#8.無力感





 私は無力だ。何度時間を戻しても、理子を救うことは出来なかった。私はこんなに弱かったのか。
 医務室で目を覚ました私は、ただ自分の無力さに泣く。呪力が尽き、暫くは術式を使えない。また数ヶ月後、術式使用出来るほど呪力が復活した時に過去を変えようとしても、一度の巻き戻しでの呪力消費量が多すぎて、彼には勝てないだろう。
 ガラッと医務室の引き戸が開き、私は布団を頭まで被ると、ベッドが少し凹み、傾いた。黙っているが、誰かは気配で分かる。悟だ。

「……失敗したんだな」
「傷口を抉らないでよ」
「なぁ、同じような道を辿った時、オマエだけじゃなくて他の奴に記憶残ったりすんの?」
「……どういう意味?」
「天内が死ぬのと死なないのとでは大きく違うだろ。生きた道、死んだ道で記憶が消えるのは分かる。でも結局は死んだ道に来た。多少オマエが手を入れたとしても、死んだら後は変わんねーだろ?オマエみたいに前の記憶が戻って来たり、残ったりするのかどうかが気になる」
「残らないよ。大体は一緒でも、別の未来だから。私は最初、任務に同行しなかった。でも今回は同行した。その時点で全てが違う。それに巻き戻しは一度じゃないから」
「……あ、そう」

 何故そんなことを聞くんだろう。そっと布団を下ろして悟を見ると、彼はそれに気づいてこちらを見る。

「泣いてたの?」
「……どんな顔してる?」
「酷い顔」

 そうだろうな。もう隠す意味はないと、体を起こすと、それで、と彼に訊ねる。

「何でそんなこと訊くの?」
「昨日、風呂入って部屋にいたら……夢を見た」
「夢?」
「……なぁ、巻き戻る前にオマエ、俺のこと好きとか言わなかった?」

 どうして憶えているの?おかしい、過去を変えたはず。私と同じように、その時になったら思い出すの?いや、もしかして悟の腕の中で術を使ったから?まさか、その影響を受けてるの?

「それ、最初から最後まで夢で見たってこと?」
「過去に戻った後はどうなるか、考えたことあるかって話とか、オマエが俺のこと好きだって話くらい。で、俺のこと好きなの?」
「……そこそこ」

 言えるわけない。部分的に憶えているということは、きっと術式を使った時の影響だ。これからは気をつけないと。それにしても、忘れると思って言ったのに……まさかキスしたことも憶えてる?どうしようと考えていると、彼はそうかよ、と口を尖らせる。私はやっぱり言えない、と再び布団を被る。

「変な夢、見るんだね。あまり夢と現実をごちゃ混ぜにしちゃいけないよ」
「人のこと言えんの?未来の話もオマエが変えた過去も夢みたいなもんだろ」
「……私にとっての現実は変わっていく。今この時点では現実かもしれないけど、過去に戻れば現実じゃなくなる」
「ここはもう変えるつもりないんだろ」
「そうだね……もう、変えられない。変えようとしても同じ結果になる。私は弱すぎる」
「アイツが強すぎただけだろ」

 珍しく慰めてくれている。何だかんだ優しい、ただ時々素直じゃないだけで。

「いつもそれくらい優しかったらいいのに」
「何?優しくしたら好きになんの?五条先生を好きになったみたいに」
「もう五条先生に未練ないし……」
「……あっそ」

 彼は何かを考えるように呟くと、そのまま立ち上がり、何も言わずに出て行った。


***


「傑、その……」
「やぁ、身体の調子はどうだい?」

 いつもと変わらぬ笑顔を見せる傑に悲しくなってくる。巻き戻す前と同じだ。傷ついているのに、それを隠そうとする。

「大丈夫。傑は?」
「私はすぐに硝子に治療してもらったからね、大丈夫だよ」
「体もそうだけど、心の方だよ」

 それに何かを察したのか、彼は眉尻を下げて、優しく笑う。

「あぁ……それも大丈夫。そう言ったら君だってそうだろう。何度も死にかけて、何度も理子ちゃんを失った」
「……無力感しかない」
「私の力不足だ。君は一生懸命やったんだろう。もう終わってしまったことだよ」
「なら、自分もそうだって割り切ってね。もうこれは運命としか言いようがない。それに、非術師にも悪い所ばかりあるわけじゃない。呪術師に良い人ばかりがいるわけじゃない。人を殺して楽しむ呪詛師がいる。ただ力があるかないか、それだけ」
「……何に怯えてるの?」

 その言葉に、少しドキリとした。傑が疑問に思うのも当然だろう。私の言葉は工程をすっ飛ばしていて、傑にとっては唐突なものだ。でも、言わないと恐ろしいんだ。

「……変わっていくことが怖い」
「悟には変わってほしいと思ってるのに?」
「もう、思ってないよ。私はあなた達の同期で、友人なんだから」
「そう……私は酷く変わってしまうようだね」
「どうだろう……私は傑のこと、よく知らなかったから」
「なら、これから知っていけばいいさ。十一年後に君の言っていた答えが分かるかもね」

 彼は十一年後でも私達と一緒にいると思っているのだろう。でも、そうじゃない。私は怖い。傑が今とどう変わったのか理解する日が来るのが。







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