#11.存在しないのは、





 私達は呪術高専を卒業した。
 学生生活はあっという間だった。残り時間はただ、足りない物を忘れるかのように任務を熟していく日々が続いていた。任務、任務の繰り返し。
 卒業してもやることは変わらない。呪術師の仕事は忙しくて、悟や硝子に会える時も少ない。当然、高専の寮も出たわけだから、偶然会うなんてことも、気軽に部屋を行き来するなんてこともない。まぁ、卒業して大人になればこんなものなのだろう。
 卒業から半年ほど経った頃、任務も終えて深夜に帰っていた時、自宅近くの公園に男がいたのが目についた。それが悟だとすぐに分かり、そこへ向かう。時々連絡を取り合っていたが、久しぶりに会えた、と嬉しくなった。でも何故公園で待っていたのか。連絡してくれたらいいのに。私は久しぶり、と声を掛けると、彼は挨拶することもなく、私を見据えた。

「僕のこと好きでしょ?付き合ってよ」

 いつの間にか一人称は僕≠ノ変わっていて、口調も柔らかくなったが、態度がデカいのは相変わらず。一人称も口調も、傑と伏黒 恵の影響だろう。初めこそ私の前では慣れない様子だったが、卒業する頃にはフランクな話し方になることも多くなっていた。
 そんなことよりも、唐突な告白で私は言葉を失っていた。

「返事は?」

 返す言葉もない。こんな深夜の公園で待ち伏せして言う台詞か?とも思うし、態度もどうなの?とも思う。それ以前に、私はどう断ろうか頭をフル回転させながら考えていたのに、そういった疑問ばかりが頭に浮かび、なかなか声を出せずに唖然としていた。

「僕としてはもう付き合ってるようなもんだと思ってたけど、オマエはそう思ってないんだろ?だから一応」

 振られると思ってない物言いと、両手をポケットに入れたままこちらを見下ろしているその態度にまた驚きだ。早く気の利いた断り方を思いつけ!と私はとりあえず声を出してみることにした。

「あー……どの辺で付き合ってると勘違いしたの?」
「手繋ぎデートもしたし、キスもしたでしょ。僕のことも好きって言ってたし」

 確かに手は繋いだ、これは仕方ない。でもキスは額にだし、好きって言ったのも、傑と硝子も含めて、つまりライクの方で言った。私も恋愛したことなんてほぼないにしろ、悟の思考も十分おかしい。

「ソウダネ……」
「何?問題ある?」
「何でキレてるの?」
「返事遅いから。照れてるの?そういうのいいよ、言葉でちょうだい」

 数年付き合いがあるんだ、こっちも悟の考えくらいは分かる。これは自分が照れているから、早く返事がほしくてムカムカしている。ちょっと面倒だけど可愛い。でも断る。言葉を選ばないと。

「んー……ちょっと早いかなって」
「あ?」
「……早いかなって」

 もう今更、高圧的な態度には屈しない。どれだけ理不尽な圧に耐えてきたことか。それに彼は眉を顰める。

「断るって?」
「そういうことですね……」
「特級で金持ち、優しい。このイケメンフェイスの五条 悟先生を見ても断るの?」

 明らかに先生≠強調してきたけど、そうじゃないんだ。

「悟に悪い所は……あるっちゃあるけど、全て悪いわけじゃないよ。私も私で我が儘だし、その、付き合ってると勘違いをさせたのは謝るよ。でも……」
「好きじゃないの?」

 私は本当に我が儘だ。勝手に先生の為だとか思って過去までやって来て、結局それは意味のないことだったし、本当に先生が望んでいたことも叶えてあげられなかった。過去にやって来ても、悟はそんな私を見てくれているのに、好きになってくれたのに、私はいつかまた不幸にしてしまうと怯えている。そしてまた、傷つけようとしている。私は存在しない。存在しないものを好きになっても、何の意味もない。ただ傷つくだけ。私が幸せになっていいはずない。彼にはもっと幸せになれる道があるはず。

「そういう、好きじゃない」
「嘘が下手」
「……嘘じゃないよ」
「顔に僕のことが好きで好きで仕方がないって書いてる」

 そう、俯き気味の私の頬を人差し指で突く。分かってるんだよ、伝わってるって。それでも好きじゃないと言ってるんだ。

「私には顔も名前もないよ」
「……じゃあ、僕が触れてるものは何?」

 少し苛立ちながら、頬を突いていた大きな手が私の頬を包み込んだ。私はそれに淡々と答えていく。

「存在しないもの」
「オマエって何でそんな面倒くさいわけ」
「だから付き合わない方がいいよ」
「それって僕の為?」
「自己満足、私の我が儘」
「なら、その自己満足に付き合わされる僕の身になれよ。僕の為を思って、僕と付き合ってよ」
「どこを好きになったの、こんな女」
「そういう可哀想なとこ」

 どういう意味?と私は顔を上げる。それに彼は私の髪を撫でながら話していく。

「五条先生≠フ為とか言って命懸けで過去まで来たのに、結局空回っちゃうし、その五条先生≠ノもオマエは見られてなかった。しかもそいつにはもう関係ないことなのに。いつまでもそれに引きずられてるのとか可哀想」
「……そうだね」
「というか、存在しないのは僕らの方でしょ」
「……?」

 意味が分からないと私は首を傾げると、彼は面倒くさいな、とぼやきながらも話す。

「オマエが過去に戻って消えてしまった未来の僕らの方こそ存在しない。寧ろ、オマエは身体を戻さない限りは全部覚えてる。どの未来にもオマエだけはちゃんと記憶を持って存在してる。存在してないのは、オマエが過去に戻って消えた未来の僕らだろ」

 そういう考えはしたことがなかった。私は悟からそんな言葉を聞くなんて、と言葉が出ずにいると、そんな私を差し置いて、悟は言葉を続ける。

「僕が夢だと言ってたあの記憶の中の僕も存在しない。先生≠烽の時の僕も可哀想な奴だ、オマエに選ばれなかった。だからここに存在出来なかった」
「そう……なのかも」
「僕は存在したいし、オマエにいなくなってほしくない。また過去に戻されて消えていく奴になりたくない……好きだから。別の記憶のアイツみたいな喪失感を味わいたくない。だから僕を選んで。常に存在してるオマエの隣に存在させてよ。恋人として」

 こんな幸せな告白を、私は受けてもいいの?私の存在を認めてくれる彼が好きだ。どうしようもなく、大好きなんだ。消えしまった未来を、消えてしまった人達のことを考えると、私は幸せになっていいんだろうかとさえ思う。それでも、私の目の前にいる悟には存在していてほしい。

「……ごめんなさい」
「まだそんな、」
「私なんかでよければ、恋人になって」

 勇気を振り絞ってそう言った。彼は私の言葉を聞くや否や、私の頬を掴み、キスをした。その愛の篭った優しいキスが暫く続く。彼が触れた場所が熱くて気持ちいい。ただ愛おしいという気持ちだけが溢れ出してくる。唇が離れると、六眼が私の瞳を間近で覗いてくる。

「僕のこと、好きでしょ?」
「……大好き」

 彼は顔を真っ赤にさせると、そっぽを向き、私から離れる。左胸辺りをギュッと握り、唇を噛んでいる。

「どうしたの?」
「……もう一回言って」
「え?」
「今の」
「……大好きだよ、悟」

 彼は嬉しそうに目を輝かせている。照れ臭いけれど、そういう顔が見れるのなら何度も言ってあげたい。心の底から感じるこの気持ちを。

「悟は?」
「……好き」
「私もだよ」
「っ、僕は予定があるから!……また、連絡する」

 彼はササっと帰っていくと、私は今更、どうしようもなく彼が好きなのだと胸がきゅぅと締め付けられ、ドキドキした。


***


 付き合うといっても何かが特別変わったわけでもなかった。相変わらず悟は忙しくて、恋人となって二週間経つが、会えていない。
 私は硝子に悟と付き合うこととなった、とメールすると『今更すぎて驚きもないけど、趣味が悪い』と返ってきた。硝子は相変わらず悟に厳しい。

 今日は休日だった。ただひたすら家でゴロゴロして、読書して、好きな物食べて、いつの間にか眠っていたりして。もう外が暗くなり始めた頃、お風呂に入り、ベッドでうとうとしていると、インターホンが鳴った。こんな時間に誰だ、と私は何の確認もなく扉を開けると、そこに悟がいた。

「えっ、いきなりどうしたの」
「結婚しよ」

 この人は何でもいきなりすぎないか。悟のことは分かっていると思っていたが、まだまだのようだ。全く考えが読めない。

「あのー……とにかく入って?」

 何も考えず家にあげると、彼は私の部屋を見回しながらソファに座る。

「何いる?ココアとかあるけど」
「それでいい」

 私は温かいココアを淹れてやると、悟に手渡す。隣に座ると、彼はココアを一口飲んでテーブルに置くと、すぐにタックルする勢いで抱きしめて来た。

「わっ!ど、どうしたの?」
「結婚しよ」
「早すぎない?」
「一緒に住もう。僕が買った家、広いし十分でしょ。帰ってくる場所が同じだといつでも会えるし」
「寂しかったって話?」
「……悪いかよ」
「そんなことないけど……私も寂しかったし」

 そんなに寂しかったんだ。ちょっと可愛いな、と背中を撫でてやると、彼は少し離れて、私にキスをする。そしてそのまま体重をかけて、私は押し倒されると、慣れないキスにたじろぐ私の口に親指を滑らせ、口を開かせると、そこに舌が入ってくる。ふわりとココアの味が口内に広がる。驚いて思わずびくりと体を震わせ、彼の胸を押し返そうとするが、ふと目を開いた彼の視線と合う。目で訴えようとするが、彼は止まらない。息の仕方が分からず、苦しくもあり、快楽でどうにかなりそうで。交差する度に開く唇の間から吐息が漏れるのが酷く耳につく。頭がぼんやりとしてきた時、やっと唇が離れ、私は酸素を求めて必死に呼吸する。

「っ、悟……」
「……続き、しよ」

 そう、私の首筋に顔を埋め、ちゅ、とリップ音を立てながらそこに唇を落とす。恋人なんだから、もういいよね?恥ずかしいけれど、私も触れていたい。私は彼を受け入れようとギュッと抱きしめると、悟はそのまま私を抱えてベッドへ下ろした。
 彼の熱を孕んだ視線が、私の存在を認めてくれていて、嬉しくて愛おしくて、幸せだった。
 翌朝。
 シングルベッドに一九○センチ以上ある男と私。そして床に散乱する服。まるで夢のような昨夜の出来事を処理出来ておらず、ぼんやりと隣にある綺麗な寝顔を見た後、服を拾って着替える。
 私はふと、テーブルを見た。彼が一口しか飲んでいなかった冷えたココアを取ると、もう飲めないな、とシンクに流す。ふわりとまだココアの香りがして、全てはそのココアの味から始まったことを思い出してし、ぼんやりとしていた頭が一気に覚める。あぁ、恥ずかしい。けど、とても幸せだ。でも、彼と交わったことを思い出してしまうココアは、暫く飲めなくなってしまった。






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