#9.任務後デート





 ただただ忙しい日々が続く。時々は皆で集まるけれど、任務はバラバラだ。
 悟と傑は特級、私は一級、皆、それぞれ単独で任務を熟せる。でも、傑は不安定なような気がしてならない。時々メールしてみたり、話してみたり、気分転換に出掛けようと誘ってみた。彼はただの学生のように楽しんでくれていたと思う。ちゃんと私を友人として見てくれていた。

「傑、悟、おはよう」

 珍しく朝、自販機の前でジュースを買いながら話している二人に遭遇する。二人して同時に私を見ると、いつも通り傑に話し掛けた。

「傑、今日は任務?」
「あぁ、そうだよ。悟も今からだ」
「そうなんだ。最近忙しいよね……人手が欲しい」

 寒くなってきた今日この頃、ここへ来てから一年経ったのだと実感する。私はいつもの温かい紅茶を買い、冷えた手を温める。すると、今まで黙っていた悟を指しながら傑は私に話す。

「悟が言いたいことあるんだって」
「あ!?」
「え、何?」

 何故か悟も驚いたような声を上げたが、いや、その、と動揺して目を泳がせ、頭を掻く。

「今日、任務近いし、早く終わりそうだし……何か新しく出来た紅茶専門店があるから、行かねーかなって……ケーキが美味いらしいけど、一人で行くとナンパとか面倒だし?」

 語尾が弱々しくなっていく。何だか弱気な悟が珍しくも思えたが、断る理由もない。寧ろ行きたいと頷く。

「全然いいよ、行こうよ。終わったら連絡する。傑も行く?」
「何で傑を誘うんだよ」
「え、だってここにいるから」
「いや、私はいいよ。少し離れているからね。今日は帰らないし」

 そうなんだ、と私が返すと、悟はイライラしていた。傑は困ったなと苦笑しており、私は彼の心理が理解出来たような気がし、でもあり得ないと思いながら、揶揄うように笑って話す。

「もしかして、私と二人で行きたかった?なーんて……」
「だったら悪いかよ」
「え?」

 彼は連絡しろよ、とそのまま去って行く。まさかの答えに顔が熱くなった。今、私は赤面しているに違いない。自惚れていいんだろうか…….いや、私には似合わないよ。

「何か甘いなぁ」
「うっ、困る……」
「何が?」
「色々と……」
「悟は嫌い?」
「そうじゃないよ。好きだけど……私には、似合わないなって」
「似合う似合わないは関係ないだろう」
「そうかな」

 何となく、悟の好意に気づき始めていた。でも本当にそうなのか、疑わしい。けれど、こうやって誘ってくれたり、あの時のキスもそうだった。確信に変わっていくのが、怖い。

「好きなら好きでいいと思うけど」
「……面倒くさいと思うかもしれないけど、私は自分勝手だから。ここにいてと言われても、そうしなかった。いつだって悟を置いて行ってしまう。傷つけてしまう」
「面倒くさ」
「だ、だから言ったじゃん……面倒くさいって」
「自覚してるなら治せばいい。どうしても貫きたいというなら、仕方がないけど」
「……その時にならなきゃ分からない」

 傷つけたくない、と始めたことが、結局は傷つけてしまっている。でも行動しないと、私がここへ来た理由も未来も何もかも無駄になってしまうような気がしてならない。

「我が儘だよ、本当に」
「追いたいけど追われたくないって感じだね」
「あぁ……そうなのかも。よく分かんないけど」
「ふふ、まぁいいじゃないか。今日は楽しんでおいで」
「うん……また傑も行こうね」
「悟に嫉妬されるなぁ」
「いいんだよ」

 傑と高専出入口まで歩きながら話し、そのまま別れた。少し元気そうな気がした。彼自身の話よりも、こういう私達の話をしていた方がいいのだろうか。
 任務が終わり、悟に連絡をすると、待ち合わせ場所が送られて来た。私は何の違和感もなくそこへ向かう。この辺は過去に来る前からよく来ていた……五条先生と。
 暫く待っていると、悟がそこにやって来る。人混みの中、白髪の整った顔立ちに丸いサングラスをした一九○センチ、いや、それ以上あるのではという長身でスタイルのいい男がこちらに歩いてくると、それはそれは異様というか、申し訳なくなってくる。最近、自分の容姿など気に留めなくなっていたが、彼の隣を歩いていて見合うのだろうか、と不安になってくる。

「何その顔」
「ブスだった?」
「あぁ、ブスだった。何で眉顰めてんの」

 そう、悟は私の眉間に人差し指をグリグリと押し付ける。私はもうしないから、と彼の手を払うと、悟は行くぞと歩き始める。私は彼の隣を歩きながら辺りを見ると、やはり見られるな、と意識してしまう。ここでこそ、自分は存在しないのだと、透明人間なのだと思っていなければならない。

「悟、紅茶専門店とか行くんだね」
「普段行かない。ケーキが美味いってテレビでやってたから」
「へぇ、楽しみだな」

 紅茶専門店なのだから、紅茶も美味しいのだろう。ふと、私の脳裏を過ったのは、私がよく五条先生に連れて行ってもらっていた喫茶店。憂太とも行ったあの店はこの近くだ。まさか、もしかして……

「ここ」

 人で賑わっているその場所はやはり、私の思っていた喫茶店だった。あぁ、紅茶専門店だったのか、通りで美味しいわけで……

「何、嫌だった?」
「い、いや、いい匂いがするなって思って。それにオープンしたてだから、人が多いかなって……」
「それは仕方ないだろ。ケーキあるかな……」

 彼は入って行くと、最後の一つのショートケーキを見て、あ、と声を上げ、すぐに店員に声を掛ける。

「すみません、これ一つだけ?」
「はい。御好評いただいて、最後の一つになります」
「じゃあ、これの……アールグレイのセットで。オマエは?」
「私、ブレンドティーで……」
「かしこまりました。空いてる席へどうぞ」

 一つだけ空いている席に座ると、悟はあーあ、と息を吐く。

「やっぱ早めに来ないとダメだな」
「でも良かったね、一つあって。ショートケーキが一番美味しい」
「ショートケーキ好きなの?」
「ま、まぁ……」

 一応、八種類くらいあるケーキを全部食べ比べたけど、中でもショートケーキが一番美味しかった。五条先生もオススメしてくれていたし。というか、十一年も前からあったのか、このお店……

「オマエ、傑が好きなの?」

 ショートケーキと同じ感覚で訊いてくる悟に、私は唐突だなと苦笑する。

「何でそう思うの?初めの方も訊いてたけど」
「だって傑、傑ってそればっか」
「うーん……」

 何と答えていいものか。前は傑を知らなかったから簡単に言えたが、今はそうもいかない。傑のことは好きだけど、そういう意味ではないし……

「何で黙んの」
「いや、理由を聞かれても困るっていうか。傑は最近、理子が殺されたのを目の前で見たでしょ?」
「……俺は殺したアイツもだが、盤星教の信者も殺したかったけどな」
「会ったの?」
「天内が死んで喜ぶような連中だ、笑顔で拍手して、気色悪い。あの時殺しても何にも感じなかったはず。傑は意味がないからやめておけって言うから、やめたけど」

 知らなかった。私はてっきり、非術師の集まり、盤星教が殺そうとしたことに対して傑が悩んでいるものかと思った。でも、そうじゃない。話を聞いているだけでも胸糞悪い。殺しても意味がない、その考えを貫けたなら、私の知る未来は生まれない。

「……初めて知った。尚更、辛いでしょ」
「もう、終わったことだろ。過去に戻るなよ」
「だから戻らないって。理子が死んだ後でも、あの人と対峙することになる。私にはどうすることも出来ない」
「あっそ」

 そこに紅茶とケーキがやって来、やはり良い香りだ、とモヤモヤしていた心が落ち着きを取り戻す。このブレンドティーの香りは未来でも変わっていない。

「……ケーキ、食えよ」
「え、いいよ。悟が食べて」
「いい」
「じゃあ、半分にしよう。折角来たんだから、ね?」

 私は何度も食べている。でも、悟とは食べたことがない。行儀が悪いが、ティースプーンとフォークで苺を下ろして、フォークで真ん中から半分に切った。細くなってしまったショートケーキを見て、彼はあ、と口を開ける。

「何?」
「食べさせて」
「は?」

 思わず間抜けな声が出る。この男、何か吹っ切れてないか?無茶振りをする辺り、未来の彼を彷彿とさせる。

「子供じゃないんだし……」
「フォーク持ってるじゃん」

 あぁ、もう、どうにでもなれ。私は更に一口サイズに切ると、フォークで刺して彼の口元へ持って行く。隣の席の女性二人組の視線が痛い。彼はそれを食べると、美味い、と笑顔になる。あぁ……辛い。心臓が痛い。ついでに胃も痛い。そう思いながら私はフォークを置いて紅茶を飲む。落ち着け、紅茶は美味い。すると今度は悟がフォークを取ると、ショートケーキを刺して私の方へ向けてくる。

「口、開けろ」
「自分で食べるよ……」
「開けろよ」

 何でキレ気味なんだ、と私は唇にケーキを押し付けられ、食べる。ほどよい甘さの生クリームとふんわりとしたスポンジ、間に入った酸味のある苺、やはりこの店のショートケーキは美味しい。紅茶にも合っている。するりと唇の間からフォークが抜けて行くと、彼はニヤニヤと笑いながら自分でケーキを食べ始めた。ただただ恥ずかしい。この男は私が恥ずかしがっているのを楽しんでる。本当に意地悪だ。

「慣れてそうだね、こういうの」
「何、こういうのって」
「人を弄ぶの……」
「人聞きの悪いこと言うな」
「困ってるのを楽しんでる」

 私もあまり言い返すな、と自制しようと考えていたが、思わず口から出てしまう。そんな悟が嫌いなわけじゃない、ただ今は恥ずかしくて仕方がない。

「何だよ、また五条先生は違うとか言うのか?」
「先生にはもう未練はないよ」
「あるだろ、先生の為に来たんだから」
「比べられるの嫌ってる癖に、何で自分から比べようとしてるの?」
「してねぇし、キレんなよ」
「キレてるのそっち」

 彼は私と同じ。十六歳になる前と今、比べられるのは好きじゃない。五条先生が私を見ていなかったことに気づいた時は尚更だ。だから、私が五条先生の話をすると、悟が怒る気持ちも分かる。だからといって、自分から話を持ち出して比べなくてもいいのに。しかも勝手に怒ってる、私は何も言ってないのに。
 彼は不機嫌そうにフォークを置くと、私は残った自分の分を食べようと皿を自分の前に持ってくる。それを食べると、彼はジッとそれを見ながら話す。

「五条先生とそれしたの?」
「半分こ?」
「間接キス」

 言われて気がついた。だからニヤニヤしてたのか、この男。私は思わず深い溜息を吐く。これは多分、自惚れていいんだと思う。ここまで執拗に向けられる感情は初めてかもしれない。でも、何で私なんだろう。

「したことないよ。先生といたのはたった一年。十六歳に戻る前だと十二年友人だっただろうけど、そこは覚えてないし……そもそも先生と生徒」
「俺は今のオマエしか知らないし」
「あぁ、そう……」

 私はショートケーキを食べ終えると、上に乗っていた苺が残っており、それをフォークで刺すと、彼に向ける。

「折角、一緒に出掛けてるんだから、機嫌直してよ。あげるから」

 彼は何故か照れ臭そうにそれを食べると、うん、と呟く。さっきまでの勢いは何だったんだ。彼の情緒が分からない。目の前の彼を見ながら紅茶を最後まで飲むと、ふと息を吐く。

「ご馳走様でした。美味しかった。また来よう」
「ん」

 彼は紅茶をちびちびと飲んでおり、アールグレイは口に合わなかったのかな、と考える。先生はセイロンティーだったか、ミルクティーを飲んでたような気がする。

「美味しくなかった?」
「いや、美味い」
「そう……」
「……察しの悪い女」
「ムカつく」

 何その言い方、と眉を顰めた。すると彼は紅茶を飲み干すと、はいはい、と伝票を取って立ち上がる。当たり前のように会計をすると、私はそれを追って行く。

「ご馳走様」
「奢ってやったんだから、ちょっとは俺のご機嫌取ったら?」
「えぇ……」
「もう帰る?」

 あぁ……なるほど。まだ帰りたくないってことだったのか。確かに察しの悪い女だと言われても仕方ない。というかそれ、女の私がした方がいいよね、普通は。恋人がいたこともない私からすると、ない知識だ。今気づけただけでも奇跡だと思う。

「じゃあ……どこか行って、夕飯でも食べて帰ろうか。行きたい所ある?」
「オマエは?」
「私?……あ、ゲームセンターに行きたい」
「何で?」
「部屋が殺風景だなぁと思って。ぬいぐるみの一つでもベッドに置いたら可愛いと思うんだ。買ってもいいんだけど、折角だったら遊びたいなと」
「じゃあ行くか」

 確かあっちにあった、と悟は歩きだし、私はついて行く。結構遊んだりするのかな、と考えていると、彼の指先が私の手に触れた。拒めないのが辛いところだ。断ればいいのに、何で私は彼に期待を持たせるようなことばかりしてしまうのだろう。まぁ、その答えも分かりきってる。
 私は悟が好きだから拒めない。
 指を絡ませてきたその手をキュッと握った。少し驚いたように体をびくりと震わせた悟に、私も少し驚いた。彼の顔を見上げると、そっぽを向いていたが、耳が赤い。嬉しい。嬉しいのに、どこかでダメだと感じてしまう。ダメだったら巻き戻すから、せめて今だけこの幸せを感じさせてほしい。

「……あのさ」
「ん?」
「……いや、何でもない」

 これは私の我が儘だけど、口にしないで。ごめんね、悟。暫く黙って歩いていると、ゲームセンターに辿り着いた。広いゲームセンターで、ガヤガヤと騒がしい音が店内に響いていた。クレーンゲームコーナーに行けば、私はあ、と声を上げ、立ち止まる。大きなクレーンゲームの中の白い犬のぬいぐるみを見つけ、それを指す。

「ビッグぬいぐるみだって。これがいいなぁ」
「即決かよ」
「だって可愛いじゃない。寝そべってるよ。丁度いいかも」
「ベッドに置くのに?」
「うん。たまに朝起きたら枕抱えてる時あるから、その代わりになるかなって……抱き枕買うべきなんだろうけど」
「……あっそ、じゃあこれでいいんじゃない」
「よし、やっちゃおう」

 私は両替機で百円に替えると、クレーンゲームで遊びまくった。悟もそこそこ楽しんでいたと思う。とにかく私は楽しかった。結果、手に入れたのは大きなぬいぐるみといくつかのお菓子。これじゃあ夕飯食べに行けないね、と話し、途中で夕飯をテイクアウトして帰ることにした。

「さぁ、帰ろう。でも、ぬいぐるみ抱えて帰るの、ちょっと恥ずかしいな……」
「いや、やっぱこの後ホテルでも行く?」

 そうニヤニヤとしながら話す悟に、また揶揄い始めた、と私は若干呆れながらも、少し悪ノリして仕返ししてやろう、と考えた。

「いいけど」
「は……?」
「ホテルでしょ?行ってもいいけど……」

 それに彼は真面目な顔をすると、ガシッと私の襟首を掴んだと思うと引っ張って行き、私は本気にされた、と戸惑う。

「嘘!嘘だから!冗談!」
「言質取った」
「そもそも高校生は入れない!」
「じゃあそこら辺で……」
「バカなの!?するわけない!」
「冗談でも言ってんじゃねーよ」
「先に言ったのそっち!」

 なかなか放してくれない悟に、私はこのままじゃまずい、と思いながらそうだ、と思いつく。

「時間戻すからね!」
「あ?」
「時間、戻、っわ!」

 いきなり手を放されて驚いた。それに彼はムスッと不機嫌そうにしており、そんなに時間を戻されるのが嫌か、と私は苦笑する。

「もう帰ろうよ、悟」
「寮で……」
「しません!」

 きっと、過去一声が出ていたと思う。それくらい動揺した。本当にホテルに行きそうな勢いだったから。でもこの後、私は無事に高専へ帰ることが出来た。






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