#6.ここにいられない





 翌日。傑から状況報告のメールが来た。どうやら彼らは沖縄にいるようだ。昨日の時点でQは瓦解、賞金目当ての呪詛師も倒したらしい。沖縄への護衛は一年生組が派遣されたらしいが、私は別の任務で秋田にいる。悔しい。
 そして何故か、悟から海で星漿体の天内 理子と世話係の黒井 美里と共に楽しんでいる写真が傑から送られてくる。思い切り楽しんでる。嫌な予感がしたが、杞憂だったのか、大きなことは何もない。ただ、星漿体と仲良くしているのが気になる。彼女は同化してしまうのに、何か考えがあるんだろうか。
 私は少し不安に思いながら自分の仕事をした。
 そのまた翌日。任務から帰ってくると、呪術
高専内はめちゃくちゃになっていた。いくつか残る蠅頭、それを祓うのに追われている術師。そして残穢やこの派手な壊れ方から、これは悟がやったのだと分かる。ここで何かがあった。蠅頭を祓いながら進んでいくと、そこに硝子がおり、私は彼女に駆け寄った。

「何があったの?」
「五条が殺されたって。夏油も負傷して、さっき治した。星漿体の子も五条を殺した奴に殺されたらしい」
「Qは瓦解したし、賞金目当ての呪詛師か……」
「本人達から聞いた方がいいと思うけど」
「そうだね……」
「五条は死んでないんでしょ」
「まぁ、未来にいるからね」

 暫くすると、服が血だらけの悟と傑が帰ってきた。死なないと分かっていても不安になるくらい、痛々しかった。帰って来た悟の雰囲気は変わっていた。何かがあって、彼は私の知っている五条先生に近くなった気がする。

「大丈夫、なの?」
「理子ちゃんを死なせてしまったけど、私達は、何とか」

 明らかに傑の雰囲気も変わった。たった三日の友人を失ったというだけではないはずだ。ここだ。ここが大きな分岐点、そのはずだ。
 風呂入ってくる、と彼らはそこを去った。
 私はまず、傑から話を聞こう、と暫く経ってから軽食を持ち、傑の部屋へ向かうと、彼は快く部屋に入れてくれた。彼は適当に座って、と言いながら自身はベッドに座り、私に笑顔を向けた。とても辛そうに見える。

「どうしたの?」
「……無理して笑うことないよ」
「いつも私の顔色を伺ってるね、君は」
「誰に対してもそうだよ。悟の沸点が分からなかったりするし」
「私は分かってるつもりだけどね」

 私は軽食をテーブルに置くと、彼の隣に座る。傑は何を抱えているんだろう、何があったのか話を聞こうとすると、彼は自ら話し始める。

「生きたいと、手を伸ばしてきたんだ。けれど、そのまま頭を撃ち抜かれてしまった」
「……相手はどんな?」
「呪力のない男だった。黒髪に……ここに、傷のある男だ」

 そう、唇の右側に触れる。私も知らない男だと考えていると、彼はどういう戦い方をしたかなど、蠅頭がいた理由や薨星宮の入口の位置などの話をしてくれた。そして、自身の心の内を言うかどうか迷ったのか、暫く沈黙した後、吐き出した。

「……人間の醜悪さを見た。私が見たものは珍しいものではない。だけど、」
「非術師を嫌いになってもいい。でも全てがそうなわけではないでしょう?その人を見ないと。私の元同期にも、呪力のない人がいた。それでも強くて真っ直ぐで、」
「分かってるよ。心配しなくていい」
「そっか……」

 嘘だ。一度生まれたそれは消えることはない。ここがキッカケ、段々と非術師への不満が積み重なり、いつか爆発する。必ずここを変えなければ、と決心する。

「私が、どうにかするから」
「過去に戻るって?」
「そう。傑には元々そういう考えがあるのかもしれない。でも私は傑に疑問を持ってほしくない、今のままの傑でいて」
「……私の未来に関係あるのかな」
「多分ね。私、悟からも話を聞いてくるよ」

 今日はゆっくりして、と声を掛け、私は傑の部屋を出ると、次に隣の悟の部屋へ向かう。扉をノックすると、開いてる、と奥から声がした為、扉を開けて入る。すると、部屋へと続く引き戸が開いていて、シャワーを浴びてきたばかりなのか、半裸の悟がそこにおり、私は思わず目を逸らす。

「あー……お疲れ様。話を聞きたいんだけど」

 玄関先から動かない私に気を止めることなくこちらへやって来ると、玄関横の冷蔵庫からジュースを取り出して、カコッと缶を開けると、飲み始める。

「何で突っ立ってんの」
「いや、服着てほしいなって……」
「男の裸見て興奮してんの?」
「興奮はしてない、目のやり場に困るってだけ」
「ふーん?」

 言わなければよかった。彼は目の前で私を見下ろしながらジュースを飲んでいる。わざと見せつけて揶揄っているんだ。気にするな、私。

「悟が倒した人のこと、教えて」
「何で?」
「悟を殺しかけた人でしょ?興味がある」

 そう言うと、彼は空き缶をペキっと手の中で潰すと、ゴミ箱に捨てる。部屋の奥へと入って行った悟を追うように、私はスリッパを脱いで部屋に入ると、彼はベッドにだらけながら座る。

「呪力が全くなかったから、動きが読めなかった。高専に帰って来て、術式を解いた瞬間に背後から刺された」
「かなり悟の情報を調べて来てるね」
「あぁ、動きが読めない。異様な呪具を使う。俺の無限を貫通した」

 そう、手のひらをこちらに向けてき、私は何も考えずにそこに手を伸ばすと、触れる前にピタリと止まる。いつ見てもすごい。ふとそれが消え、私の手がすっぽりと収まってしまうほど大きな手に触れた。

「……それで刺されたってこと?」
「そう。でも反転術式が使えて治した。それからはパパっと流れに乗って、術式反転も虚式を使って殺した」

 彼は何気なく私の手をギュッと握る。彼の言葉とは裏腹に、私は彼の体温に少しドキリとしてしまった。そんな私の心を知らず、彼はジッと私を見つめてきた。

「で?過去に活かせるのかよ」
「……悟が成長するにはいい機会だったのかもしれないけど、星漿体が死ぬのを阻止したい」
「未来で何かヤバいことでもあるの?」
「キッカケになるはず」
「ふーん……」
「私が戦っても勝てるかどうか……時間稼ぎくらいは出来るかな」
「さぁ。時間止めたら時間稼ぎは出来るだろ。でも死んだら終わり。死ななかったものの、傑を負かしたし、俺も危なかった。かなり強い」
「何とかやってみるよ」

 やるしかない。だって、そうしないと傑は呪詛師になってしまう。私は手を離そうと手を引くが、彼は放さず、更に握る手を強めた。何で放さないの、と私はその手元から彼の顔へと視線を向ける。

「ちょっと」
「考えたことある?オマエが過去に戻った後のこと」
「ないけど……だって、ここで話してる私はいなくなるから」
「じゃあ何したっていいわけ?」
「世界線がどうとか難しい話をされたら、何してもいいとは言えないけどね。私も理屈は分かってない」
「オマエがもう二度と俺の前に現れないとかあるの?」
「どうだろう……私が過去で死んだらいなくなるけど。悟は覚えてないよ、ここで会話したこともね」

 あまり、過去に移動して大きく物事を変えたことはないから。十二年前に戻ったり、任務でしくじった時に数分巻き戻したくらい。でも、私は現実はひとつしかないと思っている。私以外の皆は唯一無二の存在。私はいつだってどこにでもいて、どこにもいない。
 私は、存在しない人間だ。

「どうせ消えるんだから、何か俺に言っておきたいこととかある?」
「えぇ……そうだなぁ」

 確かに記憶が消えてしまうのだから、何を言ったって、すぐ巻き戻せばいい。ちょっと悪い発想だ。それなら五条先生にちゃんと一人の男性として好きだ、と伝えて消えしまった方が良かったかも、なんて考えてしまう。いや、寂しい顔はさせたくないから、今の私があの場に戻っても言わないし、もう五条先生に未練はない。彼が求めていたのは私ではなかったから。

「……私、五条先生が好きだったんだよ」
「口を開けば先生だな」
「恩人だったから。今の悟とは違って優しかったし?」
「いつか俺もそうなるんだよ」
「そうかもね……でも私、先生に未練はないんだよ。先生があんなに親身になってくれたのは同期だったから……今の私を見てるんじゃない。今はどちらかと言えば、今の私を見て話してくれる悟が好きだよ」

 これは紛れもない本音。傑を救うのは、もう先生の為にやっていない。私の為にやっている。これが悟や傑、硝子の為になると思っている。自己満足かもしれないけど、これは未来の為になる。

「だから行かな、」

 行かないと。そう言おうとした瞬間、握られていた手を引かれ、気づけば彼の腕の中にいた。

「好きならここにいればいい」
「す、好きだからやるんだよ」
「……どうしても?」

 耳元で囁かれ、背筋が伸びる。心臓が飛び出しそうなほど、鼓動が速い。どうして、どうしてこんなことをするの?私は混乱しながらも、彼の胸を押し、離れる。

「そ……っ、そう言われても、」

 すると彼は俯く私の頬を撫で、鼻先が触れ合うほどの距離に近づく。キスされる、と体が強張り、過去に戻ろうと咄嗟に考えた。

 その瞬間、私は夜蛾先生が悟と傑に任務を告げた所まで過去に戻った。

 一瞬、唇が触れ合ったような気がし、悟が本気でキスしようとしていたのが分かった。彼の代わりにいたのは、夜蛾先生から任務の話を聞いている悟と傑。二人はそれを任務内容を聞き終えて出て行けば、私は気持ちを切り替えて夜蛾先生に話し掛ける。

「夜蛾先生」
「何だ?……顔が赤いが、どうした」
「へ?あ、いや、ちょっと暑いなぁって、はは……それより、悟と傑の任務に同行しても構いませんか」
「何故だ」
「任務に失敗する未来からやって来たからです」

 ここは素直にそう答える。そうしなければ夜蛾先生は許してくれないだろう。彼は眉を顰め、考える。

「あの二人は問題児でもあるが、優秀だ。何が原因だった」
「三日目に高専に呪詛師が。盤星教が送り込んだもので、天内 理子は殺害されます。名前は判明していませんが、唇の右側に傷のある黒髪の男、天与呪縛で呪力がない代わりに五感が鋭く、身体能力も高い。悟と傑は死にかけました」
「オマエは何をしていた」
「任務ですよ……秋田まで行かせるつもりでしょう?嫌な予感がして、夜蛾先生に同行したいと言ったら、この任務を任されました」
「確かにそうだな……」

 彼は信じられない、といった表情をしていた。何をしていたか、という問いはきっと、秋田への遠征任務のことを理解しているか、確認したかったからだろう。私が現時点で知るはずのないことを知っている為、私はここまで夜蛾先生が信じてくれるというなら、高専で出来ることがあるのではないかと考える。

「同行しなくても、高専に残って備えてもいいかもしれません。薨星宮の入口がすぐにバレて侵入される。蠅頭の群れが高専を襲い、呪力のない彼は簡単に入れる。邪魔にならないよう、悟の攻撃が始まったら、配備しておいた術師で蠅頭を祓うべきかと。あとは私が足止めをします」
「傑が殺すのか?」
「いや、悟が。一度殺されかけますが、大丈夫です。悟じゃないと、殺せない」
「そうか……」
「私は高専に残りましょうか?」
「いや、二人と任務に行け。こちらは準備しておこう。バレない程度ならいいんだろう」
「そうですね。でも呪詛師には近づかないよう言っておいてください」

 他の術師がいたとしても、呪詛師の実力なら被害者が増えるに違いなち。私達が何とかしなければ。そう、私は何かあったら連絡しますと言って、急いで悟と傑の後を追った。






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