#13.傍にいさせて





 教師として、真希、パンダ、棘と会うのは不思議な感覚だ。まぁ、パンダとは前から夜蛾学長を通じて何度か会っているのだけれど。そして当たり前だが、彼らは私を覚えちゃいない。生徒だけれど、古い友人のような軽い気持ちで接してしまう。だからなのか、割と親しくもなれたし、まるで同期のような感覚で話し掛けてくれて、慕ってくれている。そんな中、憂太も編入してくると、もうこんな時期かと少し懐かしく思う。

「えぇ!十年もお付き合いしてるんですか!?」
「そうそう!そろそろ僕と可愛い彼女の間に生まれる天使のようなベイビーがほしいんだよね」

 ちゃんと話を聞いてくれそうな優しい憂太に愚痴っている情けない教師の頭に、私は後ろからチョップする。

「生徒に何言ってるの。正確には十年ではないし」
「にしても趣味悪いよな。この目隠しバカのどこがいいのか」

 真希は気に入らない、と眉を顰める。やはりループ前と言ってることが同じだと思いながら、そうだなぁ、と悟を見て考える。

「私を理解してくれているとこかな」
「僕はぜーんぶ好きだよ!」
「オマエに聞いてねぇ」
「これは重症、バカップルだな」
「しゃけ」

 パンダも棘も似たような反応をする。やはり私は趣味が悪いのか。誰にでも言われるんだよなぁ、と考えてしまう。

「十年ってことは、学生時代からの?」
「そうだね」
「学生恋愛も経験して社内恋愛も経験しちゃってるよね、僕達」
「人間って恋愛にマンネリとかあるって聞いたけどないの?」
「ないない!常に愛し合ってるから」
「ウザ」

 ラブラブだよね、と抱きついてくる悟に、いつものことだからいいんだけど、と放置しながらそうだなぁ、と話す。

「今はこんなテンション高いけど、家に帰ったらまぁまぁ大人しいよ。ベタベタする時もあるし、ソファで寝てる時もあるし。自由な悟に合わせてるだけだから何とも……」
「でもたまに彼女から甘えられるのは可愛いよ。あとベッドの上では、」
「黙って」

 他人に、ましてや生徒に言う話じゃない、と私は悟の顎を掴んで黙らせる。彼らは最低だな、とそれを見てると、棘はそういえば、というように、自分の左の薬指を指す。

「高菜、明太子」
「あぁ、結婚しないのかって?」
「ずーっとプロポーズしてるんだけどさ、全然してくれないの!」
「いつかするよ、いつか」
「苗字が五条になるんだよ?いいでしょ」
「その五条も認識出来なくなるの、やだなぁ」

 自分のことだと脳が認識した瞬間、聞こえなくなったり、暫くすると忘れたりする。五条という名になったら、自分が五条であることも忘れてしまうのかな。

「僕は満足だけど」
「名前なんて今更どうでもいいから……まだ呪術師続けていたいなっていうのが本音。結婚して子供産んだら、出来なくなるでしょ?暫くは」
「その分僕が頑張るよ」
「会える時間、今より減るじゃない……」

 それはそれで寂しい。それに、そんなオマエも大好き、と悟は私をぎゅっと抱きしめると、彼らは始まった、と溜息を吐き、憂太は仲が良いなぁ、と少し微笑ましくこちらを見ていた。すると、後輩の伊地知 潔高が五条さん、すみません、と申し訳なさそうに声を掛けてき、悟は私の頬にまたね、と軽く触れるだけのキスをして去って行く。

「あれが十年……」
「苦労するなぁ」
「最初はそうでもなかったよ。好きって自分からなかなか言えなかったし、顔真っ赤にしちゃうし、手を繋ごうとするにもビクビクしてたし……昔は可愛かったなぁ」
「別人だろ、それ」
「最初はめちゃくちゃ高圧的なヤンキーだったから……」

 そんな過去が、と彼らは驚き、ちょっとその学生時代は興味ある、と話を聞いていたが、最後は惚気話のようになってしまい、バカップルめ、と彼らに呆れられてしまった。


***


「あれ、今日傑が来ちゃったの?」
「知らなかったの?」

 任務を終わらせて帰って来ると、ループする前と同じ状況になっており、当時はこんな重いことになるとは思っていなかった為、傑が来る日など覚えてはいなかった。傑が宣戦布告をしに高専へやって来たことを悟から聞いて驚いてしまった。でも、私が手出ししたとしても、結果は同じだし、と少し諦めていた。

「私は何も言えない。悟が考えてることが正しいよ」
「そう……じゃあ最近お預けされてる分、空き部屋でヤっても、」
「はぁ……」
「嘘だって、そのドン引きした顔やめて。ちゃんと家で気持ちよくなろうね」
「それより、二十四日の百鬼夜行、私は新宿の方でいいかな」
「あぁ。でも、傑を殺すのは僕だ」
「……そうだね。よろしく」

 私に殺させたくないんだ。だったら私はそれに従うだけ。もう、後悔はしない。

 十二月二十四日、百鬼夜行当日。 
 私達は新宿にいた。睨み合いの状態が続いている中、悟は狙いが憂太だと気づいたのか、パンダと棘を高専に送ると、彼らは襲って来た。悟は外国人の男と戦っている中、私の目の前に現れたのは二人の少女。すぐにあの村で迫害を受けていた少女達だと気づく。

「大きくなったね、二人共」
「夢の人だ」
「壱紀 涼華だっけ。夏油様の友達なんでしょ?」
「そうだよ。二人共、名前は?」
「美々子」
「菜々子」
「夢の内容を覚えているなら、分かるでしょう。負け戦だよ。傑は死んでしまう」

 彼女達は傑を慕ってここまで来たのだろう。私はあの時、自分のことばかり考えていて、彼女を傑の元へ置いて行った。彼女達を呪詛師ではなく、呪術師として導くことが出来なかったのが心残りだ。

「死なないように作戦を立ててきたし、絶対成功する」
「何で私達にあんな記憶を残したの?」
「……悟に殺されることを知っているなら、この戦いを止めてくれるんじゃないかって淡い期待をしていたんだよ。でも、ダメだったみたい」
「っ!死んでほしくないなら、夏油様が死にそうになったら助けてよ!夢で私達を助けたみたいに!」
「これは運命で決まってる。もし助けたとしても、一週間以内には死ぬ。夏油 傑という人間は、今日死ぬって決まってるんだよ」

 その言葉を聞いて、彼女達は私に襲い掛かろうとした瞬間、ドゴン!という大きな音と共に近くの建物に落ちて来た外国人の男。悟にまだ抗っているとはなかなかと思っていると、そこに大きな呪霊が現れ、悟はそれを一撃で祓うと、私はあまり建物を壊しちゃダメだよ、と軽く声を掛けた。だが、彼らは時間稼ぎがしたかったようで、時間が来ると逃げて行く。私は追わなかった。私にあの子達は殺せないし、殺す気もない。
 悟は急いで高専へ帰る中、私はゆっくり、ゆっくりと帰って行く。あの五条先生も、悟も、私に傑の死体を見せたくなかったんだ。正直、私も見たくない。弱くてごめんね、悟。

 高専に帰り、悟がいつも使っている休憩室に入ると、悟がテーブルに軽く座りながらぼんやりと高専内の壊れた建物を眺めていた。

「ただいま」
「……アイツ、この世界では心の底から笑えなかったんだって」
「そう……」

 私は彼の傍に立ち、窓の外を同じように眺める。あの時と同じで、寂しそうだ。言葉ではきっと、寂しくないと言う。でも、私の目からは常に彼が孤独を感じているように見える。

「だったら、あの日々は何だったんだろうな」
「笑えてた時もあったよ、きっとね。じゃないと、私達は傑を好きになれてなかったんじゃないかな」

 そうして沈黙が続くと、悟は目元の包帯に指を引っ掛け、するりと外すと、彼は私を見つめる。

「慰めてくれる?」

 少し屈んだ彼の首に腕を回し、そっと引き寄せると、キスをする。あの時と全く同じ台詞だ。あの時と違うのは、私は成長したということだけ。彼の心を癒すことが出来るなら、私は何でもする。

「……僕は二度もオマエを好きになった」
「ん?」
「オマエの好きだった五条先生≠フ記憶が戻って来た」
「そう……」
「オマエの言う通り、過去の僕は過去のオマエしか見てなかった。今、オマエが十六歳に戻ったとしても、僕は過去の僕と同じことをする。過去のことは隠して、めいいっぱい甘やかしてやる。でも、好きなのは十六歳のオマエじゃない、今のオマエだ。同期で、自分のことすら分からない可哀想な奴。オマエが好きだよ、涼華」
「……私も、今の悟が好きだよ」
「消えた瞬間、オマエも俺を置いていった、そう思った」

 分かっていたことだった。本当に馬鹿なことをした。でも、過去に戻ったことで、私は今の悟と出会えたんだ。

「二度も好きになったんだ。もう過去に戻るな、一度目の僕は失敗したけど、今度は幸せにするから。僕をずっと、オマエの傍にいさせて」
「……こっちの台詞だよ。もうループしない。同じことは繰り返さない。ずっと今の悟が大好きだよ」

 私は悟を強く抱きしめると、彼も安心したように私を抱きしめ返してくれた。その温かさを二度と離したくはない。
 もう、私が過去へ戻ることはない。どんなことがあっても、運命を受け入れ、今を生き、未来を作っていく。今の私が悟の隣に存在していたいから。

 私はここに、この世界に存在している。






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