#5.キッカケは、





 呪術高専、二年生。後輩となる新入生は二人いた。七海 建人と灰原 雄。
 七海さんは知っている。一級呪術師で、時々任務に同行してもらったこともある。優しくて、大人な印象だ。彼もまた時折寂しそうな顔をするのは、きっと私が私でなかったからだろう。しかし、灰原 雄の存在は知らなかった。ただ会っていないだけか、それともこれからの十一年の間に死んでしまったかだ。
  春にもなれば、一級呪術師らしい動きが出来るようになっていた。時折、悟や傑と立ち合いをする。正直に言えば、彼らはまだ特級レベルにないのでは、という動きだ。手加減しているというのもあるだろうが、未来を知っている私からすれば、大きく違っている。特に悟はそうだ。傑とは比べるほど戦ってはいないから分からないけれど。
 そして、傑の人間性も分かってきた。私からの印象は、優しくて頼り甲斐のある人。少し揶揄われることもあるが、基本的には良い人だ。未来を知らなければ、好きになりそうなタイプの人である。そもそも私は惚れっぽいのではないか、という気さえするが。でも、帰りたいって気持ちは薄くなったのは確かだ。

「百面相してどうしたの?」

 顔を顰めていた私に、隣で一緒に悟と傑の立ち合いを見ていた硝子は訊ねてくる。硝子は真希ほどではないが、男前タイプと言っていいだろう。ハッキリと物事を言うタイプで、私が揶揄われていたら助けてくれる。時々、悪ノリして笑っているけれど。

「何でもないよ。少し考え事」
「ふーん……ねぇ、未来での同期ってどんな感じだった?」
「男の人よりカッコいいんじゃないかってくらい性格が男前の女の子と、おにぎりの具で会話する男の子と、転校してきた少し気が弱い男の子、あとパンダ」
「パンダ?」
「パンダはパンダ」
「アイツらより濃い奴いるんだ」
「はは、バラバラな個性って感じだったかな。悟と傑は何か……違うけど波長が合ってそうな感じ?」
「あー……」

 本当に仲が良い。常に一緒、確かに親友と言って差し支えない。まるで幼い頃から一緒だったかのような、そんな雰囲気さえある。何より悟が楽しそうだ。それが崩れていくのを見るのが心苦しい。

「事故で来たわけじゃないんでしょ。後悔してる?」
「うーん……好きな人がいて、その人の為にと思ってしたことが、その人の為にならなかったんじゃないかと思ってしまって。今でも悩んでる」
「それって五条のこと?」
「う……っ」

 バレている。確かに真希達にも好意が透けて見えていると言われることがあった。でも、今は見えていない自信があった。だって悟は五条先生と違って意地悪だから。

「でも、涼華が好きなのは五条先生≠ナ、アレじゃないんでしょ」

 そう悟を指すと、私はどうなんだろうと苦笑する。それに硝子はよく知らないけど、と退屈そうに足をプラプラと動かしながら話す。

「未来がどうなってようが知ったこっちゃないけど、趣味悪いわ」
「それは、よく言われる。確かに教師らしくない人だった。マイペースで、よく揶揄ったり、年齢の割に子供っぽい所もあるけど、強くて、優しい人だったよ。忙しいのに私の面倒をよく見てくれた」
「何かキショいわ」
「えぇ……」

 家入さんも、私が五条先生と話していると、オマエのタイド、ゾッとするわ。と言っていたこともある。やはり、彼は無理していたんだろうか。そう考えていると、硝子はでも、と言葉を続ける。

「同期がいきなり十二歳若返って、記憶も失ったら……そうなるのかもな」
「そうか……家入さんも優しかった。怪我は私が治してやるから、なるべく術式で治療するな、って言ってくれた。あ、よくコーヒー出してくれたな」
「ふーん……」
「硝子はあまり変わらないかなぁ」
「だろうな」

 私はまだ続いている立ち合いという名の殴り合いに凄いなぁと見ていると、硝子はまだ聞き足りないのか、質問をする。

「涼華が五条の為に過去に来たって言うけどさ、何かあるわけ?」
「……言えないよ」
「何で?何かあったら、どうにか出来るかもしれないのに」
「それは、最終手段だよ。言ったら台無しになる」
「そう」
「……ごめんね」

 人に隠すのは気が引ける。それでも硝子は無理に聞き出そうとはしない。彼女は優しい、私の友人だ。


***


 ジンジンと夏の日差しが肌を刺す八月。
 特に何もないまま続いていく青春。ただ楽しい日々。傑に変化はないし、大きな事件があったわけでもない。

「あぁ、暑いなぁ」
「ソーダ、いる?」

 背後から声を掛けられたかと思えば、私の頬に冷たい物が触れ、思わず体が跳ねた。見ると傑が私の頬に冷たいペットボトルを押し当てており、私はそれを受け取った。

「ありがとう」

 校舎外の日陰でぼんやりとしていた私を見かねて声を掛けてくれたのだろう。彼は隣へ座ると、プシュっとペットボトルの蓋を開けて飲み始める。

「悩み事?」
「んー、そうだね」
「話、聞くけど?」
「……過去を変えたことで、未来が大きく変わる。その未来が見えないことが恐ろしく感じる」
「誰だって未来は見えないものだよ。君が特殊なだけで」
「……最初は、他人の為にやろうとした。でも、今では自分の為になってる」
「いいことじゃない?」
「そうかも……運命を捻じ曲げるんだから、失敗は出来ない。私は皆が好きだよ、今の傑が好き。変わらないでね」
「あ、あぁ……」

 私はペットボトルの蓋を開け、ソーダを一口飲むと、傑にありがとうと礼を言うと、そのまま校舎へ戻った。
 その後、二日も連絡のなかった庵 歌姫さんと冥冥さんの救出任務を任せられた。帳は自分で下ろすし、補助監督はいらねぇと悟が断り、私達は四人で目的地へ向かうことになった。

「歌姫先輩と会うの初めてだっけ?」
「うん、未来では会ったけど。京都校の教師だよ」
「五条よりかは向いてそう」
「はぁ?俺の方が強いし。歌姫弱いじゃん」
「教師に強いも弱いもないだろう。呪術を教える才能があるかどうか。悟は向いてなさそうだ」
「は?」
「確かに実践派というか……まずやってみろってタイプの……」
「あー!もういい!未来の話すんな!その五条先生≠フ話もな!」
「また怒ってる」

 不機嫌モードだ、と私はそっとしておくことにした。私達は冥さんと庵さんがいるという場所へ辿り着いた。立派な洋館であり、私は帳を下そう、と詠唱し始めた。

「闇より出でて闇より、」

 だがその瞬間、悟は躊躇いなく術式で洋館を壊していく。彼の術はどれも派手だ。それ故に余計に帳を下ろさなければいけないものを……

「夜蛾先生に怒られる……」

 これは未来を知らずとも分かることだ。悟は壊れた洋館の中から出て来た庵さんを煽っている。不仲なのはこの時代からか。
 すると庵さんの背後から大きな呪霊が現れるが、傑の操る呪霊がそれを捕らえる。彼も庵さんを煽っている。反応がいいから、余計に狙われるんだろう。私は大抵スルーしているから、最近は大人しい。

「歌姫センパーイ、無事ですかー」
「硝子!」
「心配したんですよ、二日も連絡なかったから」
「硝子!アンタはあの二人みたいになっちゃ駄目よ!」
「あはは、なりませんよ、あんなクズ共」
「……あれ、この子は?」

 やっと私に気づいた庵さんは私を見る。冥さんも物珍しそうに私の顔を覗き込む。かなり近い。とても綺麗な人だ。

「見ない顔だね」
「あ、初めまして。十二月に転校してきました」
「色々問題抱えてるんですよ。壱紀 涼華です。時操術持ちで一級ですよ」
「へぇ、よろしくね」
「よろしくお願いします。庵さん、冥さん」
「それより、二日?」

 庵さんは硝子の言葉に疑問を持って首を傾げると、悟はあー、と声を上げる。

「やっぱ呪霊の結界で時間ズレてた系?珍しいけどたまにあるよね。冥さんがいるのにおかしいと思ったんだ」
「そのようだね。それはそうと君達、帳≠ヘ?」

 三人は今気づいた、と言わんばかりにポカンとすると、私はすみません、とひたすら頭を下げた。
 高専へ帰ると夜蛾先生にこっ酷く叱られた。特に悟が。私は下そうとしたんだ、と言い訳したくなった。教室に帰ると、悟は不貞腐れたように私達に話す。

「そもそもさぁ、帳ってそこまで必要?別にパンピーに見られたってよくねぇ?」

 悟はこういう考えだったんだ。何だか意外。すると、彼が以前言っていた傑の道徳の授業が始まった。

「呪術は非術師を守るためにある」

 あぁ、傑の考えはもうすぐ一八○度変わってしまう。彼の言う弱者生存≠フ考えがずっと続ければよかったのに。何が彼を変えたのか。そう考えている間に悟が意見して、二人は喧嘩を始めようとする。硝子は喧嘩に巻き込まれたくないのか、逃げ出した。

「喧嘩しないでよ。私は傑の考え方は素敵だと思うよ。多少の犠牲は仕方ないにしても、犠牲は少ない方がいいと思うし、変に恐怖心を煽るのも良くな、」
「やめろ、吐きそ」

 悟は私の言葉に眉を顰めた。するとガラッと教室の扉が開き、そこに夜蛾先生が入って来る。

「硝子はどうした?」
「さぁ?」
「便所でしょ」
「逃げたんですよ」
「まぁいい。この任務は悟と傑、オマエ達二人に行ってもらう」

 嫌そうな顔をする二人に、思想は違えど似たもの同士だな、と私は自分の席に戻りながら夜蛾先生の話を聞く。

「正直、荷が重いと思うが天元様のご指名だ。依頼は二つ、星漿体%V元様との適合者、その少女の護衛と抹消だ」

 その後、天元様の術式についての説明など、悟が知らなかった為に説明を受けた。そして誰から守るのか、といえば天元様の暴走による現呪術界の転覆を目論む呪詛師集団「Q」と天元様を信仰、崇拝する宗教団体、盤星教「時の器の会」だと聞く。
 詳しいわけではないが、盤星教は非術師の集まり。普段、非術師が関わることのない呪術界で非術師が関わることとなる今回の任務。先程の傑の考えが一変することといえば、彼らなのではないか、と考えがついた。

「先生、私もついて行っていいですか?」
「何故だ」
「こういった任務は貴重だと思うんですよ。普段は呪霊を祓うだけ。私も出来るだけ参加して、経験を積み、今後に生かせればと思うんですが」
「駄目だ、オマエにはオマエの任務がある」

 やはりダメか。定期的に連絡を取って、状況確認をした方がいいかもしれない。

「何だよ、俺と離れたくない?」

 ニヤニヤと笑う悟に、私は呑気だなぁと思いながらも、いや、と椅子にもたれながら傑を見る。

「私は傑と離れたくないだけだよ」
「えっ」
「はぁ?」
「暇が出来たらメールして?護衛ってどんな感じか教えてね」

 私はトイレ行ってきます、と立ち上がると、そのまま出て行った。もし、身体の時を戻したとしても分かるように、これからのことはメモしておこう。






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