話を続ける。

「呪術高専への入学は決まってたし、そもそも向こうはそんな好きでもなかったみたいだし……呪術高専に行くって言ったら、宗教系だから、ちょっと引かれて」
「つまんねー奴だな」

 『別れて正解だろ、俺と付き合えよ。まだ好きなのか、そいつのこと。絶対俺の方がいい、強くてカッコいい金持ちだぞ』

 もう好きではないけど、少し暗い気分にはなった。でも、心の中の五条くんの自己アピールについ笑ってしまった。いや、笑う所ではないな、まずいと感じたが、既に遅い。彼は私の顔を凝視している。

「何?何で笑ったの」
「いや、思い出し笑い……ごめんね」

 『元カレとのことか?は?ムカつく。今は俺といるだろ。クソ』

 勝手な嫉妬心、彼氏面。まぁ、心の中で思っているだけのことだから、どうもないんだけど。

「……五条くんはモテそうだから、いると思ったんだけどな」
「いたら、オマエとクレープ食いに行かないでしょ」
「それもそう、かな?」

 『今ので伝われよ。あー……ムカつくけど、笑顔が可愛かった。何なの、早く好きって言えよ』

 五条くんからは言わない気だな……いや、私も言わないけど。そもそもそんな好きじゃないし。本当だし。何故か自分に言い聞かせるように思いながら、クレープ店へ足を運んだ。
 ここ美味しいんだって、と五条くんが指したお洒落なお店には女の子が沢山並んでいる。こんなお店、行ったことないなぁ……と尻込みしていく私と違って堂々と入って行く五条くん。
 す、すごい、めちゃくちゃ女の子の視線集めてるよ。隣歩くのが気まずい……と私は肩身を狭くしながら歩いていると、五条くんは何してんだ、というように眉を顰める。

「早くしろよ」
「は、はーい……」

 私は五条くんについて行き、カウンターでメニューを見る。種類が多いなぁ、と思いながら、好きなチョコレートにした。五条くんは店がオススメしているキャラメルに。その場は五条くんが奢ってくれた。心の中は無心であり、これが当たり前とでも感じているのだろうか。だとしたら少しカッコいいが。そうしているうちに注文した物を受け取り、私達は外で食べる。

「ん、美味しい!」
「こっちも美味い……一口いる?」

 『間接キスしたい』

「……いや、いらない」
「俺は貰う」
「あっ!」

 彼は私の手首を掴むと、クレープを引き寄せ、わざわざ私が食べた所を食べる。しかも一口がデカい。

「半分なくなった……」
「大袈裟だろ。俺が金払ったんだからいいじゃん」

 『オマエの一口が小さいんだろ。てか、口ちっさ……俺のちんこ入らな、』

「あーあー!やっぱり一口貰っていい?」
「ん」

 誤魔化し方がこれしか思いつかなかった。クレープを食べながら、何てこと考えるんだ。彼は自身のクレープを差し出してき、私はそれを一口食べる。

 『何かエロいな……』
「……美味しいです」

 ダメだ、この人。私に対して性的な目を向けられると、調子狂うな……そう戸惑いながらもその後は黙って店の前でクレープを食べていた。その間、五条くんは間接キス出来たな、とかこの後どこに行こう、とか相変わらずの無表情で考えている。
 クレープを食べ終えた頃、ポツリポツリと雨が降り始めた。

「雨だね。傘持ってないや……」
「俺には無限がある」

 本格的に降り始める中、彼はクレープ店の屋根の下から平気で出て行く。無下限呪術で雨を弾いており、私はすごいと思いながらもつい、人目が気になった。

「五条くんに出来ないことなさそう」
「ないな」
「はは、すごい自信」
「……ん」

 彼はこちらに手を伸ばしてき、私は思わず首を傾げた。何を意味してるのか。心の声は何も言っていない。

 『まだデートしたいし、ここで時間潰すの嫌だしな……』

「えっと……?」
「あぁ、もう!さっさとしろって」

 彼は私の左手を取って引っ張る。雨に濡れると思ったが、その心配はなかった。私の周りにも五条くんと同じ無限で覆われており、雨から守ってくれていた。

「すごい、他人にも出来るんだ」
「手、放したら濡れるけど」
「わぁっ!?」

 五条くんがパッと手を放すと、私は雨に打たれ始め、慌てて彼の手を握る。すると雨に打たれなくなった為、ただ雨に濡れないというだけでも、やはり彼の術式はすごいなと感動してしまった。

 『可愛い反応。もう手繋ぎデートだな』

 その言葉に手を放してやりたくなった。だけどこのままじゃ濡れてしまうし、仕方なく彼の手を握り続けた。そう仕方なくだ、仕方なく。

 『手も小さいな……潰れそう』

 彼はゆっくり手を握り直す。そのまま歩き始める五条くんに、私は先程の心の声を思い出し、あの、と声を上げる。

「このまま帰るの?」
「まだ帰りたくなかったりする?」
「どっちでも……」

 『まだ帰りたくないって言えよ』

「そんなこと、言うわけないじゃん……」
「は?」

 しまった。自然な流れだし、顔を見てなかった。思わず返事をしてしまい、軽くパニックになってしまうが、何とか冷静を装う。

「何でもないよ。どこか行きたい所があるなら、寄って行っていいよ」

 それじゃあ、と彼は提案しようとしていたが、五条くんの携帯が鳴り、会話は中断される。彼は今かよ、と心の中で愚痴りながらも携帯を取り出し、画面を見ると、げっ、夜蛾センだ、と声を上げつつ電話に出る。

「あー、はい……また?……分かりましたー帰りまーす」

 不機嫌そうに電話を切ると、彼は最悪だな、と落ち込んだような心の声で呟くと、息を吐く。勿論、落ち込んだ顔は見せない。

「夜蛾センが帰って来いだってさ。面倒くさ」
「仕方ないよ、帰ろう」

 『折角の手繋ぎデートだってのに』

「電車で帰ろ」

 私達は手を繋いだまま、フラフラと歩いて駅へ向かう。無下限は目立つ為、道の端や、人通りが少ない道を通っていく。私達は黙っていたけど、落ち着いていた五条くんの心の声は徐々に騒がしくなっていく。

 『またデートしてくれっかな。二人で任務だったら自然な流れで誘えるけど』
 『てか、もう付き合えるんじゃね?』
 『あー、すげぇ好き。付き合ってからだっけ、キスって』

 『帰ったら傑に言おう』
「雨、酷くなってんな」

 不純なことしか考えていない。無駄に意識してしまう自分も嫌になる。だから足元を見ながら歩き、何となく聞き流していた。

「おい、聞いてんの?」

 彼は目の前に顔を出し、私は六眼に覗き込まれて心臓が飛び出しそうになった。

「へっ!?」
「何ボーッとしてんだよ」
「ご、ごめん。私に言ってるんじゃないと思って」
「オマエしかいないだろ」
「そ、そうだね……はは……」

 危ない。何て言ってたっけ?デート?付き合うとか何とか?早く答えなければ怪しまれる、と私は軽くパニックになる。

「デート……」
「あ?」
「え、あ」
「……何だよ。早く言え」
「えと、デートみたいだなぁって思っただけ。変なこと言ったね、ごめん」

 あぁ、まずい、絶対違う。五条くんはデートなんて口にしない。私は冷や汗をかくが、彼は特に気にする様子はない。

「意味分かんね」
「ご、ごめん……」

 『デートって思ってくれてるじゃん。やっぱ脈ありでしょ、これ。てか、すげぇ照れてない?可愛い』

 そうじゃない、パニックになったんだ、と思いながらも口に出すことはなかった。いけない、長くいすぎて気が緩んでる。
 駅に辿り着くと、切符を買って電車に乗る。空いている席を見つけては、私達はそこに座る。何でこんなに疲れているんだ、とふーっ、と息を吐けば、左手が温かいことに違和感を感じ、少し手を動かす。あれ、何でまだ手繋いでるんだろう。切符を買う時には手を放したはずなのに。でも何か、どうでもよくなってきたな。疲れからか、頭はぼんやりとし、思考が鈍くなっている気がする。一方、隣に座る五条くんは携帯を弄り、私はうとうととし始める。

 『寝そう。寝顔拝める?』

 人の寝顔見たって何にもないよ。そう、電車に揺られ、左手にある温もりが心地良いと感じながら、私は心の中で彼の言葉に言い返す。あぁ、寝そう。そう思った時には、そのまま目を瞑り、眠りについてしまっていた。しかし、彼の声は私の耳に届く。

 『可愛い。写真撮っていいか、これ』

「ダメ、だよ……」

 『は?寝言?何か言うか?悟くんって言わねーかな……』

「まだ、名前で、呼び合う仲じゃな……」

 『聞こえてんの?』

「な、に……」

 夢の中で五条くんと話をしている。そうぼんやりとした頭で考えていたが、次は、と目的の駅の名前が聞こえ、ゆらゆらと揺れていた体を起こし、ハッと目覚める。顔を上げると、五条くんが私の顔を覗き込んでいた。

「え、何?」

 『俺が心の中で思ってること、聞こえてんの?』

 口は動いていない。でも、声は聞こえた。一瞬、頭が真っ白になってしまったが、先程のことを思い出し、さっきのは夢じゃなかったの!?まずい、まずい、何とか誤魔化さないと、とパニックになりながら無言の彼に訊く。

「ご、五条くんどうしたの?」

 『このままキスするぞ』

 そっと唇を寄せてくる彼に、私はそれを避けて立ち上がる。しかし彼は手を繋いだまま放してくれない。

「次だよ。降りないと」
「なぁ、聞こえてんの?」
「何の話?」
「聞こえてんだろ。何それ、術式?気づかなかった」
「し、知らない」

 『好きってこと、バレてる?』

 あぁ、まずい。私が五条くんの心の声を聞いて、全部合わせてきたっていうのがバレてしまう。

 『顔真っ赤じゃん。マジで?だとしたら恥ずかしい奴じゃん、俺』

 逃げたい。手を放してほしい。電車から降りて、改札口でやっと手を放してもらえた。さっさと逃げるようにそこから早歩きで高専の方角へ向かう。そんな私を余所に、五条くんは私を追いながら尋ねてくる。

 『どっから聞こえてた?』

「何のこと?」
「今喋ってないよ、俺」
「っ……!」

 パニックになっている為、判別が出来なかった。あぁ、もうダメだ……そう諦めてしまっている私の手を五条くんは掴んでくる。もう逃げることは出来ないと分かった。それに私は意を決して話す。

「全部聞こえてるよ、最初から。セフレがどうとか、何で呪術師やってんのとか、可愛いとか、好きとか……」

 『うわ、マジかよ……てか言えや』

「言えるわけないじゃない」
「で、返事は?」
「へ?」

 彼の頬は赤らんでいる。それが意味することは分かっていた。何より、心の声がずっとそう言っている。

 『好きだってバレてんなら、もっとすぐ行動したのに。ここまで付き合ってきたオマエも俺が好きだろ。言えよ、好きって』

 どこまでも高圧的。それでも本心から、私を好きと言ってくれている。いや、言っていない、ただ心の中で思っているだけだ。でも私は、そんな彼が──

「え、と……よろしくお願いします?」

 『あー……可愛い。キスしたい』

「そっ、それは早いかと」
「何も言ってねー」
「遊ばないで……」

 多分、一番厄介な人にバレてしまったんじゃないだろうか。後先考えず、ついその場の勢いでイエスと言ってしまったが、あぁ……この先心配だ。

・・・

 数日後。

 『あー、セックスしたい。ぐちゃぐちゃにしたい。絶対可愛い。まずアイツの大好きなキスでトロトロにして、その後指で焦らして……』

 心の声は人が心の中で呟いている独り言のようなものだ。頭の中の映像として考えるような想像、妄想していることは分からない。見えるわけではない、声だから。それを分かってこの男は頭の中の独り言として呟いている。特に授業中、口出し出来ないことをいいことに、私を揶揄って遊んでる。あぁ、付き合うんじゃなかった。

「先生、五条くんが心の声でセクハラしてきます」
「キッショ、やめろ」
「悟、自重してくれ」
「心の中で思ってることだから仕方なくない?」
「わざとやってる!」
「そもそも、授業に集中しろ」

 五条くんにバレてから、皆にもバレた。でも結局は五条くんの声しか聞こえていないから、関係は変わらない。ただ、五条くんに揶揄われるようになっただけ。

 『覚悟しとけよ』

 怖いです。
 とにかく今日はすぐに硝子ちゃんの部屋に逃げると決めた。



back


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -