#5.祈った先の未来
あれから一週間ほど経ったある日。私は親友と共にパスタ専門店でランチを楽しんでいた。いつもと変わらず世間話をしたり、親友の彼氏の話を聞いたりしていた。彼女が「いい人いないの?」と訊ねてきた時、私は親友に傑くんとのことを言っていなかったことに気づき、フォークを持つ手を止めた。
「そういえば、私そろそろ結婚するかも」
「は?誰と」
「夏油 傑くん」
私の言葉に、彼女は呆れたように溜息を吐く。信じてもらえていないようだ。彼女はパスタセットのサラダを突いていたフォークを置くと、ジトっとした目で私を見る。
「常々、変なとこあると思ってたけど、大丈夫?そもそもファンだったの?」
「ファンではないけど……お笑いに詳しいわけでもないし。前世で出会ったことがあるし、運命の相手だと感じてる。セックスもしたし、愛してるとも言ってくれたし……でも、付き合おうとは言われなかったな。でも、うん……付き合ってると思う」
あの後、傑くんは泊まって帰ったが、朝から仕事だった為、私が起きた時にはいなくなっていた。ただ連絡先の書かれた紙が置かれており、友達登録するとすぐに『今日は一緒にいれなくてごめんね、また会おう』とメッセージをくれた。あの日の状況から傑くんと恋人になれんだと思っていたけど、やはり言葉にしなければ分からないものか。
「そもそも夏油って、結構女遊びしてるみたいだけど、本当に大丈夫?」
「うん、大丈夫だと思う」
「私だったら信用出来ない」
私を心配してくれているのだろう。確かにネットを見ていても、傑くんがモテることは明白だ。抱かれたい男ランキングで人気俳優やアイドルなどを押さえて一位になっていたのをよく弄られている。それでも昨日のことは夢じゃない。けれど、私を憶えていない彼女に全てを話しても、余計に変だと思わせるだけだ。
「……説明が難しい。でも結婚したかったら、私からプロポーズすべき?」
「いや、えぇ……もう少し交際期間を楽しむべきじゃない?私はスピード婚、それほど良いと思わない派かな……」
「慎重なのはいいことだけど、ずっと一緒にいようと思ったら、同棲かな」
同棲出来るなら、結婚しなくてもいい。けれど、彼が同棲や結婚する気があるのかは分からない為、その辺は話し合ってハッキリさせたい。
「……体目的じゃないの?大丈夫?」
「そんなに不安なら、傑くんに確認するよ。私も気になるし……仕事かもしれないから、返事ないかもしれないけど」
そう言って私はフォークを置いてスマホを取り出すと、傑くんに『私達、恋人ってことでいいんだよね』と送ってみる。暫く返事はないだろうとテーブルに置きながら、再びパスタを口に運ぶと、すぐにスマホが震え、返事が来た。
『それ以外、何があるの?』
当然のように答える傑くんに、私は続けて『結婚って考えてる?』と訊ねると、暫く書き込む表示があり、私達はスマホを覗きながら返事が送られてくるのを待っていると『いずれはしたいと思っているよ。でもまだ指輪の用意もしていないし、準備が足りていないから、言えてなかったんだ。君さえよければ、同棲から始める?』という言葉が返ってき、私は同じ考えでつい嬉しくなる。しかし続けて『でも、まずはご両親から許可を貰わなきゃいけないね。早すぎたかな』と送られてき、私は両親は放任主義だから気にしないと思うけれど、連絡はしておこうと考える。
『私も同棲したいと思ってた。両親には私から連絡してみる』
『ありがとう。なるべくご両親に合わせるから、いつでも言って』
『分かった』
『愛してるよ』
『私も』
親友にも見えるようにテーブルに置きながらそのやり取りをしていると、彼女はそれを見て唖然としていた。
「硝子ちゃんを通じて知り合ったの?」
「うん。家入さんと二人で飲みに行った時にたまたま会って、少し挨拶をしたのが初めてかな。その後は駅のホームで会って、飲みに行って、セックスした」
「……いい出会い方とは言えない」
確かにそうだけれど、それは私がハッキリと傑くんを憶えていなかったからだろう。お互い、ちゃんと話し合っていなければ、こんな形になってしまったかもしれない。でも、過程はどうであれ、結果的に傑くんと一緒にいれることになったのだから、私はこれで良いと思っている。
「だから傑くん、自己嫌悪して泣いてたな。変でしょ?私は気にしないのに」
「うーん……あの夏油 傑のイメージからかけ離れてるな」
「それはちょっと分かる」
感動した時には泣くかもしれないが、自己嫌悪で泣く人だとは思っていなかった。それに、あんな強引なやり方をする人だとも思っていなかった。私が大人になって変わったように、彼も変わったのだろうか。
「君はいつでも変わってるけどね……私と初めて会った時も親友になれそうな気がするって言ってたし」
「でも親友になれた」
「それはそうだけど」
彼女には前世で出会ったことがあると、濁しながら話をしていた。私が突然、非現実的なことを言ったとしても、彼女は私から離れていかないという自信があったから。だから私は取り繕うことなく、自然体で彼女といられる。そう思っていると、一昨日に傑くんと電話で話したことを思い出した。
「傑くんが言っていたんだけど、この世界とは別の世界がいくつも存在しているけど、きっと魂は全て同じで、私達が惹かれ合うのも必然なんだって」
「何かクサいな……夏油 傑」
「クサいことしそうってのは分かるけど、それは割と信憑性あると思う。私と貴女が親友になったように、傑くんと五条くんも親友になった。私と傑くんも、きっとそう」
「そっか……アンタが言うならそんな気がしてきた。見たことないくらい、いい顔してるよ」
どこか安心したように笑う彼女に、胸がキュッと締め付けられた。私は既にこんな良い親友といたのに、傑くんに未練を残し過ぎた所為で、自分の人生が満たされているものだと気付かなかった。全てを失うのではなく、手に入れてから分かった。親友がいたというのに、なんて贅沢な悩みだったのだろう。
「……私、後悔する人生を送っていないなと思った」
「えぇ?高校選び失敗したとか言ってなかった?」
「あの時は、傑くんに会えなかったから」
「何それ」
親友に会えたタイミングは一緒だった為、顔も名前も分からない彼とも同じタイミングで会えると思っていた。だから、顔や名前も憶えていない相手を思い出せず、会えなかった時には落胆した。三十路まで会えないとは。
互いに完食し、ふと息を吐く。食後のコーヒーでも注文するか、と彼女がメニューを開いたのを見ながら話す。
「会えるタイミングは少し遅くなったけど、何十年と一緒にいられるなら、それでいい」
「幸せなんだね」
「うん。貴女がいて今までも幸せだったけど、これからもっとこの幸せが続くんだと思うと……何とも言えない感じ」
「はは、大袈裟」
そう笑う彼女を見て、私の口角も上がる。傑くんの言う通り、私が前世と思っている記憶は他人の物かもしれない。それでも私は最初から私≠セった。目の前にいる彼らが他人だったとしても、魂が同じならば、私はただ盲目に彼らを愛せるのだろう。
***
放任主義の両親に傑くんとの同棲の許可を取る必要はなかったのだけれど、傑くんがどうしても挨拶はしておきたいと言う為、日にちを合わせ、二人で都外の実家へと向かった。その帰りの車で、傑くんは赤信号で止まると、緊張の糸が切れたように、深く息を吐いた。
「はぁ、緊張したな」
「結婚話までしたしね」
「その内するだろう?」
「そうだけど」
「……少し、寄りたい場所があるんだけど、いい?」
「いいよ」
車は自宅とは違う方角へ向かう。私は窓の外の景色を眺めながら、両親と傑くんのことを思い返す。
両親は傑くんの名前を聞いてもピンと来ていなかったが、写真を送ると、テレビでよく見るわ、と冷静だった。結婚も同棲も、自分で選んだ人とすればいいと電話で許可を得ていたが、傑くんと共に実家に出向くと、流石に両親も緊張していた。改めて結婚や同棲の許可をもらうと、軽い雑談をして帰って来たけれど、次は私が傑くんの両親に挨拶をしなければならないな。そんなことを考えていると、車はいつの間にか暗い山道を走っており、どこへ向かうんだと運転する傑くんを見る。
「どこへ行くの?」
「行けば分かるさ」
ずっと塀が続いていた山道の脇に階段が見えた時、彼は近くの駐車スペースに停車すると「着いたよ」と言いながら車を降りた。私も続けて降りると、彼はスマホのライトで辺りを照らし、私に手を差し出す。
「暗いから気をつけて」
「うん」
ここはどこだろうと辺りを見回しながら彼の手を取ると、彼はそっと私の手を引いて長い階段を上がって行く。その先には立派な鳥居があり、どことなく呪術高専を彷彿とさせる場所だと感じた。すると彼は私の心を読んだように、一緒に階段を上がりながら答えを出してくれる。
「ここ、呪術高専があった場所なんだ」
「そうなんだ……私、何で確かめなかったんだろ」
「意外だね。君はこの場所を知ってると思ってた」
「何で?」
「私はここで、ほとんどの記憶を手に入れた」
私は物心ついた時から朧げに記憶があった。それが鮮明となり、全てを思い出したのは親友と出会った時。親友にとって私はキッカケにならなかったのだろうが、傑くんには何かキッカケがあったのか。まだその辺りのことについて話したことはなかった。
「何かキッカケがあったの?」
「ここへは仕事で来たんだ。心霊番組のね。その時に君の作った御守りを拾った……キッカケはそれだよ」
「私の御守り?何でここに?」
「さぁ……それは私にも分からない。でも確かにその御守りから君の声がした」
「何それ、怖い」
今世では御守りを作ったことはない。何でこんな場所に私の御守りがあるのか、私の声がしたのか、自分でも分からない。
「呪力のない世界に呪力の篭った御守りが存在する理由は、私達にも分からない」
「その呪力で記憶に影響が出たってこと?」
「多分ね。その御守りに触れた瞬間、私は意識を失って、そのまま呪力は消えてしまったんだ」
「そう、なんだ」
今まで階段を上がりながら話していたが、私は体力が続かず、途中で足を止めると、傑くんはそれに気づいて立ち止まる。昔と同じく体力がない、と運動不足を実感する。荒くなった呼吸を整えていると、傑くんは「この辺でいいよ」と階段に座る。私も隣に座ると、何だか懐かしい気持ちになった。
「ごめんね、突然連れて来て」
「たまには運動するよ」
「ふふ、家に筋トレグッズがあるから、まずはそこからだね」
彼はそう言って笑いながら、そっと私の頬を撫でる。それに顔を見上げると、彼は眉尻を下げ、優しい顔をする。
「この世界で君に一目惚れをした後、君が夢の中で恋をしていた人じゃなかったら、と不安だったんだ」
「今はその不安は消えた?」
「あぁ……でも後悔はしているよ。初めに訊ねるべきだったんだ。先走って君を傷つけた」
「気にしすぎ。私は傷ついてないのに」
じっと彼の瞳を見つめると、彼は私から目線を逸らした。まだ自己嫌悪しては後悔しているのだろう。結構引き摺る人なんだな。
「どんな形であれ、傑くんの新しい一面が見れて良かったと思ってるよ」
「良くないよ」
「いい所も悪い所も、どれも傑くんだから」
「……ありがとう」
いつでも余裕があった彼は、今世では余裕がなさそうに見える。私の知る傑くんではないけれど、傑くんは傑くんだ。私を好きになってくれた人だ。
「君はいつから?」
「物心ついた時から、何となく。小学一年生の時に全部……いや、傑くんの顔と名前だけは思い出せなかった。でも、テレビで傑くんを見た時、五条くんと一緒にいるから、きっと私の大切な人は傑くんだと思った。でもそれがハッキリしたのは、駅のホームで声を掛けられた時」
「そっか……じゃあ君は、最初から君なんだ」
「うん。だから別人だとか言われても分からない」
「私はずっと、君を待たせてしまっていたんだね」
その辺の温度差があるのは仕方ないことだと思うけど、少し寂しさもある。でも、彼は私が死んだ後でも生きたんだ。他に好きな人が出来て、結婚して、子供がいてもおかしくはない。それなのに、私を待たせたと言ってくれる彼は、ずっと私を一途に想ってくれていたのだろうか。互いに共に生きれる日を待っていたんだなと、感慨深く思っていると、彼は私の左手を優しく握ると、その薬指にするりと指輪を嵌めた。それが何を意味するのかを理解し、胸が熱くなった。
「これからはずっと一緒にいよう」
「……うん」
傑くんの背や腹に手を回して抱きしめると、彼も優しく私を抱きしめ返してくれた。その温かさが懐かしく、じわりと目頭が熱くなる。
「私、思ったより一途だった」
「……もっと出会いが早ければ、私だって君一筋になれたのに」
「仕方ないよ。傑くん、私が死んだ後も一途に想ってくれていたの?」
「そりゃあね。死ぬまでずっと、御守りを持っていたよ」
「そっか……」
嬉しいけれど、少し罪悪感がある。前世では御守りを与えることで、今世ではその記憶を与えることで、傑くんを縛っていた。記憶がなければ、彼は第二の人生を送っていただろうに、私は彼を呪ってしまった。しかし、そんな罪悪感を抱えても尚、嬉しい気持ちが勝ってしまう。
「待ってて良かった」
「必ず幸せにする」
傑くんは私の頬を撫で、顔を上げさせると、そっと触れるだけのキスをする。数秒、触れ合った唇が離れると、そっと目を開く。私の顔を覗き込む瞳を見つめ返すと、彼はその目を逸らした。
「上まで、行ってみる?」
「うん。折角だし、見てみたい」
私達は再び階段を上がって行き、やっとの思いで上まで辿り着くと、立派な鳥居と小さな本殿が見え、ここが呪術高専があった場所か、と感慨深くなる。
「学舎は取り壊されているな……お祓いを済ませたからか、御守りがなくなったからか」
「私の御守りが呪いを寄せつけてた?」
「いいや、私が御守りの呪いを一身に受けたから、ここに残る霊が消えたんじゃないかな」
「霊?御守りと関係あるの?」
「いや、正確には分からないな。悟からあの時の話はちゃんと聞いてないし、深く考えなくていいよ。私達は私達だから」
まだ重機が残っている学舎跡地からは何も感じないが、ここに私の御守りがあったのか。御守りを持っていてほしいと、傑くんの席に置いていったけれど、それと関係があるのだろうか。そう考えていると、彼はポケットから、薄汚れた手作りの御守りを取り出した。懐かしいその御守りは確かに私が作った物。祈りはしたものの、それが呪物に変わるとは思っていなかった。それを手に取ろうとすると、傑くんは私の手を避ける。
「ごめん、持っていていい?」
「もう祈らなくてもいいよね?」
「勿論。でも君の想いが、祈りが、私達を巡り逢わせてくれた。だから持っていたいんだ」
「そっか……大事にしてくれると嬉しい」
彼はうん、と頷いた後、夜空を見上げる。私も同様に見上げると、あの頃と変わらない星空が広がっていた。
「ここへ連れてきたのは、記憶のキッカケとなった御守りを拾ったからというのもあるけど、君と過ごした日々はここだけだったから。思い出の場所で、君とまたこの星を観て、永遠の愛を誓いたかった」
「……今度は置いて行かない。約束する」
「そうしてもらえると嬉しいよ。もう、君のいない日々を過ごしたくはないから」
私達は思い出の地で永遠の愛を誓った。そうして私は約束する、もう傑くんに悲しい思いをさせないと。もう御守りに祈ることなく、自分の力で傑くんと共に生きていくと決意した。
***
傑くんの家は五条くんと同じマンションにあり、広い部屋にはお洒落で高級な家具で揃えられている。私の会社の庶民的なインテリア雑貨などは置かないんだろうなぁ、モデルハウスか?と感じるほどには綺麗だ。
傑くんは私専用のチェストやドレッサー、雑貨を収納する為の棚を相談もなく買っていて、私は必要最低限の衣類や日用品、気に入っている雑貨のみを持って来るだけで、自宅にあった家具や家電は知り合いや家族に譲ったり、売ったりして処分した。
自宅となった傑くんの家に送られてきた衣類をチェストに仕舞っていると、彼は私の後ろで、テレビでは見せないような緩みきった顔をしていた。
「君が家にやって来て、今まで以上に幸せにしなきゃって感じたよ」
「もう幸せだよ」
「君は本当、心に素直だね」
少し照れくさそうに、ふにゃりと柔らかい笑みを浮かべる彼は、昔のカッコつけていた時とは違うと感じた。
「これは隠すことじゃないと思ったから……でも、感じたことを何も考えずに話すことは長所でもあり、短所でもあるとよく言われる。最近はマトモになったと思うんだけど」
「私はいいことだと思うけどな。君のは本心だと分かるからこそ、擽ったい。特に悟や硝子にはないから余計だ」
「そっか……なら良かった」
一旦片付けを終えて一息吐くと、彼は私の隣にしゃがみ込み、顔を覗き込んでくる。
「君の言葉で愛されているんだと感じるけれど、私の愛は君に伝わってるかな」
「微妙」
「えっ」
「嘘。でも傑くんは回りくどいことをするから」
「回りくどい……」
昔はとても素直な人だった。でも再会してからは、全てが回りくどく感じる。私に記憶がなく、彼氏がいると勘違いしていたとしても、振り向かせる為にセックスしたり、嫌われる覚悟でストーキングしたりと、私には少し理解出来ない。
「本当に私に記憶がなくて、嫌だと言っても、諦める気はなかったんでしょ?」
「……どうしてそう思うの?」
「諦めずに最後までやり通す人だって知ってるから。そんな人じゃないと、余命一年の私に最期まで付き合ってくれないよ」
「そうかもね……出来ることはやりたい」
傑くんがいなければ、私はきっと寂しい余生を送っていた。だからその頑固さに救われたから、嫌いじゃない。
「そこを好きになった」
「……そっか」
そう呟き、優しく微笑むと、私の頭をそっと撫でては、触れるだけのキスをする。
「……やっぱり、私が君を幸せにしたい」
「うん、私も傑くんが私といて幸せだと感じさせたいよ」
「もう十分すぎるくらい、幸せだ」
彼はそう言って私を抱き上げると、寝室の買い直したというダブルベッドに私を落とした。覆い被さってきた彼はちゅ、ちゅ、と首筋や頬に唇を落としてくる。尻尾を振る犬のように見え、彼の髪をくしゃくしゃと撫でると、肩に顔を埋めては抱きしめてくる。
「ねぇ、お願いがあるんだけど」
「何?」
私は彼の頭を抱えるように抱きしめては、髪を梳かすように撫でていると、彼はベッドに倒れると、甘えたように胸に顔を埋めてくる。
「仕事、辞めてほしいんだ。専業主婦になってほしい」
「すぐに辞めることは出来ないよ。それなりに必要とされてるし、任されていることもある」
「そっか……」
同棲する前に傑くんと約束したことがある。それはメディアには出ず、取材にも応えないこと。位置共有アプリで互いの居場所や、SNSや他人とのメッセージを共有することだ。メディア露出を控えるということは、彼の仕事にも支障が出るかもしれない為、理解出来る。しかし、現在地やSNS、職場の人間とのやり取りまで共有するのは理解出来ない。
嫉妬や不安は愛から生まれる感情だから分かるけれど、信用されていないと感じる。昔、浮気をされた過去があるのかは知らないが、私はずっと傑くんを引きずって生きてきた。だから裏切るはずないのに。そう思いながら、私の胸に顔を埋め、微動だにしない彼の長い髪を弄って遊んでいると、甘えん坊の子供のように擦り寄ってくる。
「君を独り占めしたいんだ」
「……浮気すると思ってる?」
「そうじゃないよ。君は他人の為に命を張れる人間だから、不安なだけ」
「もう私にそんな力はないよ。それに親友を助けたのも、彼女のいない人生を考えられなかっただけだから、自分の為とも言えるかもしれない」
「それは綺麗事だ」
「……とにかく、私が命を張るなら、傑くんだけにするよ。全て捧げるつもり」
「……じゃあ、仕事辞めて?」
「いつかね」
「ごめん、無理言って」
何があったのかは分からないが、彼は時々、自己嫌悪している。昔のような紳士的な態度をすることもあれば、甘えたり、落ち込んだりする。情緒不安定だ。どんな傑くんでも好きだけれど、彼が不安にならないようにしてあげたいと感じる。
それにしても、傑くんは独占欲が強い。
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